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#1 フランスでBENTO?!パリで弁当屋を営む日本人にインタビュー。



おま誰?


初めまして!
私は、海外で働く日本人の方に直接お会いし、その方達の”海外での生き様”を発信している大学生です!現在ヨーロッパ一周を目標に奮闘中。
そのほか、旅行でタメになる情報も発信中です。
インスタグラムにも投稿してるので、覗いてみてください。
https://www.instagram.com/holaaa___1026/


記念すべき一発目は…!

さてさて、唐突ですが初めます。

そんな私の記念すべき初NOTEはなんと

In  paris!!!🇫🇷
パリでお弁当屋さん「BENTO&GO!」を営む日本人・立花剛さんに直接お会いし、お話を聞いてきました。

パリで”弁当屋”を営む立花剛さん


1983年生まれ。山梨県出身。
リヨンの辻調理師専門学校シャトーエスコフィエ校を卒業。Valenceの「Maison PIC」という3星レストランで研修をし帰国。東京のLe Grand Comptoireで働いた後 、2008年フランスに戻る。パリでは日本食レストラン鳥兆、れんげにて合計6年間勤務した後BENTO&GO! オープンと同時にシェフに就任。
2015年の5月にパリ3区のRépublique広場近くにイートイン・お持ち帰りも可能なレピュブリック店をオープンし、2017年11月にはお持ち帰り専門のリボリ店(パリ1区、ルーブル美術館近く)をオープン。現在2店舗を構え営業させて頂いております。


なぜ、パリで日本料理?
しかも”お弁当”???

剛さんの魅力に迫ります。


お店に到着。

お店はパリの3区にある小さなお店。ポップでなかなかかわいい。


お店の前でどきどきしてたら、剛さんが中から登場。


(私)は、はじめまして!

剛さん:初めまして〜!
今、卵焼き仕入れてるところだから、中にどうぞ〜。


ー(……。

な、なんだ…

この優しさが滲み出すぎている方は…)

私は出会って一瞬で、剛さんの滲み出る人柄の良さと、卵焼きの良い香りに引き込まれてしまいました。緊張がほぐれて、なんだか泣きそうになりました。

-本日はよろしくお願いします!!!

剛さん:こちらこそ!
最初、連絡くれた時、俺は何かの詐欺にあうんじゃないかと思ったよ笑


…。
すいません笑
実は直接、剛さんのInstagramに声掛けてしまいました。怪しすぎますよね。


ということで、剛さんを取材させてもらうことに!
もう話を聞く前からワクワクが止まらなかったです。


内装も可愛い


料理人を目指したきっかけ


–まず、どうして料理人を目指されたのですか?

剛さん:1番の理由は、親父が洋食レストランのシェフをしていたからかな。身近な人がそうだったから、必然的に料理人になるものって思ったかも。

ー他の道は全く考えなかったんですか?

実は、高校の時に工学系も迷ったんだよ、ロボットとか。
でも、物理の難しさに挫折しました。笑


ーそれで、いつから料理の道に?

それで、高校を出てから、東京の調理専門学校にいきました。初の一人暮らし。
その学校は、2年目からリヨンの調理学校へ留学に行ける制度があってね。
2年目でリヨンに行きました。 

ーわー!とても良い制度ですね!

そうそう。その学校はど田舎のお城を買ってて。その中で生徒たちは4班に分かれて、毎日料理を作っていました。

ーなんだか楽しそうですね!

、、、聞こえはいいけど。悪くいうと逃げれないんですよ。
全寮制で、毎日3食フランス料理。笑 正直きつかったけど、すごく良い経験だった。そこで、フランスの働き方いいなあって思い始めた。

フランスの働き方、いいなあって。



ーえ!どんなところがですか???

日本人はさ、仕事が残ってる人は終わるまでずっと働き続けて、みんなで一緒に終わることって中々ない。特に料理の世界はね。皆バラバラに帰っちゃう。

ーほお。フランスは?

フランスは、皆で最後まで働く。メリハリがちゃんとしてて。
日本人は、メリハリが苦手なんだよね。けど、フランス人ってメリハリのつけかたが上手で。休みなんだから休む!もう終わったら、皆でビール飲むぞ!って。
その感じが、あ、いいなあ。と思った。

フランス料理の道へ

ーなるほど。そこから本格的にフランスで働くことを決めたんですね。

そう。帰国後は、経堂のフランス料理屋で働くことになって。

ーおお!どうでした?

正直、僕が考えてたフランス料理のイメージとは違かった。
その店、年中無休でさ。週1で休みがあるんだけど、自分の先輩がそこに入る訳よ。
先輩が来るんだから、仕込みは残すな!ってのが暗黙のルールであって。笑
結局、11時に営業終わって、シェフと飲みに行って、終わって1時位にシェフを送って、そっから、残りの仕込みをするわけ。

ー、、、。てことは、、結局休みじゃないですよね?

そうなの。次の日、朝9時くらいにシェフたちが来るけど、まだ自分は仕込みやってる。当時はほぼそういう世界だったね。

ーきっつー!

生活は洗濯機回すくらいしか余裕がなくて、洗濯機の中で自然に乾いてるみたいな。笑


”辛いところに身を置いたら、楽になる”



ーそこでは、やめようと思わなかったんですか?

思ったよ。
少し体を痛めたのと、自分よりも上にフランスに行きたい人がたっくさんいて。
俺は後、何年後にフランスに行けるんだろう、、、と思ってた。
このままだとフランスに行く機を逃すなと思った。


でも、それが当然の時代にいたからね。それを知ってるか知らないかで全然違う。今となっては良い経験だし、糧になってる。やっぱ、一回は辛いところに行くのも楽だし、次に辛いことがあっても自分こんだけやったんだからと思えるから。

ー楽?

うん。今、どん底にいたとしても、いつか絶対上がれる。そう思えばちょっとは楽になる。人は一回下がったとしても、どこかで必ず上がれるからね。


ーなるほど。

”常に自分の中で考え続ける”


ーそこでの経験はどうでした?

その後は、親父のつてで色んな店で働くことになって。
行くとこ行くとこでやり方が全然違った。理解できないことも沢山あった。

ーそんな時はどうされたんですか?

俺は、将来自分でなんかしよう!っていうビジョンがあったから、理不尽な時は生意気ながらに言ったりしたし、言わなくても、自分だったらこうするな。と自分の中で常に思いながら仕事をしてたね。
その店のやり方が100正しいと思っちゃうと、沼にハマっちゃうから。

ー常に自分の中でベストを考えていたと。

うん。本当に簡単なことでもいいけど、常に自分の中で考えてた。
自分がこうしたいなとか、これは違うなとか。
たまに自分で試してやってみたりね。やってみて失敗しても所詮人のフィールドだし。笑
ちょっとしたことでも、自分の中で一つ、点があるだけで全然違う。


パリ生活の始まり


そのあと、そこで、出会った知り合いがパリにお店を開くということで、自分もそこで働けることになって。

ーお。やっとパリ生活がスタートって訳ですね!

そう。24歳の時かな。
けど、いまいち。あんまりだった。

ーえ、パリに行けたのに?!

実際、昔働いてた環境と変わらなかった。
1年ちょっとでやめちゃった笑

ーえー!!1年!!!

そう。その後、当時通ってた語学学校の友達がバイトしてた日本料理屋でバイトを始めることにしてさ。

ーどんな日本料理屋さんだったんですか?

もう、いわゆる、なんでもある日本料理。寿司からラーメン、天ぷら、、、って。1日200人くらい入るすごい店でさ、そこでウェイターとして働くことになって。


”本当に食べて欲しい人はもっと身近にいた”


ーん。待ってください!
いきなりフランス料理から日本食で働くことに抵抗とかなかったんですか?
私だったらすぐに諦められないような…。


んー、、
最初は、星がつくような一流レストランを目指してたんだけどね。実際に食べてもらいたい人って、実は、もっと身近な人だったんだよね。

ー身近な人。

仲間とホームパーティーした時にさ、自分が料理を作ったそばから
「美味しい!美味しい!」
って食べてくれて。もうキッチンに寄ってたかって集まってくるんだよ。笑
そのことに凄い喜びを感じて。そこには高級フランス料理のスキルって必要ないのかな、って思うようになったかな。

ー余裕ができて、気づいんたんですね。

あとは、日本料理は未知の世界だったことかな。自分の親父は、寿司も刺身もできる人でさ。将来、自分にも子供ができた時に、お寿司が食べたい!と言われた時、作れないと言いたくなかった。

あとはまあ、逃げでもあったね。笑 
日本食を逃げ道に使いたかったってのも正直ある。

ーそこから、まさかのフランスで日本食を教わったんですか?

そう。まさかのパリではじめて日本食を学んだね。笑
で、そこに来るお客さんが間違った日本食の知識をもってて。

ー間違った?

そう。刺身になんでガリが付いてないんんだ!とかキレられたりして笑。彼らは、ガリが寿司にしか付かないことを知らない。
そんな彼らがいつか日本に行った時に、日本で恥をかかせたくなかったんだよね。

で、本当の日本料理を届けよう。って思うようになったかな。


BENTO&GO!としてのスタート


ーそして、今のBENTO&GO!が始まったと。

そう。ようやくここまで来たね笑。
やっと自分の店をスタートさせることになった。


”ハンバーグも日本食”


ーそもそも、なぜ、あえて弁当屋にしたんですか?

当時、リーマンショックの影響で、パリのサラリーマンもランチタイムが短くなってるってのを聞いてさ。
それなら、お弁当だったら持って帰れるし、いいんじゃないかって思いついたの。

ーへー!

あとは、日本食の幅を広げたかった。例えば、ハンバーグとかは日本食の1つだしね。

ーハンバーグって日本食なんですか!?

そう。ハンバーグはドイツ発祥だけど、日本で発展を遂げてあの形になってるんだよ。

ー知らなかったです。。。

でしょ。オムライスも日本食だしね。
そういった料理も、お弁当なら色んなおかずを少しずつ入れられる。日本食って寿司だけじゃないんだよって知ってもらえる。

ー確かに。お弁当って可能性だらけですね。

後は、フランスはワインが美味しいじゃない。ワインに合うおつまみって、日本食でたくさんあるなって。きんぴらとか卵焼きとかさ。
おつまみとしてお弁当の惣菜をつまみながら、お酒が飲めるスペースも作りたかった。

ーお店のこだわりはありますか?

メニューは全部、日本語でオーダーしてもらってる。見た目はガッツリフランス人が「karaagebentou!」とか頼んでるのがなかなか面白い。笑


海外で働くことについて


「弁当」というワードがやっと世界でも通じるようになってきてる。最初はいちいち説明してたけど、弁当で通じるようになってきてる。同様に、日本人も需要が高まってると感じる。海外だと、日本人は真面目にしっかり働くし、スキルもある。って、凄いいいイメージを持ってくれてる。迷ったら、まず、挑戦してみたら良いと思う。


インタビューを終えて


インタビューを終えて、私はとても温かい気持ちになった。
これまでの色んな辛い経験が、今の剛さんを作っていることを心から実感した。
身近な人を一番に考える剛さんが作るからこそ、BENTO&GO!がパリの人々に受け入れられて、愛されている理由なんだろう。
そして、日本で毎日食べていたお弁当がふと、懐かしくなった。



 

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