ASDかもしれないひとからみた世界(4)

「普通」の素晴らしさ

どんなにか、「普通」に成りたかったか。
でも、どんなに願っても、
どんなに頑張って努力しても、
それは叶わなかった

歩き方も変だと言われたし、
喋り方も変だと言われたし、
笑い方も、声の大きさも、
ダメ出しばかりされてきた

普通って、どうやるんだろう...

”一様”では無い

ブラックアスペ=大切にされなかったひと
ホワイトアスペ=大切にしてくれるひとが身近に居たひと
...なのかもしれない
いずれにしても、多様なものだ

「かもしれない」の辛さ

「ASDです!」ていうひとは、もしかしたら、すぐに他者から理解されるかもしれない
勿論、不便には違いないし、苦労はいっぱいあるはずだと思う
でも、「ASDかもしれないひと」は、まず確実に理解されない
親にも理解されない
友人もできない
とても孤独だ

孤独

自分で気付くまではとても孤独だった
今でも友達は居ないし、誰にも理解されていない
でも、「グレーゾーン」を自覚して、
それなりに病院で検査してもらったら、
以前ほどは孤独ではなくなった...かもしれない


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