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ステージの上で
好きなバンドの解散が決定した
そのバンド、というより
ボーカルのAさんが好きだった
解散してもうしばらく経っているが
Aさん自身は活動を続けていて
決まっていたライブは全て
Aさんの弾き語りに変更になった
それももう今日で終わる
ライブ活動自体を辞めると宣言し
今日のラストライブはワンマンで行う
先日のライブでのこと
今までに出したアルバムの中から
何曲か演奏し
「最後に、まだサブスクでしか出てない
シングルの曲をやります」
私の1番好きな曲、「恋をしようよ」
生で聴くのは初めてだった
内側から破裂するような
Aさんの歌い方が好きだ
抑揚に感情がずっしりと乗っかり
この耳を貫いてきた
先に泣いたのは私だった
この曲が聴けて嬉しいのと
もう二度と聴けなくなる悲しいので
感情がごちゃごちゃになっていた
指で拭い、目を開けたタイミングで
Aさんの頬を涙が伝うのが見えた
いつもの戦うような歌声が
小刻みに震えているのを感じた
「他には何もいらない他には何も」
この時この歌詞が、Aさんにとって
バンドを意味していることは
そこにいた誰もがわかっていた
Aさんはバンドに恋をしていた
好きすぎて熱すぎて
離れていってしまったのだろう
ミラーボールがキラキラと
涙を輝かせて
Aさんはピックに強い力を込めていた
ステージの上のAさんは
どこか孤独に見えた
ラストライブ
バンドメンバーはAさんと
ギターのBくんだけが来ていた
メンバー全員が集まったら
再結成するという告知があったが
結局叶わなかった
Aさんはその1時間で
すべての感情をマイクにぶつけた
最後に割るようにキーボードを叩き
さよなら、と一言だけ放って
ステージを降りた
さっきまでオレンジ色だったスポットライトは
夢がさめたように、ただの白い光になって
Aさんは暗闇に消えていった
Aさんはステージの人だった
ステージの上のAさんは
どこかへ連れて行ってくれるような歌を
遠くに向けた声で歌っていた
ついて行ったら嫌われそうで
でもどうしようもなく追いかけたくなる
こっそり見ているだけで良かったのに
それすら許されないのか…
帰りがけに、喫煙所で2人と会った
Aさんはタバコをくわえたまま
うつむいていた
その隣でギターのBくんが
ボサボサの髪をいじっていた
私は何も言えなかった
口を開いたら余計なことを言ってしまう気がした
お疲れ様です、とだけ
小さく呟いて背を向けた私に
「お疲れ様です」
ギターの彼がくしゃくしゃの笑顔で言った
「また……明日!」
なんだそりゃ
明日も明後日もずっとずっと
戻ってこないくせに
悔しさと悲しさで
うまく声が出なかった代わりに
思い切り手を振った
言えなかったありがとうを
目一杯こめた笑顔をつくった
Aさんがほんの少しだけ顔を上げ
視線がこちらに向いていることを感じた
Aさんの目には映っているだろうか
こんなにもあなたの音楽に惚れ込んだ
1人の人間の姿が
こんなにゆっくり歩いているのに
ライブハウスはどんどん遠くなり
駅前の商店街を抜けながら
ああ、好きだったなあと
5月の風を吸い込んだ