おかあさん
わたしはひとりっ子である。特におかあさんと仲が良い。でも勿論問題が全くないわけではなかった。
おかあさんはわたしが中学生のとき離婚して、家を出ていった。それからしばらくは、おかあさんと会うことが出来なかった。
会えるようになってからも家族の様々な問題が噴出し、前のようにただの仲良しになることは出来ないのかなと悲しくなった。
おかあさんはわたしにとって、友だちよりも一緒に遊びたい人だったから。
子どもの頃、ままごとをしたり絵を描いたり秘密基地を作って、出来上がればおかあさんに見せに行った。
おかあさんに「出来たよ」ということが、わたしの作業の終わりだった。ずっと。
役者になってからもそれは変わらなかった。
「出来たよ」「出来なかったよ」どちらの時も、おかあさんに結果を話した。
そんなのって変とか、親離れ子離れ出来てないと言われたこともあった。
でも、そういうのとは何か違う気がしていた。
わたしは、おかあさんと遊んでいるだけだ。
それの何が悪いのか。
ちびまる子ちゃんのようにわたしは、台所でおかあさんの背中に話しかけていた。いつも。
それは永遠のことなのだ。
おかあさんもわたしもいつか死ぬ。
でもそんなことは関係ない。
永遠に命は関係ないのだ。
子離れも親離れも関係ない。
そこにはただ永遠に続く楽しい時間があるだけだ。