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文献に見る山女(熊本県球磨郡)


背の高い山女の話(岩科小一郎 著 山麓滞在)

熊本県球磨郡湯前村の奥に仁原山という場所があり、そこにはアンチモンの鉱山がありました。この出来事は明治中期、月のない夜に起きたものです。

鉱山主任のHという若い男性が、小屋から外に出て数メートルほど歩いたときのこと。暗闇の中で突然、彼の目の前に3人の大きな女性が現れました。その女性たちは裸体で全身を覆うような長い髪が体を隠しているような姿でした。Hは驚き、立ち尽くしていると、1人の女性が笑いながら彼の手を握りました。その手は冷たく、Hは恐怖でどうすることもできませんでした。

Hが必死に助けを求めると、その悲鳴を聞きつけた鉱夫たちが火を灯した松明を持って駆けつけました。すると、女性たちは火を見て怯えたのか、「ヒーヒー」と不気味に笑いながら手を離し、森の中へ逃げ去っていったといいます。Hはその場に倒れ込み、気を失ってしまいました。

この話は「或る村の近世史」に記録されています。同様の山女の目撃談は全国各地にあり、特に山中には山男や山女が棲んでいるという伝承が古くから文献に見られます。九州地方では、こうした話が明治時代に入っても語り継がれており、その活動が往時にはどれほど盛んであったかを想像させます。

一方、東北地方や奥羽山脈のような山岳地帯、さらには南アルプスの大井川奥山でも、山女にまつわる目撃例が登山家たちによって多く報告されています。このように、山女や山男の存在は全国で語り継がれる不思議な伝承のひとつです。

髪が長い山女


柳田邦男著・山の人生に登場する山女の話。


約30年前、肥後(熊本県)の東南端にある湯前村の奥、日向の米良(メラ)との境にある仁原山には、アンチモンの鉱山がありました。その鉱山事務所に住んでいた原田瑞穂という人物が体験した話です。

ある夜、原田氏は少し離れた下の小屋に向かい、そこで作業員たちと雑談をしていました。すると突然、小屋の屋根にばらばらと小石が当たる音が聞こえ、不気味に感じた原田氏は帰ることにしました。

小屋を出て、わずかに歩いたところで、横から背の高い女が三人現れ、そのうちの一人が原田氏の手を強く掴みました。三人の女たちはほとんど裸で、何かを頻りに話していましたが、原田氏には恐ろしくて何を言っているのか理解できなかったそうです。そのうち、大声で人を呼ぶ声が聞こえ、小屋から大勢の人たちが駆けつけると、女たちは手を離し、素早く山の方へ逃げていきました。

この話を語ったのは小山勝清氏ですが、体験者である原田瑞穂氏は、当時まだ若く、小山氏の叔父にあたる人物だったといいます。

仁原山は、市房山と白髪岳の中間に位置しており、以前紹介された「獣の罠に山女の死体があった三つの場所」のほぼ中央にあたります。このため、山女にまつわる話が多く語り継がれているのかもしれません。

南九州の山中に住む人々には、地域ごとに異なる気風があり、人情が素朴で純粋な一方、ある種の迷信深さが残っているように感じられます。このような体験談はほかにも多く、追加される可能性があります。例えば、白髪岳の山小屋に滞在していた人物が、夜になると山女が足を掴んで引っ張るため、恐ろしくて耐えられず山を下りたという話もあります。

また、球磨郡四浦村の木挽きであった吉という人物も、五筒庄の山で働いている最中に似た体験をしたと語っています。いずれの話も、こうした山奥の特異な環境がもたらす不思議な出来事の一例として、興味深いものです。

記録に残る山女の話

柳田邦男の著作と「或る村の近世史」の両方の登場する背が高く、山で働く人間に接触する山女の話。

話しの舞台となる仁田山とは熊本県球磨郡久米村槻木に存在した石仁田鉱山(アンチモン鉱山)と思われる。

岩科小一郎 著の「山麓滞在」には別の山女の話が記されている。

熊本城下に現れた山女の話

江戸末期、九州の肥後国(現在の熊本県)熊本城下に、一人の30歳ほどの女性の乞食がいました。

その女性は、身長が5尺7~8寸(約175cm)と非常に背が高く、季節を問わず裸で衣服を身に着けていませんでした。肌は全身が赤黒く、渋紙のような色をしており、頭髪は真っ赤で長く、体を覆うほどあったといいます。見た目は不気味でありながらも、美しいと語られています。

彼女はいつも飯碗を一つ手に持ち、市中を歩き回って物乞いをしていました。この女が現れると、道行く婦女子は恐れて家の奥に駆け込み、身を隠しました。ただし、子供たちは「山婆が来た!」と言って面白がり、見物していたそうです。

しかし、後にこの女性は人々によって殺されてしまったといいます。この話は「中陵漫録」に記されたもので、里に降りてきた山女の一例として語られています。


もしかすると山女の話は、複雑な経緯で山に住み着いた異国の女性だったのかも知れません。

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