弁護士が精神病患者から退院請求事件を受任する問題点
この綾瀬病院の退院請求に関する事件は私も聞いていますが、弁護士各位には、こういった退院請求について、ちょっと冷静に考えてほしいと思います。
■弁護士が意思疎通の取れない者から事件を受任する事は、望ましくない
一般人の方はあまり御存じないようですが、弁護士はその自治を守る為、自らを厳しく職業倫理で律する職業であり、これらの自治ルールに反した者には、懲戒等の厳しい制裁が待っています。他の士業(行政書士業、弁理士業等)をよく理解しているわけではありませんが、他の士業と比べても飛び切りに厳しい職業倫理規定こそ、弁護士の特徴ともいえます。
いわゆる「ゆっくり茶番劇」事件において、商標や特許は申請したもの勝ちであり、弁理士が何を申請しようが自由だ、ビジネスなんだから好きにやらせろ、といういわゆる「雇われガンマン論」を展開した第三者弁理士もいたように記憶してますが、弁護士だったらありえんな、という印象です。
※ ただ注意してほしいのは、この「不当事件受任の禁止」というのは弁護士の価値観から見て不当な事件の受任であり、一般人の価値観ではない事です。単に娘と性行為した親を擁護するのは不当だとか、荒唐無稽な主張をする詐欺師の擁護をするのが不当だとか、被害者を傷つけているとか、そういった事は、「弁護士の価値観から見て」不当なわけではありません。
そして、弁護士の自治ルール(職務基本規定)上、一般論として、弁護士が、十分な責任能力、意思能力、行為能力を持つか怪しい者から、安易に事件を受任する事は、望ましくないと言えます。
弁護士は、紛争解決・紛争介入の法的力を有する職業です。だからこそ、自ら市民を煽ったり、自ら紛争を炊きつけておきながら、その紛争を受任して追行する行為は、「人権擁護活動を除き」、倫理的に慎むべき(品位を害する)とされているのです。
弁護士は、あくまで紛争に第三者の冷静な視点から介入すべきとされており、紛争当事者ではないので、紛争当事者の「真意」が確認できないような事件を、受任してはいけません。
弁護士が、正確な意思表示による依頼に基づかない活動を行う事を、明文で禁止する規定があるわけではありません(この点は注意してほしい所です)。ただし、大抵の弁護士は、肌感覚としては、依頼者の正確な意思が確認できない場合、受任をためらうはずです。本人が行為能力を疑う状態であれば、後見人選任申立て等を助言するのが、普通の弁護士です。
私は、弁護士の表現活動、創作活動等、プライベートな活動についてまで規制し、抽象的な判断で弁護士を懲戒する昨今の風潮には疑問を感じているものの、こういった「普通、弁護士は依頼者の正確な依頼以外で活動してはダメだよね」といった一般的で古風な肌感覚については、敏感に守っていく必要があります。
■精神病患者は、自分の利益・不利益を正確に判断して意思表示できない状態にある
最近、精神病患者の人権や退院請求権を守るよう各単位弁護士会に要請があるためか、退院請求等につき当番制等を設け、各弁護士で依頼を受けるような制度が広まっているように思います。
ただ、大変疑問なのですが、何を根拠に、精神科医でもない弁護士が、精神科入院患者の言っている事を「真意」であると判断し、依頼を受けて退院請求しているのですか?
上に書いたように、弁護士が依頼者の意思を確認できない場合、受任を慎むべきだとされているはずです。
精神病患者は、自分の利益と不利益を正確に判断し、自らの責任で意思決定を行えない状態の可能性があります。一見、弁護士に被害を訴えている場合でも、妄想症状の可能性がありますし、「病識がない」ので、自分に対する治療必要性も判断できず、自らが強制入院の上で治療を受けなければいけない病状にあるのに、退院要求を行っている可能性があるものです。
たとえ精神病患者本人が退院を要求しても、その要求通りに退院させる事が、本人の不利益になる事が往々にしてあるという事です。もう一度聞きますが、精神科医でもない弁護士が、何を根拠に、その患者の言っている事が「真実だ」と判断し、退院が相当だと判断しているのですか?
■強制入院は、退院請求を弁護士が行える例外的状況
ただ、じゃぁ弁護士は精神病状態にある患者の依頼を受けなくていいのかというと、そういうわけではありません。実際、私も、本当に精神病院が違法な手続きにより患者を入院させた事例を目にした事がありますし、大変申し訳ないのですが、一部の精神科病院について、自らの治療の正当性のために、法的手続きに対する遵法精神を欠いているのではないかと思うフシがあります。
治療の正当性は、脱法手続きを正当化しません。たとえ一日でも法的手続きを遵守しなかったのであれば、治療や強制入院自体が医学的に正当だとしても、損害賠償や退院請求を免れません。医療関係者の一部は、医学的正当性が法的正当性を凌駕すると勘違いしているフシがありますが、そういった考えを弁護士は許しません。
こういった複雑な事情の下、例外的に、強制入院に対する退院請求については、あくまで自治体から医療審査会に対する審査請求でしかなく、医療審査会や別の医師による判断が介在する事や、本来患者本人も行える事から、あくまで代理人というよりは「使者」に近い立場で、弁護士が代わりに退院請求を行えるものと認識しています。
強制入院の正当性審査は申立制ですので、審査請求があれば当然に第三者判断をしなくてはならないものであり、正当な強制入院であっても、退院請求を行う事は患者の人権です。
しかし、逆に、退院要求をすれば第三者の判断なく退院させられてしまう可能性がある任意入院については、当然かつ安易に弁護士が退院請求の依頼を受けていいものではないと考えられます。
■綾瀬病院事件は、任意入院の事件だったと言われている
さて、問題の頭書き綾瀬病院事件ですが、任意入院であったと言われてます。上の理屈から言えば、精神科医でもない弁護士が、何を根拠に精神科入院患者から依頼を受けたのでしょうか?
任意入院患者の退院要求に、弁護士が介入しないべきとまでは言いません。私は詳しくありませんが相原先生とかは任意入院でも事実上強制されてる類型があるというので、場合によっては関与が必要です。
しかし、任意入院は本人の退院要求だけで退院してしまう危険がある以上、普通は、別の精神科医のセカンドオピニオンを得て患者の意思確認をするか、治療を正当化しえないような虐待の事実等を発見するか(その場合、警察に通報する方が先だと思いますが)、また退院後の支援を福祉関係者と十分に協議するか、何らかの専門的なサポートが必要になります。
なぜ、この患者を事務所に置いていっただけで660万円の損害が生じるような業務妨害が起きたのかは謎ですが、そのような損害をもたらすほど不安定な患者なら、退院請求してはならなかったのでは?と市民から批判されるのは当然の事です。これは強制入院ではないため、弁護士自身が患者の病状と意思能力・責任能力について判断しなくてはならないからです。
信じがたい事に、「任意入院の退院請求は法的権利(精神保健福祉法21条2項)だから、その行使にあたって弁護士が責任を持つ必要はない」と述べる弁護士が後を絶たないようです。しかし、法的権利以前に、弁護士に委任する能力を有するか否かは弁護士が判断すべき専門事項です。「言われたからやっただけ」では済まされません。
綾瀬病院が不正請求を始め問題のある病院だというのは聞いていますが、だからといって弁護士の方も安易な活動をしていいはずがないのは、当然の話です。
私は、精神病患者の妄想症状に基づく訴訟の相手方をやった事もありますが、その事実は全て妄想症状であると裁判で認定されたにもかかわらず、この患者は事前にマスコミに妄想をリークしており、新聞は精神病患者の一方的な妄想事実を記事にしていました。敗訴したにもかかわらず、新聞はいまだ訂正がありません。それでも、「あくまで原告の言い分では」という立場ではありました。
ブン屋さんすら妄想症状の可能性を考慮して記事を書けるのに、まさか専門家である弁護士が、精神病患者の妄想症状と事実の区別も医学的につけられないのに、精神病患者の一方的言い分を理由に代理人として活動するつもりなんですか?
大変厳しい事を言いますが、こういった考察をきちんとした上で、各弁護士会で退院請求を受けようとしているのですか?特に任意入院の患者について、妄想か記憶喪失の可能性が残る精神病患者の言い分だけを記載した記事を鵜呑みにして、安易に何でもかんでも患者の言う事を鵜呑みにして退院請求しまくる事が、精神病患者の人権擁護に繋がると勘違いしていませんか?
病識なく治療拒絶している任意入院の精神病患者を安易に退院させ、その患者が治療拒絶により病状悪化し、自傷他害に及んだ場合、安易に退院請求した弁護士も責任を問われかねないと思いますが、違いますか?
刑事事件における勾留準抗告等と同一視してないかと思うんですが、釈放された被疑者が何をしても本人の自己責任ですけど、精神病患者は自分の行動について責任能力がない可能性があるんですよ?
病識がなく治療を拒絶する状態にある以上、安易に非専門家である弁護士が言い分を真に受けて依頼を行い、退院後に患者が加害者や被害者になれば、患者本人のためにもなりません。
弁護士の方、精神病って一定期間治療したら「必ず完治して治療不要になる」ものだと思ってませんか?「病識がない」ってどういう意味か分かります?「家に帰ったら薬飲まなくなる」って意味ですよ。
弁護士の先生、入院中薬を飲んでる精神病患者は、さぞ健康に見えたでしょうね。退院後、一人暮らしになって薬を飲むのをやめて、5年経ったらどうなるか知ってますか?だから、別の精神科医のセカンドオピニオンなしに弁護士が活動するなんて、ありえないんです。