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【エッセイ】都会っ子、世間を知る

「上京のはなし」がお題になっていたので、逆も面白いかなと思って。

私はまあまあ都会育ちだ。
具体的には23区西側で生まれ育った。そう言うだけで自慢と捉える人もたまにいるから、普段は聞かれない限りあまり話さない。


そういえば、高校1年生の時のクラスメイトは3分の1が港区に住んでいた。いちおう進学校で千葉や埼玉から通っている子もいたのでちょっと桐野夏生の「グロテスク」みたいな感じでピリピリしていた。

都心に生まれると子どもの頃から競争が激しい世界に身をおくことになる。
能力も経済力も何もかも上が見えすぎてしまって苦しかった。
要領が悪くて周りについていくのに苦労したし、小学生に戻りたいなんて1回も思ったことはない。

大学生になると少しだけ世界が広がった。
私は買い手市場の中落ちまくって何十社も受けたので、特に就活の時は面白いことがたくさんあった。

埼玉の田んぼの中の道を延々歩いて工場の見学をした時、見慣れない風景にまるで映画の中にいるみたいだと思った。

風が吹くとまだ青い稲穂がどこまでもさわさわ揺れる。
その景色をみていると急に世界には私の知らない場所がたくさんあることに気付いた。
「どこに行っても大丈夫なのかも知れない」とへんに満ち足りたような気持ちがした。

帰りに駅のホームで待っていたら15分も電車がこなくて驚いた。私は10分以上電車を待ったことがなかったのだ。

都心から離れると道路が広くて町はがらん、としていて建物は見えているのに歩いても歩いても辿り着かない。まるで自分が小さくなってしまったような気分になる。

海のそばにある某団体を受けた時は駅を降りたとたんに潮の香りがして、海辺の町で暮らす素敵な自分を想像してみたりした。

北関東にある某学校を受けた時はネットで探しても周りにぜんぜんマンションやアパートがなくて「え、車で通わないといけないってこと?」と呆然とした。車で通勤というのは想像がつかない。

そういえば、私の兄弟は思春期に思想が極端になってしまって猛烈に農村に憧れており、移住を試みては失敗を繰り返していた。(面白かったので別の記事に書こうかな)
どうも「人間の本質というものは農村にあるに違いない」と考えていたようだ。武者小路実篤の「新しき村」みたい。

社会人になるともっと面白いことがあった。
私は仕事の都合や色々あって地方に住んだことがある。
まず不動産屋でオートロック付きのマンションに住みたいと伝えたら「そんなものありません」と苦笑された。
母は「たくさん勉強したのに何もないところに住むなんてかわいそうだ」と嘆いていたけど、私はけっこう色々な発見をして楽しかった。

まずコンビニに駐車場があるのがすごい。
自分の感覚だと車を出すのって旅行とか特別な時だったので、みんなで車でコンビニに行くなんて楽しいだろうなと思った。

通勤電車の中から山が見えて、毎朝旅行をしているみたいな気分だった。
地下鉄が嫌いだったので外が見えるだけで嬉しくなる。

色々な生き物を見た。
ヤモリもムカデもハクビシンもごいさぎも生まれて初めて見ることができた。川の中に佇むごいさぎはきれいだった。

ヤモリはゴミ袋の中にいて、ゴミ出しの時に目が合ったのでびっくりした。
どうやって入ったんですか?

あと、人生で初めてコンビニの前でたむろするヤンキーらしき人を見た。映画やドラマの中でしか見たことなかったけど、あれは本物のような気がする……。

中学生の時にヤンキーみたいでやだなと思っていたクラスの男の子は音大に進学したそうだ。
音大に行くヤンキーというのはあまり聞いたことがないから、多分偽物だったんだろうな。

その後何か所か引っ越しをした。
子どもの頃は、ただ緑が多くなるだけで日本のどこに行っても整然とした街並みはずっと続いているものかと思っていたけどそうでもない。

駅前のベンチでおじいさんたちが酒盛りしている駅もあったし(前を通るたびに「げんきー!?」と声をかけられた。元気です。)
毎日酔っ払いが道に倒れていて救急車が来ている街もあった。
小さな路地のアーケードの中であやしげな食べ物が売られているのを見かけた。

私は色々な世界を知ることができて満足した。

不安なこともあった。
仕事が忙しすぎて、近所のスーパーが9時で閉まってしまううえにコンビニが家の近くにないのでご飯を作る気力もなく買い置きのカップ麺でしのいでいた時期もある。

日曜の夜になるとマンションの裏にあるスナックのカラオケからおじさんの歌声が聞こえてきて、何もやる気がせず床に寝転がっていると「明日も仕事かあ……」と憂鬱で涙が出た。

残業の後に暗い駅のホームで電車を待っていると世間から取り残されてしまったようで孤独を感じて、学生の頃あんなにたくさんいた友達はみんなどこに行ってしまったんだろうと思った。

たまに地元に帰ると色々なことを感じる。まず道行く人の服が小綺麗だ。

実は都内の住宅街というのは閉鎖的だといつも思う。東京は自由だというのは上京してきた人の話だ。地元の人にとっては自由なんてどこにもない。

たとえば私の祖父母は親の代から地元に住んでいない人を「よその人」と呼んでいたし、近所の人がどこに勤めていて子どもがどこの学校に通っているかも全部知っている。

最近実家に帰った時には「裏のおじいちゃんがテレビに出たの! 録画したけど見る?」と母に聞かれた。

この前地元で「将来は港区に住みたい、妥協しても〇〇区か〇〇区までしかムリ」と女の子たちが電車の中で話していたのを見かけた。
OLさんとかではなく、6,7歳くらいの制服を着た小学生だった……。

でも私は都落ちと憐れまれたこともあるけど、地元を飛び出して自分の世界が広がって、色々な面白い経験ができて良かったかなと思っている。


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