8.初回面接を振り返る
「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」
第1話「彼方の記憶」
【今回の登場人物】
立山麻里 白駒池居宅の管理者 主任介護支援専門員
滝谷七海 白駒地区地域包括支援センター管理者 社会福祉士
徳沢明香 白駒池居宅の新人ケアマネジャー
8.初回面接を振り返る
薬師通子が血相を変えて薬師太郎を探している頃、日中なかなか予定の合わなかった立山麻里と滝谷七海は、業務終了後、ようやく包括支援センターの事務室で話しあう時間を持った。既に他の職員は退社していた。
麻里は、薬師太郎へのアプローチ法と、徳沢ケアマネジャーへの対応とで困っていることを七海に話をした。
「滝ちゃん、薬師さんへのアプローチは、担当者会議で皆さんと話しあうにしても、なにかの手掛かりを提案したいと思ってるんだけど、私は薬師さんのことをあまり知らないから、初回面接に徳沢さんと一緒に行った滝ちゃんなら、なんか突破口になるようなこと気付いてないかなと思って。」
麻里は滝谷七海のことを仲間内では滝ちゃんと呼んでいた。
七海は包括支援センターとして、薬師通子から最初に相談を受けて面接に行っており、介護申請や受診などの手続きをすべて七海が進めていた。
調査の結果、要介護1が出たため、通子が家の近くだからと選んだのが白駒池居宅介護支援事業所だったのだ。
七海は麻里にケアマネジャーを依頼し、麻里は認知症の人のケースの経験を積ませるために、徳沢明香を担当としたのだ。
そこで薬師家への初回面接時には、明香に七海も同行していたのだ。
「そうね~。私は薬師太郎さんとは気軽にお話しできたから、そんなに難しい人だという印象はなかったの。妻の通子さんにかなり依存しているのは事実ね。ただ… 」
七海は少し考えこんだ。
「ただ? 」
麻里はその続きを促した。
「まぁ、麻里ちゃんの二つ目の悩みと繋がるところなんだけど… 徳沢さんの初回面接の時ね、彼女、あまり薬師さんとお話ししなかったの。
奥様や娘さんの悩みは聞いていたけど、あとは事務手続きの話が主体だったかな。結局徳沢さんは、薬師さんに笑顔を見せずに強張った顔で、軽くあいさつしただけだったかな。
薬師さん、その挨拶が気に入らなかったのかな。軽く頷いただけだった。 ごめん、立ちゃんにはそのこと話してなかったね。
でも徳沢さんも、薬師さんとどう話したらいいのか、わからなかったのかもしれない。薬師さんにしても何を話しているのかわからないことへの不安があったのかもね。」
七海は申し訳なさそうに麻里を見つめた。
「あ、滝ちゃんが責任感じることないよ。こっちの問題だから。でも、やっぱり最初に躓いてたのかもしれないわね… 聴き取りと説明に追われて、肝心のご本人との関りがなかったのかな。」
七海なりに気を使ってくれていたのはわかったが、徳沢明香に対してどのようにアプローチをすればいいのだろうかと思うと、麻里の思考は立ち止まってしまった。
「ま、詳しくは徳沢さんも入って担当者会議で話しあいましょう。」
一呼吸おいて七海は続けた。
「立ちゃん行く?」
七海はビールを飲む仕草を見せた。
「もちろん! とまりぎ行きましょう! 」
それまで浮かない顔をしていた麻里が笑顔で立ち上がった。