見出し画像

【ショートショート】伝統と最新技術の狭間で

この作品はフィクションです。
実際の団体や人物は関係ありません。

伝統工芸職人のヨシオは、今日も黙々と木彫りの作品に向き合っていた。

一刀一刀に込める思いは、自分の全てを注ぎ込むようなものだった。
木の香り、手に伝わる感触、そして形が少しずつ浮かび上がる瞬間。
それは彼にとってかけがえのない喜びだった。

しかし、どんなに心を込めても売れない現実が、彼の胸に冷たい影を落とす。

時代の波に取り残され、自分の技術が価値を失いつつあるように感じていた。

「おじいちゃん、3Dプリンターとか使ってみたら?」

孫のタクヤは、ヨシオがどんなに心を込めて作品を作っても売れない現状を見かねていた。

時代のニーズに合わせることが必要だと思ったのだ。

ヨシオは「3Dプリンターだぁ?」と眉をひそめたが、背に腹は代えられず、渋々導入を決めた。

そんなヨシオの内心とは裏腹に、プリンターのおかげで徐々に売上が増加した。

最初は少数だった注文も次第に増えていった。

初めての注文にヨシオは驚き、続く顧客の「手頃で便利だから」という声に複雑な思いを抱いた。

売上は増えているが、どこか物足りなさを感じていた。
作品は確かに売れているが、手仕事の暖かみが失われているように思えた。

自分の手で直接木に触れる時間が少なくなったことが原因だと気付いたヨシオは、考えを巡らせた。

『3Dプリンターで作ったベースに、自分の手で彫りを加えたらどうだろうか?』

機械の効率を活かしながらも、手仕事の温かみを残すことができるかもしれない。

技術と情熱の融合。
それがヨシオの新しい挑戦だった。

具体的には、プリンターで作った土台に細かな装飾を手で施し、独自の味わいを出すことに決めた。

その作業は時間がかかったが、ヨシオの手が生み出す微妙な不均一さが、作品に特別な温かみを与えていた。

ある日、完成した作品を見たタクヤが目を輝かせた。

「おじいちゃん、これすごくいいよ!機械と手仕事の両方の良さがある感じだね」

ヨシオは微笑んで頷いた。

「そうだな。やっぱり手を動かしてこそ、自分の作品だと言える気がするよ」

客にも尋ねてみた。

「この木彫りのどこが気に入ったんだ?」

客は感心したように答えた。

「手仕事の細かさが感じられて素敵です。特に手作業の部分にぬくもりがありますね」

ヨシオは胸の中に温かい何かを感じた。

時代に合わせて変わりながらも、自分の手仕事を守る。
そのために、どんなに効率が良くても最後の仕上げだけは必ず自分の手で行うと決めた。

それが、ヨシオにとっての誇りであり、次世代に伝えていくべき新しい伝統なのだ、と静かに思った。


最後まで読んで頂きありがとうございました。

いいなと思ったら応援しよう!

佐藤直哉(Naoya sato-)
よろしければサポートお願いします!いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!