『記憶する体』を読む#4 封印された色
前回はメモを取る全盲の女性を読んだ。
今回は井上浩一さんという、六歳のとき完全に見えなくなって点字を使いこなす方の話だ。彼のローカル・ルールのひとつが封印された色なのだという。
▼ 封印された色とは❓
井上さんは六歳まではいろんな色を見てきた。その色の記憶は彼の頭になかに保持されている。ところが、六歳というちょうど文字を覚え始めるころに失明したため、彼の頭の中にある色は名前を持つことができなかった。つまりはたくさんの色の記憶を持っているにもかかわらず色と言葉が結びついていないために誰にも伝えることができないのだ。無数の色が彼の頭の中に封印されていることになる。
▼ チカチカ現象って何❓
井上さんにはもうひとつ特筆すべきローカル・ルールがある。それがチカチカ現象だ。彼は点字を読むと頭の中にいろいろな色があらわれる。
『0』=濃いピンク
『1』=暗めの白
『2』=『0』より赤みが強い赤
『3』=黄色
『4』=緑
『5』=薄青
というように、点字を触っても、人の名前を聞いても点字に変換されて頭の中で色付きでイメージされる。複数の文字や数字に同じ色が対応していることはなく、すべてが異なる「一対一対応」なのだという。この現象は単語の意味とは関係ないし、文字を追ったり文章を理解するのに役に立っているわけではないとのこと。いったいなぜそのようなローカル・ルールができあがったのだろうか?
▼ チカチカ現象の原因
▼ 混色できない
井上さんには「赤っぽい紫」とか「黄色寄りの黄緑」という表現はできないのだという。「色を頭の中で混ぜることはできないので、どうするとその色になるのかは分からないんです」とのこと。これには実際に色を混ぜた経験の有無が関係している。目が見える人たちは学校の授業とかで絵の具やクレパスの色を混ぜて絵を描いてきた。その記憶が体にあるから自然に頭の中で色を混ぜることができるのだという。だから大人になって失明した人は、混色について説明してもどのような色になるが想像がつく。
混色できない井上さんの頭の中にある色は絶対的な色ということになる。
▼ 秘密の花園
見えなくなって四◯年近く、井上さんの頭の中には六歳までに見た絶対的な色の記憶が封印されたままになっている。外部からアクセスできないカラフルな世界は秘密の花園のようで、究極のローカル・ルールだと著者はいう。
井上さんは自身のことを次にように分析する。
「そういう人もいるということですね。他で失っているものもいっぱいあるんですけど、私の場合は色は残った。何を失うかが人によって違うんじゃないですかね」。
▼ さいごに
井上さんの話を知って、自分が特に意識することなく言葉や文字を覚えて現在に至っていることを知った。同時に人が言葉や文字を身に付けていくための精緻な仕組みを知り得たことは、自分が今できている事項の意味を振り返る良い機会となった。井上さんの自身についての分析を読むとトレードオフという言葉が浮かんできた。何かを失うことは何かを得ることにつながる。逆も然りだ。つまりはどのように生きてきたとしても善悪で評価されるようなものではなく、それはそれでその人の固有の在り方なのだという気がしてきた。すべてを記憶していると思われる体と生きていく、生きていることの不思議に改めて触れた気がした。
次回へ続く。