ふたたびの空へ
ある朝、僕はいつものように通勤のために家を出た。
朝の空気は少しひんやりしていて、頬に触れる風がなんとも心地よい。
今日は何か良いことが起きそうな、そんな予感がした。
もしかすると、何か素敵な鳥に出会えるかもしれない。
駅までの道を歩いていると、突然、道の脇の茂みからバサバサという羽音が聞こえてきた。
思わず足を止め、音のする方に目をやると、なんとそこには宙吊りになった鳥がいた。
目を凝らして見ると、それはヒヨドリだった。
どうやら、くちばしに何かが引っかかっていて、動けずに苦しんでいるようだ。
「うわあ、大変だ」と思わず声が出た。
急いで近づくと、くちばしに釣り針が刺さっているのが見えた。
ヒヨドリは必死にもがいていたが、その動きは次第に弱まっていた。
このままでは衰弱してしまうだろう。
僕はそのまま通り過ぎることはできなかった。
だって、僕はバードウォッチャーなのだから。
僕はバッグから手袋を取り出し、そっとヒヨドリを抱え上げた。
「大丈夫、すぐにとってあげるよ」と、
まるで彼と会話できるかのように優しく声をかける。
ヒヨドリは動きを止め、荒い息をしながら僕をじっと見つめた。
その瞳には不安と恐怖が映し出されていた。
釣り針は思った以上に深く刺さっていたが、何とか外すことができた。
釣り針が抜けた瞬間、ヒヨドリは羽を広げ、バサバサと羽ばたいて少し離れた場所に飛び移った。
しばらくの間、まだ元気が戻らない様子でそこに佇んでいたが、やがて少しずつ活力を取り戻し、ついには空高く飛び去っていった。
仕事には少し遅れてしまったけれど、気分は悪くなかった。
むしろ、なんだかすごくいいことをしたような気分だった。
数日後、仕事を終えて家に帰る途中、あのヒヨドリを助けた場所に差し掛かった。
その時、足元で何かが動いた。
よく見ると、一羽のヒヨドリがそこに座っていた。
ヒヨドリが道路に降りているなんて、珍しいことだ。
「もしかして、あの時のヒヨドリ?」
と思った瞬間、ヒヨドリは小道をポヨンと跳ねながら進み始めた。
まるで「ついてきて」とでも言っているかのようだった。
その姿があまりにも愛らしく、僕は思わずにやにやしてしまった。
ヒヨドリは時折振り返り、僕を確認しながら、ポヨンポヨンと跳ねて前へ進んでいく。その様子は「元気になったよ、ありがとう」と言っているように見えた。
胸の中であの日の記憶が蘇る。
「君は、あの時のヒヨドリだろう?」
と僕は思わずつぶやいたが、もちろん返事はなかった。
ただ、きゅるんとした瞳で僕を見上げるだけだった。
しばらくの間、ヒヨドリは僕を先導し続け、
そして突然、空を見上げると一気に飛び立った。
今度は元気いっぱいに、どこまでも高く飛んでいった。
「きっとあの時のヒヨドリだ」と心の中でつぶやきながら、
僕はゆっくりと帰途についた。
鳥を見続けていると、時々こんな素敵なご褒美がある。
明日もまた、いつもと変わらない一日が始まるけれど、
あのヒヨドリがどこかで元気に飛んでいると思うと、
なんだかもう少しだけ、いろいろ頑張ろうかなという気持ちになるのだ。