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<地政学>世界最弱の帝国?インドネシアの地政学について語る

 今回は久しぶりの地政学記事である。筆者はこの手の記事を書いているときが一番気分が良い!

 今回取り上げるのはインドネシアである。インドネシアは世界第4位の人口大国であり、着実に成長している国家である。それにもかかわらず、インドネシアはどうにも地味だ。同等の経済規模を見せる他の国に比べてもインドネシアが意識に上る機会は少ない。BRICSにも数えられていないし、それどころか地域大国として振る舞う素振りすらない。本来は東南アジアのリーダー国となってもおかしくないはずなのにである。インドネシアの存在感の無さはなぜなのだろうか?

 今回はそんなインドネシアの地政学的な特徴について考察していきたいと思う。

東南アジアというマイナー地域

 筆者のユーラシア考察ではこの大陸が6つの地域に分けられるという前提を置いている。このうち欧州・中東・南アジア・東アジアには古くから文明が栄えている。内陸ユーラシアには遊牧民が跳梁跋扈し、近代になるとロシア帝国が支配した。いずれも歴史が深く、強大な大国が生まれた地域である。

 一方、東南アジアにはそのような歴史がない。東南アジア全体を支配する帝国は今まで誕生したことがない。強いていうなら大日本帝国だが、短期間に留まった。そのため、東南アジアは文化的にも民族的にもバラバラで、細切れのようになっている。ベトナムは儒教文化圏だが、それ以外のインドシナは仏教で、それ以前はヒンドゥー教だった。インドネシアはイスラム教、フィリピンはキリスト教である。

 6つの地域で唯一東南アジアは他の地域に影響を与えるような出来事がない。東南アジアの勢力が他の地域を征服したり、何かの宗教を考え出して他の地域に広めたという事件は無いのである。比較的地味だったインドですら宗教やゼロの概念を他の地域に広めているが、東南アジアは常に受け身だった。むしろ欧州・中東・インド・中国の影響を少しずつ受けていると言えるだろう。

 東南アジアはユーラシアの中ではそこまで強烈な伝統を持つ地域ではないし、経済的に豊かなわけでもない。世界史的には残余の地域という感じがある。これは東欧と少し似ている。東南アジアの社会はユーラシアの中でも弱体であり、あっさりと近代に入ると植民地化されてしまった。これは人口動態も原因である。近代に入るまで気候と地勢が理由で東南アジアは人口希薄地帯だった。衰退というよりも未開発だったというべきか。華僑も含めて北方から移動してきた民族が次々と現地に定着していったのもこれが理由である。

インドネシアという国

 インドネシアの人口は非常に多いが、その理由はジャワ島の人口密度が異次元に高いからである。ジャワ島の人口はなんと1億5000万人であり、日本の人口よりも多い。面積的にもっと広大なスマトラ島やボルネオ島はそこまで人口が多くない。ジャワ島は火山性の土壌で大変肥沃であり、大農耕地帯だ。ジャワ島はちょっと特殊な島と言っても良いだろう。

  人口の多い島のトップ3はジャワ島、本州、ブリテン島である。この3つは経済規模(購買力平価)でもトップ3であり、そのままユーラシアの三大附属島嶼と言って良いだろう。日本とイギリスは大人口と発達した文明を抱えており、世界の歴史に重大な影響を与えてきた。これに比べるとどうにもジャワ島は地味である。その理由は地理にあるかもしれない。イギリスはヨーロッパと緊密な関係を保っていた。イギリスは古代こそ辺境だったが、ヨーロッパが栄えてくると同時にイギリスも栄えて行った。日本は大陸との交通にかなり難があるが、それでも世界で最も先進的な中国と隣接していた。気候も同じなので農作物の導入も容易だった。ジャワ島はユーラシアの主要地帯から離れている上に気候も異なるため、進んだ文明を取り入れる上では不利だった。そのためジャワ島の国家は日英ほど強大ではなかった。

 ちなみに他の島嶼も日英に匹敵する繁栄を見せることはなかった。スマトラ島はジャワ島よりもスケールダウンした島であり、ボルネオ島はジャングルだらけである。ニューギニアはそもそもユーラシアの文明圏から隔離されていた。北のフィリピンはジャワ島以上に文明が遅れていた。スリランカは規模が小さく、マダガスカルはジャワ島とは比較にならないレベルでユーラシアの文明から隔絶されていたのだ。

 インドネシアにはシュリーヴィジャヤやシンガサリ朝といった王国が以前から存在していたが、現在のインドネシアの境界を形成したのはオランダによる植民地支配である。大航海時代にインドネシアの香料に目をつけたオランダはこの地域を支配していった。インドネシアはインド洋と太平洋を結ぶ中継地点なので、地政学的に重要だったのである。

 オランダの植民地支配は300年以上続いたが、第二次世界大戦後の独立ブームによって独立を果たす。第二次世界大戦中に日本の占領を受けた時点で既に独立運動は始まっていた。戦後間もなくインドネシアでは反乱が起こり、オランダは傀儡国家を作ることで支配を温存しようとしたが、うまく行かず、撤退を余儀なくされた。

多様性と統一

 インドネシアは世界第4の人口を抱え、民族的にも驚くほど多様である。インドネシア人と言ってもあまりにも見かけが異なるため、ステレオタイプすら描けないほどだ。日本人と見分けが付かないような人もいれば、典型的な東南アジア風の人もいるし、イスラム系の雰囲気の人もいる。地域によっては肌が黒いメラネシア系の民族も住んでいる。筆者は人生で何人かインドネシアの出身者を見たことがあるが、あまりに人によって異なるので「インドネシア人」というステレオタイプが描けていない。メジャーな国民の中では最も民族的に多様ではないかと感じている。インドネシアの多様性と規模を考えればこの国は世界有数の大帝国といっても良いはずである。

 しかし、インドネシアは帝国のような振る舞いをすることはない。一つはインドネシアという国家があくまで植民地時代の作り物だからだろう。自発的に作られた帝国ではないので、それほど支配力も強くないのである。ロシアや中国は中核となる民族が周辺を支配する形で形成された。これらの帝国はからずも強大な中央権力による専制支配の伝統が特徴だ。特に中国は1949年に中国共産党が他の全ての勢力を滅ぼすことで再統一されたので、非常に強大である。インドネシアにそのような伝統は存在しない。現在のインドネシア国家は19世紀初頭の英蘭協約によって作られた人工的なものである。

 インドネシアと似た「作られた帝国」として共通点を持つのはインドである。インドも同じく植民地時代の国境線によって作られ、特定の勢力が地域を軍事征服したわけではない。そういった意味では両国は第三世界の典型的な国と言えるだろう。同じ旧植民地でもしっかりした伝統と中核になる民族が存在するベトナムやエジプトとは全く違う国である。むしろ性質としてはアフリカの紛争国に近いかもしれない。

 旧来から無数の民族が切磋琢磨してきたユーラシアでは民族集団の数は多くない。絶対数は多いのだが、面積と人口を考えると少ないと言える。インドネシアは比較的遅れていた地域なので、民族集団の数は非常に多い。なんと300を超すとも言われる。正確な数は知る由もないだろう。ニューギニアのような特に遅れた部族地域では無数の言語と部族が割拠しているのだ。

 また、インドネシアはイスラム教の国とされるのだが、中東の国とはわけが違うと考えるべきだ。あまりにも民族多様性が高いため、イスラム教の信仰の程度も様々なのである。アチェのように中東さながらの地域もあるが、日本のように無宗教に近い地域もある。神仏習合めいたことをやっている地域もある。さらにインドネシア社会で強い影響力を誇る華僑はムスリムではない。世界でもこれほど宗教的に多様な国は珍しいと思う。日本のように皆が揃って緩いわけでも、トルコのように政治的に分断されているわけでもなく、本当に個人差が大きい。最近は湾岸諸国の影響でインドネシアの宗教化が進んでいるという話もあるが、インドネシア全体が原理主義化することはないだろう。JKT48が活動できるくらいである。筆者の印象ではマレーシアの方が宗教的に厳格である。

 そうした事情を考えると、インドネシアは統合を保っているだけで奇跡と言えるかもしれない。これもインドと同じだ。アフリカ諸国やミャンマーといった植民地国家はいずれも常に分離独立運動が起こっていて、不安定である。インドネシアも紛争国ではあるのだが、国家の存続を脅かすような深刻な紛争には出会っていない。小規模な紛争が沢山起きているが、国家の中央部に及ぶような深刻な紛争は起きそうにない。心臓部のジャワ島で大規模な紛争が勃発したことは一度もないのだ。

 また、インドネシアは中進国には及ばないものの、貧困国ではないという絶妙な経済水準である。インドやアフリカに比べると明らかに豊かだ。やはり海に面しているというのは重要なのだろう。

インドネシアの地政学

 インドネシアは地政学的にこれと言った脅威にさらされていない。しかし同時に自らが大国になるというわけでもない。現状の地政学的条件が続く場合はインドネシアは控えめな東南アジア国家として存続するだろう。

 インドネシアは近隣国の脅威にはさらされていない。北方のフィリピンはインドネシアと良く似た条件を抱えた群島国家であり、インドネシアを脅かすような力はない。マラッカ海峡を挟んだマレーシアとシンガポールも同様である。インドネシアはこれらの国と海を挟んでおり、海を超えるような強力な海軍国家は地域に存在しない。南のオーストラリアは非常に強力だが、この国はアメリカと緊密な同盟国であり、単独行動でインドネシアを脅かすことはないだろう。それにオーストラリアの人口の殆どは南部に住んでいて、北部の殆どは不毛の地である。インドネシアとは見かけ以上に離れていると考えて良いだろう。

 より視野を広げてみよう。インドネシアに影響をもたらすのは大国の動向である。例えば第二次世界大戦中のインドネシアは日本の占領下に置かれた。同様の影響力をもたらす大国はアメリカと中国しか考えられない。

 中国海軍は増強されているとは言え、太平洋地域で米海軍の優位を脅かすまでには至っていない。仮に米中対決が起こるとしても、台湾・フィリピン・ベトナムといった無数の親米国家が緩衝地帯になり、インドネシアまでは中国の脅威は至らないはずだ。何らかの方法でマラッカ海峡を目指したとしても、激戦地となるのはマレーシアである。海と緩衝国、それに米海軍に阻まれ、中国の脅威はインドネシアにまでは至らないだろう。

 インドネシアが多数の民族を抱えることを考えると、間接的に介入を受けるという可能性はあるだろうか。この危険性も低いと思われる。これもインドネシアの島という地理が原因である。ベトナムやミャンマーの紛争は全て地続きで隣国から物資が供給されていた。仮に中国がインドネシアの反政府勢力を支援しようとしても、海を超える必要があるため、極めて難しい。実際、冷戦期に中国はインドネシア共産党を支援しようとした時期があるが、全く実を結ばなかった。

  島国は外国からの侵略のみならず、間接的な介入からも守られている。日本は歴史上一度も外国に介入されたことがない。フランスはイギリスを痛め付けるために何度かスコットランドの反乱を支援しているが、失敗している。隣国のフィリピンも地域紛争こそ絶えないが、国家を揺るがすような内乱は免れている。島国の興味深いところは外敵からの攻撃だけではなく、内乱の規模も抑えられることである。インドネシアの独立戦争はインドシナと比べると遥かに穏やかだった。島国の紛争で深刻なものはスリランカの内戦くらいだが、それも激しさは大陸の戦争には及ばなかった。陸で国境を接していないため、国家を引き裂くような外部勢力の介入から守られていると言えるだろう。

 一方、インドネシアが地域大国として名乗りを上げ、独自の利益を主張するというシナリオはどうか。インドネシアは国内に多数の分離独立運動を抱える弱い国である。中国やベトナムのように共産党が武力で全土を制圧したわけではなく、植民地当局がそのまま延長線上で国家になったような状態だ。インドネシアの国土は分断されており、日本のように統合された状態までは程遠い。

 仮に経済成長を遂げたとしても、海軍大国になるまでには気の遠くなる年月がかかるだろう。海軍の技術的ハードルは陸軍よりも高いため、ある程度先進的な国でないと参入は難しいし、しかも現在の国際秩序ではあまりにも米海軍が強すぎるため、尚更海軍大国の出現は難しくなっている。

 3億近い人口を抱えるインドネシアが中進国レベルにまで経済成長したとすれば、経済規模はフランスに匹敵するはずだ、この状態になると流石に地域大国を目指すというシナリオも出てくるかもしれない。しかし、仮想敵となるオーストラリアやシンガポールはアメリカにとって極めて重要な同盟国であり、インドネシアが単独でどうこうできる相手ではない。マレーシアは人口こそ劣るが、インドネシアよりも経済的に遥かに進んでいるため、自発的にインドネシアに従うことはないだろう。インドネシアが容易に拡張できるのは東方のニューギニアのみだが、この地域で得るものはない。近代日本が帝国主義を推し進めたのは東アジア地域がある種の空白地帯だったからだ。当時の日本の周辺国は運良く弱体化しており、西欧列強の軍事力は遠すぎて十分に投射されなかった。インドネシアはどの方向に進んだとしてもアメリカと衝突することになるし、周辺国が別に弱いわけでもないので、日本のようなビギナーズラックは望めない。

 インドネシアが地政学的な争点になるとすれば、何らかの事情で反米同盟に鞍替えする可能性だろう。経済成長で自信過剰となったインドネシアが地域覇権国を目指そうとして周囲とトラブルになり、中国に同盟を求めるシナリオや、例えば反米に転向したトルコが中国と同盟を組み、イスラム教のよしみでインドネシアに働きかけるといったシナリオが考えられる。この場合はミャンマーやカンボジアといった国との繋がりも強くなり、一気にアジアの反米同盟が形成される。インドネシアは中国海軍を国内に誘致し、アメリカの苛立ちの種になるだろう。キューバのように周囲を米海軍に囲まれた状態でも反米国家として振る舞う国もあるので、このシナリオが荒唐無稽とは言えないだろう。この場合、米中冷戦は一気に激化する。そうなった時はアメリカは分離独立運動を支援するなどして、インドネシアを揺るがそうとするはずだ。インドネシアにマラッカ海峡を抑えられる事態をアメリカは避けたい。アメリカは島国に本格的に介入できる唯一の勢力である。

 日英と同じくインドネシアは島国だ。島国は陸上からの脅威から守られるため、安全保障上は気楽そのものである。島国の殆どはアメリカと友好関係にある。単純に逆らえないという事情もあるが、アメリカは海洋国家にとって脅威になることが少ないため、安心して協力できるパートナーという理由の方が大きい。実際、日英豪はアメリカと極めて強い同盟関係で結ばれている。インドネシアはアメリカと敵対すれば失うものが多いが、アメリカと友好を結んで損することは殆ど無い。ありうるとすれば経済成長で自信過剰になり、戦前の日本のように地域覇権を目指す場合だけだろう。しかし、そうなるにはインドネシア国家は弱すぎる。したがって、インドネシアは今後も日英豪と似たようなスタンスを取るのではないかと思われる。

まとめ

 インドネシアは植民地帝国によって勝手に線引きされて作られた国家であり、おそらく世界の帝国の中では最弱の部類である。そのため、世界第4位の人口を誇るのにもかかわらず、極めて存在感のない状態が続いていた。東南アジアはおとなしい国民性で知られるが、そうした特性が政治経済上の問題に反映されないのはカンボジアを考えれば明らかだ。インドネシアの穏やかさの原因はやはり地政学的な要因と考えるべきだろう。

 インドネシアは多種多様な民族が存在するが、国内は常に分裂状態であり、地域大国として名乗りを上げられる状況ではない。しかし、島国故に外部勢力の介入から守られているため、国家にとって深刻に脅威になるような紛争もまた存在しない。インドネシアは勢力を拡張するほど強くないが、脅威もないという安泰な状態にある。不安定の中の安定と言うべきだろうか。したがってインドネシアはアメリカと敵対するメリットがほとんど無い。むしろ日本のようにアメリカの同盟国の後背地として今後も大人しい状態が続くのではないかと思われる。

 インドネシアの地味さの要因は経済的にそこまで豊かではないが、諸外国から注目を浴びるほど悲惨な状態でもないこと。島国という地政学的な理由によって大規模な紛争が起きにくいこと。地域大国として名乗りを挙げるほど強大でもなければ切羽詰まっているわけでもないことが挙げられる。また、同じ第三世界の国でもエジプトやインドと違って有名な古代文明があったわけでもないので、世界史的な文脈でもネタになることが少ない。そういった意味では西半球のブラジルやメキシコに近い。ただブラジルはサッカーが強いし、メキシコはアメリカへの移民流入がネタになるので、インドネシアよりはまだ目立つ方だ。インドネシアは世界一マイナーな大国としてこれからも穏やかなお国柄を維持するかもしれない。





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