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【小説】ウソの行方 #2

東京に戻ると、どこかで見張っていたみたいにミズキから電話が入った。
「葬儀、お疲れ様。わたしには何も言ってくれなかったわね」
「なんで知ってんの?」
「同郷だよ、わたしたち。実家に毎日電話してるからなんだって知ってるよ。いとこのホタルさんがユウスケの実家にいることも」

今までなら聞き流していたはずのミズキの言葉がイチイチ癇に障った。そうだよ遺品整理もあるし忙しいんだよ、じゃあなと電話を切った。ミズキは結婚してからもときどき連絡をよこしたが、いまとなっては生存確認をされていたような気もする。ミズキのために付き合ってやってるつもりだったけど本当のところはどうだったのだろう。


母を喪い実家を見失ってからの年月、停滞した日々に埋もれていたと思っていた。父との確執のあげく自死するなんてと母を責めてしまいそうになる気持ちからなんとか目をそらそうと平日は残業もいとわず働き休日は死んだように寝て過ごした。いや、それはウソだ。ホタルやミズキだけではなくいろんな人とのかかわりがあって俺はここまで来た。人の記憶なんていい加減なものだ。そのときの自分語りに合わせて際限なく、不断に書き換えている。なかったこともあるように語られる。ウソにまみれて生きてきたし、いまも変わらない。

単身パックの運び出し作業はあっという間に終わり、がらんとした部屋でスマホをみる。ミズキから着信が5回、LINEは確認するのも嫌になるくらい通知がきている。

——返信遅くなってゴメン。俺、実家に戻ることになった
  体に気を付けてこれからも人生を楽しんでください
  サヨナラ

送信するとすぐに電話がかかってきた。
「あのさ、LINE1通で終わりにするつもりなの? わたし、付きまとってるわけじゃないしふつうにサヨナラを言ってくれてもいいんじゃないですかね。そんなにわたしが迷惑だった?」
「気を悪くしたなら謝るよ。なんだか疲れてさ」
「出たよ疲れてる発言。ユウちゃんはずっと疲れた疲れたって言ってきたんだよ。疲れてないユウちゃんを知らないんですけど」
「わるかったな。だけど今回はホントに疲労困憊だよ。この歳で天涯孤独だよ」
「お父さんまで亡くなって心よりお気の毒だと思うけど、叔母さん叔父さんとかホタルさんもいるじゃないの。なんか自分をかわいそうな人だと思われたがっている?」
「はあ? 言うに事欠いてそれかよ。勝手に思ってればいいよ。とにかく実家に帰ることに決めたんだ。親はいなくなったけど大量のモノというかゴミというか遺品らしきものであふれている。確かめたいんだよ、モノを見れば暮らしが想像できるかもしれない。当分は遺品整理をするよ、ほかにやりたいこともないしな」
「そうなんだ。ぽいぽい捨てられないのね。今のわたしにはよくわからない行動だけどユウちゃんが実家に戻るのなら遊びに行くよ。遺品整理、手伝おうか」
「いやいや自分の家庭を大事にしてくださいよ」
「結婚したら人生変わるような気がしてた。プロポーズされたり、両家の顔合わせしたり、結婚式挙げたりとか楽しかったなぁ。でもイベントなんだよね、終わってみると何にもないのよ。結局は生活だった」
「バカなのか。そんなこと結婚しなくたってわかりきったことじゃないの?」
「結婚してしばらくはうれしかったのにどうしてかなぁ。何やっても集中できなくなって自分に裏切られたみたいで心底つまらなくなった。そういうわけでというか脈絡のかけらもないんだけど真剣に子作りを考え始めてる。20年間の期間限定で子育て楽しんだら次のステージを考えるの。悪くないでしょ?」
「そう都合よくいくならどこの親も苦労していないと思うけど。でもミズキの子どもには会ってみたいな。生まれたら連れてきなよ」
「そうする。じゃあユウちゃん、体に気を付けて。ホタルさんとうまくやってね」
「大丈夫だよ、姉貴みたいなものだから。そういえばホタルにはすごく世話になっているからきちんとしたお礼をするつもり。そのときは相談するよ。女の人ってむずかしい」
「そうなんだ、ホタルさんには気を遣うんだね。それにしてもユウちゃん、ホタルさんのこと話し始めたら急に声が弾んでる。ずうっと死んだみたいにしてたからなんだかうれしい。いやだ、うれし涙出てきた」
「やめてくれよ。俺まで泣きそうになる。なんにもうれしいことないけど、確かに区切りはつきそうだ。俺、何言ってんだろ?」
「まちがってないよ、卒業だね」
ミズキはそういって電話を切った。


想像していたのとは全然違うミズキとのあっけない別れ? をすませた俺にもうやることはなかった。空港に向かいかけたが気が変わり新幹線を乗り継いで実家を目指すことにした。

すでに日は暮れていたが、実家の外灯はついていなかった。ホタルのクルマもない。残業なのかもしれないと思いながらカギを開けて家の中に入った。
オープンタイプのキッチンとそれに続くリビングはすっかり片付けられていた。ホタルが父の遺品というかおびただしい生活雑貨や衣類等を和室あたりに押し込んだのだろう。ソファとカーペットとカーテンが新調されていて生活感がまるでないところは悪くなかった。くすんだ青色のゆったり座れるソファでビールを飲んでいるとホタルが帰ってきた。すぐにリビングに顔を出すと留守番にもならない留守番だと小さく笑った。無理に笑おうとする努力が顔に出てしまっているのに気が付いて理由を問うと
「保健師には守秘義務があるからね。悩みとかではないのよ、ふつうに仕事しているだけだし。ただね、職業がら担当する対象がいろいろ込み入ってるわけ。わたしたちがふだんは見ないふりというか、気付かない振りしている闇みたいなものが凝縮された世界に触れるのよ。働けば働くほど闇が迫ってくる。それがわたしの仕事なの」
「闇だなんて、ホタルからそんな言葉聞きたくなかったな。たとえばさ、俺が仕事を休みがちになって相談に出向いたとするよ。専門職から聞き取りがあって、両親が不仲で母親が自殺して父親とは折り合いが悪い機能不全家庭で育ったと生育歴に書かれるかもしれないだろ? そこだけ見たら込み入った話になるのかもしれないけど全然違うから。だって俺は俺なりに楽しいこともいっぱいあったし、母親が自殺しようが父親と折り合いが悪かろうがそれがすべてじゃないんだよ。たとえ他人からは悲惨な状況に見えたってそこにも光は届いているし輝く瞬間はある。そこで暮らす人たちは泣いているばかりではないよ。喜びも楽しみもある生活をしているんだ。確かに環境の影響は小さくはないかもしれないけれど俺は人の営みにそれほど違いはないと思ってるよ。気を悪くしないでほしいんだけどホタルの仕事は外から苦しみを見るのではなく光を一緒に感じることから始まるんじゃないか。何も知らない者の無責任な発言だと思われても仕方ないけど、ホタルには喜びのある仕事をしてほしいと思っている」
「どうしてそんなことまで言うの?」
「ホタルに笑っていて欲しいからに決まってる」
「わたしには泣くことも許されてないっていうの?」
初めて耳にするホタルの怒りと悲しみに満ちた声が響きわたる。


しばらく黙り込んでいたホタルはひとつ大きな息を吐くと
「勝手に不幸なかわいそうな人たちと思って、ほんとは遠ざけていたのかもしれない。不遜だよね、何を勉強してきたんだろう。こんな簡単なことを素人のユウスケに指摘されるなんてもうダメだわ。先輩にはもう少し要領よくやりなさいって言われる。たいした趣味もなく独身だから切り替えができないんだって。その先輩は子育て中だから職場を一歩出るとアタマが自動で母親モードに切り替わるんだって。だから最近は婚活しろってうるさいの。おかしいわよね、身内でもないのにおせっかいな人なのよ」
茶化して話を終わったけど、ホタルの顔はたまりにたまった疲労の澱が前面に浮き出てしまっている。
「切り替えの話はしていない。どんな場所で生きているとしても希望を持ったり打ちのめされたりしながらなんとか前に進もうとしている生身の人間を見てほしいだけだよ。本人は気付いていないかもしれない光を一緒に見つけて一緒に喜ぶことができればいいなと思っただけだよ。とにかく、いまのホタルは大丈夫じゃなさそうに見えるよ。手遅れにならないうちに休み取りなよ」
「そんなにひどい?」
「顔みりゃ誰でもわかるさ」
「仕事辞めて逃げ帰ってきた人に言われたくないけど」
「ずいぶんはっきり言うな。でも逃げてきたとは思っていないし、逃げたら悪いとも思ってないよ。よほどのことじゃない限り好きに生きればいいさ。そうしないと持たない」
「伯母さんのこと言ってるの?」
「どんなにぶざまでも生きててほしかった」
「あのときの伯母さんを見てたらそんなこと言えないと思う。わたしだって悔しかったし寂しかったけど、死んでまであれこれ言われるの嫌じゃない?」
ホタルのいうとおりだ。母の苦しみに気づけなかった俺は負い目を抱えたまま実家での暮らしを始めようとしていた。


次回へ続く。


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