赤ひげDrつれづれ草⑦ ~お国言葉、お国気質と地域医療~ 亀井 克典
医療・介護現場の重たい話が続きましたので、40年以上全国を廻って地域医療に従事してきた中で、地域の方々の言語表現や気質にまつわる様々なエピソードをご紹介します。
地域ごとの言語表現が違うことでのエピソード
今では標準語が浸透し、名古屋でも政治的パフォーマンスでしゃべっている河村たかし氏(前名古屋市長)以外、患者さんとのやり取りでは名古屋弁を聞くことはほとんどなくなりました。20年前に名古屋に戻ってきたときには、まだ高齢の女性患者さんで「○○○だナモ」と語尾にナモをつける方がいましたが、今は全く聞かなくなりました。
この地方では、「このご飯は少しこわい(=硬い)」などと言うことがありますが、秋田大学に進学したときに、下宿のおばさんに何気なく言ったところ、「なにがこわい(=怖い)の?」と仰天されたことがあります。いまでもスタッフから「こういう患者さんがみえます(=いらっしゃいます)」と普通に言われますが、外の地域の人から見ると意外と「?」となる言葉です。
症状の表現も地域独特の言葉があります。40年ほど前に勤務した新潟の魚沼地方では「胴ぐるしい」「おなかがもぎれる」という表現がありました。前者は全身倦怠感、後者は下痢の時の腸蠕動亢進を訴える表現で、むしろ症状想起しやすくわかりやすい表現でした。
1994年~2004年まで地域医療に従事した和歌山県南部では、特に年配の方々は「ざじずぜぞ」と「だじづでど」の区別が難しい方が多かったです。発音上だけでなく、文字表記にも影響される方がいて、戸惑うことが何度かありました。
ある日外来に50歳代の男性が受診され、問診票に「しんどう病の相談がしたい」と書いてありました。和歌山県南部は林業の盛んな地域であり、「振動病」のことだな、と早合点して診察室に入って頂きました。「腕や手のしびれはいつごろからどの程度ですか?」とお尋ねしたころ、怪訝な顔で「別にしびれなんかない」とおっしゃいます。「林業にはどのくらい従事されましたか?」「農業で山に入った事なんかない」「どういう症状が気になるんですか?」「ときどき胸が痛くなったり、息苦しくなるんで、しんどう病かもしれないので相談したい」・・・とここまでとんちんかんなやり取りをして、ようやく「しんぞう(心臓)病」のことかと気がつきました。
「きばってくれ」という表現があります。一般的には「がんばってくれ」という意味に捉える方が多いと思いますが、和歌山県南部では「勘弁してくれ、やめてくれ」という意味で使われていました。ある女性の高齢患者さんが健診で便潜血が陽性となり、消化器外科の医師に大腸内視鏡検査を依頼しました。その患者さんは大腸が長くて内視鏡挿入がなかなか困難な方で、結構苦痛を訴えられて「先生、きばってよ」と言われたそうです。担当した医師は京都の大学から来て頂いていた医師で、「がんばってやって欲しい」と言われたと理解して、長時間かけてていねいに診断して検査を終えたところ、患者さんから「きばってよ!と何度もお願いしたのに、検査をやめてくれなかった」と強く抗議されました。当時院長の私も検査室に呼び出されて、患者さんや付きそいの家族に謝罪するはめになりました。
寒冷豪雪山間地域と温暖臨海地域の気質の違い
寒冷豪雪山間地域の新潟魚沼地方の人々は、コシヒカリで有名な米どころです。集落の皆が力を合わせて田を耕し、田を守り、豪雪の冬も皆で協力して屋根の雪下ろしをして家を守るという地域では、協調性に富み、根気強い気質が育まれていたように思います。
温暖臨海地域の南紀白浜の人々は、冬に外で寝ていても凍死しない、米がとれなければ海で魚を捕ればいい、というような陽性でさばさばした気質を感じました。しかも関西人ですから、言葉もきつく感じ、かの地で医療を始めたときは、患者さんからけんかを売られているのかと戸惑ったほどです。
10年間第3セクター白浜はまゆう病院院長を務めましたが、年に1~2回は受付の事務責任者から電話がかかってきて、「受付でトラブルがあって対応しましたが、お前じゃ話にならん、院長を出せ、と言っています」ということで、直接患者さんに対応しました。トラブルといっても、お釣りを間違えたとか、受付の順番を間違えたとか、ささやかなことでしたが、ともかく「この病院で一番偉いやつを出せ」ということになってしまいます。「すまんかったね。ちゃんと注意しておくから許したってや」と言うと、「院長さんがそこまで言うなら許しちゃる」とあっさり引き下がってくれます。
新潟魚沼の病院に勤務している時はそのような話は聞きませんでしたし、名古屋で10年以上かわな病院の院長を務めましたが、そのような事案は経験しませんでした。
以上は私の個人的な感想で、ステレオタイプに決めつけすぎかもしれませんが、地域の違い、言葉や住民気質の違いによって、様々なエピソードを経験させていただきました。