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ウクライナと北朝鮮の国力、あまり変わらない説

 最近、北朝鮮がウクライナ戦争に参戦したらしいということが話題になっている。北朝鮮の部隊は続々とウクライナの前線に送られており、その数一万人とも言われている。プーチンと金正恩が会談するなど、両国は関係を最近深めていたので、その現れだろう。北朝鮮が遠くウクライナの戦争に参戦する様子はベトナム戦争に韓国軍が参戦した過去を思い起こさせる。

 さて、その北朝鮮だが、どの程度役に立つのだろうか。ロシアは相当国力を消耗しているようで、イランや北朝鮮のようなあまり頼りにならなそうなくにからの援助も要請しているようだ。「北の手も借りたい」という状況である。

 しかし、考えてみると、北朝鮮とウクライナの国力は大きく変わらないようにも思えるのである。

 ウクライナの人口は独立直後には5000万人を超えていたが、長年の経済難と少子化によってどんどん減少していて、2021年の時点では4200万人にまで減少していた。これはクリミアの人口を除外している。それに加えて今回のウクライナ侵攻である。ウクライナからは800万人が難民として流出していて、未だ帰還の目処が立っていない。それに先んじる数年間もウクライナの経済が苦境にあったために人口が流出していて、多くはドイツやポーランドに流れていた。したがって、難民の多くはこういったEU諸国に定住し、帰国するものはあまり多くないとも言われている。もちろん戦争によって出生率も激減していて、ウクライナの出生率は欧州最低水準となっている。

 領土の喪失も問題だ。ウクライナの人口のうち、2014年にウクライナからの離脱を表明していたのがドンバス地域だ。ここの親ロ派支配地域の人口は300万人ほどと思われる。これに加えて新たにロシア軍の支配地域となった南部のザポリッジャ州やヘルソン州の人口を加えると、ウクライナは領土の喪失によって更に500万人ほどの人口を失ったと思われる。これらを総合すると、ウクライナ支配地域の人口はかなり減少していて、2800万人程度なのではないかと推定される。独立当時と比べると実に半分に減少していて、ここまでの凋落はなかなか稀である。

現在のウクライナ支配地域

 一方、北朝鮮はどうか。北朝鮮の人口動態は東アジアの中では比較的良好であり、人口は2600万人ほどである。なんとウクライナとそう変わらない。1991年時点での北朝鮮の人口が2000万人程度とウクライナの半分以下だったことを考えると、人口面ではずいぶんと逆転が起きたことになる。しかもウクライナの人口ピラミッドは北朝鮮よりも高齢化しているので、労働力人口の差は更に際立つかもしれない。

 国力を算定するうえで重要なのは人口と一人当たりの生産性の水準である。通常、これには一人当たりのGDPが用いられる。ウクライナの一人当たりGDPは周辺地域と比べると異様に低く、フィリピンと同程度である。一方、北朝鮮の場合はデータが存在せず、算定は非常に困難だ。ただ、一般に言われる推定によれば北朝鮮の一人当たりGDPは非常に低く、アフリカ諸国と同程度と思われる。

 しかし、実は共産圏の場合はGDPがあまり当てにならない。共産圏の経済構造は独特で、公共セクターが強みを発揮する軍事・治安・教育・医療といった分野に関しては、一人当たりGDPから推測される値よりも遥かにクオリティが高いことが多い。例えば毛沢東時代の中国は大半のアフリカ諸国よりも一人当たりGDPが低かったが、識字率は圧倒的に高かった。アフリカ諸国がろくな統治体制が無かったのに対し、中国は強大な中央政府によって全国民が管理され、核開発に邁進していたのだ。共産圏の場合、市場経済が政策的に抑圧されているため、社会インフラの整備状況の割にGDPが下振れすると言えるかもしれない。

 乳児死亡率を比較すると、北朝鮮は100位でメキシコやイランと同程度、ウクライナは62位でタイやアルゼンチンと同程度である。平均寿命は北朝鮮が72歳、ウクライナが73歳だ。ウクライナのほうが一応は良好だが、大きく差があるわけではない。軍事力は医療と同様に公共セクターが強みを発揮する分野なので、両国の軍事的な基盤もこれらの数値に比例すると考えることができる。

 というわけで、実は北朝鮮の国力はウクライナとそこまで大きくは変わらないといっても、あまり笑いものにはならないのではないか。確かに北朝鮮は食糧難など問題は多いが、兵站という面ではロシアの援助が得られるため、そこまで困らないだろう。むしろ北朝鮮はロシアが困っている若いマンパワーをたくさん提供してくれる。規律の取れた北朝鮮軍はシリア難民の雇い兵よりも遥かに能力も士気も高いに違いない。ウクライナは北朝鮮の参戦を明確な脅威として受け取っていて、ゼレンスキーは可能であれば北朝鮮への直接攻撃も辞さないと宣言している。

 脆弱国家ウクライナの国力は北朝鮮に毛が生えたものに過ぎない。北朝鮮は確かに経済破綻しているのだが、それはウクライナも同じである。ウクライナの賃金はロシアやベラルーシの半分以下であり、独立後の経済運営に失敗したことは明らかだ。ウクライナの失敗は旧ソ連圏と自然な繋がりを持っていたのにもかかわらず、それを無理に断ち切ろうとしたことにある。オレンジ革命とユーロマイダン革命の後のウクライナはロシアと断絶し、西側に仲間入りしようとしたが、中途半端に終わり、むしろ対露関係悪化によってますます経済が低迷するだけに終わった。ウクライナにとって対露関係の途絶は経済面においては日米の貿易が停止するのと同じで理にかなっていないのだ。これはモルドバやジョージアにも言えることだ。両国は結局旧ソ連圏を離脱してヨーロッパの仲間になるのは難しいと悟りはじめていて、最近は親露路線へと揺り戻しが来ている。ちなみにバルト三国はこの構図に含まれない。バルト三国の一人当たりGDPは戦前から一貫してロシアよりも高いからだ。

 ロシアから見ればウクライナは西側志向のポピュリストに騙されて自爆している哀れな元同胞にしか見えないだろう。プーチンがウクライナを侵略したことに対して罪悪感は一切なく、むしろウクライナのためにも良いことをしてやっていると考えていてもおかしくない。最も侵略に成功したところでウクライナの財政をロシアが肩代わりできるのかは定かではなく、むしろ内政問題に足を絡め取られる危険のほうが大きいように思えたのだが。

 しかし、そんなどん底の状態でもウクライナは奮闘している。やはりサッカーと同じでホームは強いのだ。世界最強のアメリカ軍ですら朝鮮戦争では苦戦し、ベトナム戦争では敗北している。アフガンに至ってはアメリカもソ連も撃退している。他国を侵略するというのはそれほど難しいのである。同様のことは北朝鮮にも言える。北朝鮮が崩壊の瀬戸際にあるという希望的観測により、何度か米韓軍による北朝鮮侵攻は想定されたことがあるが、成功するとは限らない。頑強な抵抗によって一筋縄では行かない可能性だってあるだろう。

 人口2800万人の戦後ウクライナが今後どうなるのかは未知数だが、現状を考えるに、旧ソ連圏の第二勢力としてロシアと勢力均衡を形成するのではないか。ヨーロッパの新たなメンバーになるのではなく、あくまで西側に支援された別地域の国という立場になるだろう。サウジアラビアとかベトナムと同じ状態である。ウクライナの支配地域は四方八方をロシアに友好的な勢力に囲まれていて、「ロシア世界」に打ち込まれた楔と言った感じになる。

 戦後ウクライナの経済地理学を考えてみると、結構な難局に陥るかもしれない。東武の工業地帯を喪失したばかりではなく、最大の貿易相手であるロシアとの関係が断絶したため、ハリコフやドニプロといった大都市の産業まで打撃を受けるだろう。ウクライナが貿易に使えるルートはオデッサの港湾とポーランドに続く国境の隘路だけだ。

 周囲を敵に囲まれた戦後のウクライナの経済が好転する保証はなく、極右勢力が躍進したり、核兵器の開発に邁進するかもしれない。そうなった時にウクライナは本当に北朝鮮と変わらぬ地域の不安定要素となる可能性がある。


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