なぜ銃の反動は人間が耐えうる水準に留まるのか(運動量と運動エネルギーの違い)
前回はレールガンの話をしたので、今回もまた銃弾の話となる。筆者は中二病全盛期に銃火器に並々ならぬ関心があり、銃のサイトを調べたり、弾丸の威力を計算したみたことがあった。家族旅行でハワイに行ったときに駄々をこねて現地の実弾射撃場に向かい、色々と射撃を楽しんだこともあった。グロッグやベレッタといったメジャーな拳銃に加え、M16やAK47といった銃も射撃したことがある。ただしデザートイーグルやコルトパイソンといった大型銃は勇気がなかった。
これらの銃を撃った感想なのだが、思いの外反動は大したことがないなと感じた。筆者が構えすぎなのかもしれないが、やはり中学生でも頑張れば抑えられる水準である。むしろ問題なのは銃それ自体の重さであり、何発も撃っていると疲労で銃を支えられなくなり、命中率が格段に下がってしまった。銃のエネルギーに比べると、意外に反動は強くない。その理由を考えてみようというものである。
銃弾のエネルギーはどれくらいか。一般的な警察用の拳銃に使われる9mmパラベラム弾の場合、威力は400〜500ジュールらしい。弾頭重量が8グラムで発射速度が秒速350mだから、こんなものだ。この400から500ジュールというエネルギーがそれくらいかと考えると、デブが思いっきりジャンプするくらいである。一見大したことがないように思えるが、銃弾の面積は人差し指の先くらいしかない。この小さな面積にデブの巨体が勢いを付けて乗ってくるのだ。そりゃ人体も貫通するだろう。
物理では作用反作用の法則により、物体を押しだせば、同じ強さで人間も押し出されるわけだ。しかし、拳銃の射手は明らかにデブに踏み潰される程の反動は受けていない。これはどういうことなのか。鍵は運動量と運動エネルゴーの違いにある。
銃弾の重量は8gほどだ。これに対し、拳銃の重量はだいたい100倍の800g程度である。運動量保存の法則によれば、初期段階の運動量がゼロだから、銃の運動量と速度を$${M_1}$$・$${V_1}$$とし、弾丸の運動量を$${M_2}$$・$${V_2}$$とすると、
$${M_1V_1=M_2V_2}$$
が成立することになる。
ここで$${M_1}$$:$${M_2}$$は100:1だから、$${V_1}$$:$${V_2}$$は1:100となる。8グラムの銃弾が秒速300mで押し出されるのと同時に800グラムの銃は秒速3mで後ろに進んでいくのだ。これで一見反動は銃弾そのものと同じく強烈なものに見えるだろう。
ところが、そうではない。運動量と運動エネルギーは違うからだ。運動量は$${mv}$$なのに対し、運動エネルギーは$${\frac{1}{2}mv^2}$$である。運動エネルギーの方は速度が2乗になっている。これは同じ運動量でも速度が速い方が遥かにエネルギーが大きいことになる。先程の例で言うと、弾丸の速度は銃の100倍だから、エネルギーも100倍ということになる。せいぜい小型犬が膝の上に飛び乗るくらいである。
銃の重さが弾丸のn倍なら、人間の受けるエネルギーは銃弾のエネルギーのn分の1となる。銃が重いほうが反動が少ない。これが銃の反動に人間が耐えられる理由だ。ちなみにライフルの場合はエネルギーは遥かに強力だが、弾丸のサイズは拳銃よりも小さく、銃の重量は拳銃よりも大きいため、反動はやはり人間が受け止められる水準になっている。
同様に、銃弾は大きくて遅いよりも小さくて速い方が反動は少ない。ライフルの多くは後者なので、反動はエネルギーの大きさほどではない。ライフル銃の弾丸は拳銃よりも小さいが、速度は2倍〜3倍だ。5.56mmNATO弾に至ってはオモチャじゃないかと思うくらいに弾丸が小さい。拳銃弾のように人体組織に穴を開けるのではなく、衝撃波で人体組織を破砕するように設計されている。
小さくて速い弾丸のデメリットは衝撃波が発生することだ。銃弾が音速を超えると衝撃波が発生するため、消音が困難になってしまう。したがって、特殊作戦用の銃器は拳銃弾を使っているケースがある。ソ連にVSSという消音狙撃銃が合ったのだが、これは音速を下回る速度で弾丸を発射するため、かなり大型の弾丸を使用している。そのため、射程は普通のライフルよりも大きく短くなっている。
その昔、運動エネルギーが$${mv}$$か$${\frac{1}{2}mv^2}$$かで論争になっていたらしい。最終的に両者は違う概念であるとして決着した。運動量と運動エネルギーが別種であることはこの銃のケースを見ても明らかだろう。発砲や着弾の際に力積は保存されるが、運動エネルギーは保存されない。