
中華王朝の悪弊の原因は外戚・宦官ではない
中国史に必ず出てくる問題がある。それは「外戚と宦官」である。
中国の歴史記述をみていると、あたかも外戚と宦官が存在するせいで天下が乱れているという言説が多い。しかし実はそのような批判は本質から外れている。
中国の王朝の悪弊は皇帝に極端に権力が集中していることから発する。
そして何らかの形で皇帝に結びついた有力者が権力の甘い汁を吸い、腐敗と専横を極めるのである。
皇帝が頼りにできる有力者は5種類存在する。官僚・軍人・皇族・宦官・外戚である。
皇帝本人の立場に立って考えてみよう。軍人や官僚は自分の強力なライバルだ。血族ではないし、クーデターを起こして新たな皇帝になられてはひとたまりもない。だから彼らを取り巻きにするとリスクが高すぎる。
同じ皇族はどうだろうか。確かに血は繋がっている。しかし、彼らは皇帝の継承権をもっている。皇族は自分の強力なライバルになりうるのだ。そうなると残るは宦官と外戚しかない。
宦官は中国社会では異様な存在として捉えられており、外の世界での立場がない。宦官の権威は皇帝に極端に依存しているのである。そのため皇帝本人にとっても安心できる存在だ。また宦官は子孫を残せないので皇帝に成り代わる可能性がなく、都合がよい。中国歴代王朝の中では後漢・唐・明が特に宦官の権力が強かったとされる。
外戚も同様に頼れる存在だ。彼らは自分あるいは息子の血族だからだ。しかも皇位継承のライバルにはなりえない。こうして皇帝は外戚を重用するのである。
外戚は皇帝本人にとっては血族だが、他の男系親族にとっては余所者だ。外戚が権力を持つことは一族全体の脅威である。皇室の利益と皇帝自身の利益が相反するということだ。だから外戚は君側の奸として嫌われるのだ。
中華王朝の数々の問題は王朝の専制体制に起因している。そしてその体制では権力の座に近づいた有力者が腐敗と圧政の根源になるということになる。その有力者の座を射止めやすいのが外戚と宦官なのである。
仮に外戚と宦官が存在していなかったとしても、他の人間が権力の座について同様の問題は発生するだろうし、むしろ悪化する可能性もある。
その時の悪弊の原因人物は皇族かもしれないし、官僚かもしれないし、軍人かもしれないし、皇帝自身かもしれない。
漢の王莽は外戚、隋の煬帝は皇帝、唐の安禄山は軍人、明の魏忠賢は宦官、清のへシェンは官僚であった。彼らの身分はみな違うが権力の中枢にいて国家に害を撒き散らしたという点では同じだ。
帝国の専制体制が存在する限り、この手の問題は起こり続けていたのである。