<地政学>海洋国家と大陸国家の強みと戦略の違い
地政学で必ず取り上げられる要素がある。それは海洋国家と大陸国家の違いだ。ミアシャイマーもこの二つの違いについては言及している。海洋国家として常に挙げられるのは日本・アメリカ・イギリスだ。大陸国家として常に挙げられるのはドイツ・ロシア・中国だ。両者の違いはあらゆる国際政治の舞台で取りざたされており、重大な影響を与えている。
海洋国家と大陸国家の違いを考える
海洋国家と大陸国家の違いとは何か。細かく考えると面倒だし、明確な定義があるわけではない。二分法的に判別できるわけではなく、一つの国に両者の性質が混じっていることだってある。一番わかりやすい違いは「陸軍が得意か、海軍が得意か」という点だろう。海洋国家と大陸国家はしばしば海軍国家と陸軍国家という名称で呼ばれることもあるし、こちらの方が本質的だ。
例えば日本の例を考えてみよう。日本は島国だ。地上で外国と接していることはない。したがって、理論の上では海防さえしっかりしていれば、陸軍は必要がないことになる。もちろん実際は戦前を見ても巨大な陸軍は存在していたのだが、海軍が普通の国と比べてはるかに重要視されていたことは間違いない。同様に、イギリスもまた海軍が中心の国だ。フランスやドイツと違って陸軍にそこまで力を入れる必要が無かったので、イギリスは海軍を拡張して世界の海洋を支配することができた。
一方で大陸国家はどうか。ドイツは陸で多くの国家と接しており、常に陸上から攻められる危険にさらされていた。したがってドイツは強力な陸軍を持っていた。第一次世界大戦でドイツ陸軍はイギリス・フランス・ロシアの三か国を同時に戦っても持ちこたえるだけのパワーがあったし、アメリカの参戦がなかったら勝っていた兆候も存在する。ロシアや中国も同様だ。これらの国の脅威は大体が陸上からやってきたので、両国が身を守るためには一にも二にも陸軍なのである。この脅威には国内不安も含まれる。中露のような多民族帝国にとっては真に重要な脅威は国内にあることが多い。国共内戦にせよ、チェチェン戦争にせよ、陸軍は国内の分裂を避けるために不可欠だった。
なお、海洋国家と大陸国家の違いは通商面を見ても釈然とはしない。例えば中国の貿易依存度は国のサイズを考えると非常に大きく、海上貿易がこの国の急成長を支えている。一方のアメリカは世界で最も貿易依存度の低いカテゴリの国だ。しかも貿易相手の多くは陸続きのカナダとメキシコである。アメリカは海洋覇権国にも拘わらず、北米大陸の内部で通商はほとんど完結しているのである。
海洋国家の強みと弱み
海洋国家の強みは海で国土が囲まれていることにある。これは本当に有利だ。海は経済面での交流を促進する上に、軍事面での移動を難しくする。お陰で島国は安全保障上の脅威を受けることなく、通商を自由に行うことができるのだ。こうした事情を反映し、海洋国家はいつの時代も大陸国家より豊かであることが多かった。イギリスは世界の産業革命をリードしたし、アメリカも世界で最も豊かな国である。日本は明治時代から東アジアの近代化の先頭を走っていた。開発経済学でも内陸地帯は不利で、沿岸地帯は有利であるということは常に言われている。
海洋国家を攻めるのが難しいのは上陸戦を仕掛ける難しさにある。例えばナポレオンとヒトラーはいずれもイギリスを攻め落とそうとしたが、できなかった。上陸戦を仕掛けるにはまず制海権を奪取して、相手の本土に上陸し、そこから地上戦を戦わなければならない。ドイツとフランスは陸軍がメインだったので、イギリス海軍を倒すだけの資源を手に入れられなかった。仮にイギリス海軍を倒したとしてもブリテン島で地上戦を行わなければならない。イギリス陸軍にとってはホームとなるので、戦いは難航するだろう。太平洋戦争の末期にアメリカが日本本土決戦を渋ったのも上陸戦の難しさを表している。
海洋国家の弱点は二つある。一つは日本やイギリスのような島国に当てはまるのだが、海上封鎖に脆弱である。海洋国家は狭小な国土が原因で資源に乏しいことが多く、海上貿易によって石油や穀物を外国から手に入れなければならない。二度の世界大戦でイギリスはドイツ海軍の通商破壊に苦しみ、存亡の危機に立たされた。より深刻な結果になったのは日本だ。日本は天然資源に乏しく、大陸の資源を手に入れる必要があった。日本は奇襲攻撃で見事この目的を達成したのだが、アメリカに海上封鎖されてしまったので、その資源を送る方法がなかった。本土決戦が不可能だった理由の一つも中国大陸や東南アジアにいた大量の日本軍を本国まで輸送するのが不可能だったからだ。こうして日本は海上封鎖で息の根を止められてしまった。
もう一つの弱点は海洋国家が陸上の脅威にさらされた時だ。島国でない海洋国家はこのリスクがある。例えばオランダは世界の海洋覇権を握った国の一つであり、イギリス海軍にも勝てるだけの強さを持っていた。しかし、ルイ14世のオランダ侵略戦争をはじめ、陸上の脅威が深刻化したことによって海軍国家としてのエネルギーを吸い取られてしまった。オランダは最終的にナポレオンの軍事侵攻を受けて無条件降伏し、その間にイギリスに拠点を奪われてしまった。
大陸国家の強みと弱み
一方の大陸国家の事情はどうか。大陸国家の強みは海から攻められる危険性が低いことである。ドイツやロシアといった国は海岸線が短く、上陸戦を仕掛けるのが難しい。それにこれらの国の陸軍は強力なので、仮にイギリスやアメリカが陸軍を派遣しても難なく打ち破れるはずだ。普仏戦争の時にイギリスの介入を恐れる声があったが、ビスマルクは「地元警察に逮捕させればよい」と軽くあしらったというエピソードがある。
また、大陸国家は陸路で通商を行っていることが多く、海上封鎖にも強い。二度の世界大戦でイギリスはドイツを海上封鎖したが、ドイツを痛めつけることはできなかった。ドイツはフランスや東欧を征服し、戦争遂行に必要な資源を手に入れることができたからだ。中国やソ連は広大な領土を持つ大陸国家であるため、資源を自給自足することもできる。これらの国に経済制裁を科すことは容易ではない。
大陸国家は強大な陸軍で領土を拡張することができる。古今東西、様々な帝国が行ってきたことだ。ナポレオンやヒトラーは武力で近隣国を征服して大帝国を作り上げた。強大な陸軍は帝国を築いた後は維持に回る。中国やロシアの陸軍は対外的な脅威の備えであると同時に、国内の反乱分子に対する備えでもある。
とはいえ、大陸国家にはデメリットの方が多い。陸上の通商は海上貿易に比べてコストが高く、経済発展に支障をきたす。世界の経済統計を見ても、内陸国は概ね貧しいことが多く、これは交通手段の脆弱さが大きく影響しているだろう。陸上交易は輸送コストだけではなく、地政学リスクも伴う。例えばロシアがドイツを陸路で交易する場合はポーランドやウクライナを通る必要があるが、もしこれらの国が嫌がらせを仕掛けてきたり、政情不安に襲われたら輸送が不可能になってしまう。しばしば高額な通行料を取られることもある。海上交易であれば面倒な国はスルーすればよいので何も問題はない。
大陸国家は陸の脅威に常にさらされているので、安全保障上厳しい環境に置かれる時もある。ポーランドやウクライナの悲惨な歴史は良く知られている通りであるが、実は強国のドイツも安全保障上の深刻な危機に悩まされた国だ。ドイツは欧州の中央に位置し、大国から常に挟まれる位置に存在するので、いつ攻められてもおかしくない。1914年の時点ではフランスとロシアに挟み撃ちにされる恐怖から被害妄想的な先制攻撃を仕掛けて第一次世界大戦が勃発した。ドイツの悲劇は倒しても倒しても奥から新たな敵が出てくることで、最後は米軍の本格参戦で滅亡の運命をたどった。
やはり大陸と地続きというのはリスクが高い。日本は有史以来ほとんど攻められたことがないが、中国や朝鮮半島は幾度となく外部勢力に攻められてきた。特にステップ地帯の遊牧民の脅威は大きく、ロシアや中東に至っては常に蹂躙されるような状態だった。両地域はユーラシアの中心部に位置するため、どの方向にも強大な異民族が存在しており、踏んだり蹴ったりである。
海洋国家VS大陸国家
しばしば地政学で言われることとして、「海洋国家と大陸国家は永遠に対立関係にある」というものがある。筆者としてはこの説にはあまり賛同できない。むしろ、海洋国家と大陸国家は得意分野が異なるため、膠着状態になることが多い。テリトリーが重なる大陸国家同士や海洋国家同士の方が対立には陥りやすいと思う。戦闘も遥かに激しい。単に「両雄並び立たず」で決着がつきやすいだけだ。
大陸国家同士の戦いは時に熾烈になりうる。第一次世界大戦の西部戦線はフランスとドイツが激戦を繰り広げた。これまでも両国は幾度となく戦争を行っている。両者ともに強大な陸軍国家であるため、縄張りがかぶってしまうのだ。だが、そうした戦いをすべてかき消してしまう規模の絶滅戦争が独ソ戦だった。まさにドイツとソ連の二つの陸軍超大国が存亡の危機をかけた大戦争を行い、4000万人もの人々が死亡した。
海洋国家同士の戦いはここまで多くない。というのも、海軍は勝者総取り的な側面があり、時の覇権国家と全面戦争を戦えるだけの海軍大国は少ないからだ。また、同じ地域に複数の海洋国家が併存するという状況は近代に入ってから発生していない。
海洋国家同士が総力戦を行った数少ない例が太平洋戦争だ。この戦争は海上戦という観点では他に類例がないほど規模が大きく、空母同志の全面戦争が行われたのは史上唯一である。近代の海軍強国が日米英しか存在しないので、必然的に総力戦のパターンも限られてしまう。1944年12月のレイテ沖海戦で日本海軍が壊滅した結果、アメリカによる海洋覇権が完成し、現在に至るまでこの国に対抗できる海軍大国は存在していない。
これらの戦いと比べると、大陸国家と海洋国家の争いはなかなか決着がつかない。両者の争いは長期間続くパワーゲームの様相を見せることが多く、両者が本質的な対立関係にあるように見えるのはそのためだろう。場合によっては対立は数世紀の間続くこともある。
海洋国家は海洋では強いが、陸に攻め込むとたちまち陸に上がったカッパになってしまう。大陸国家は陸にいる間は強いが、海に出るとたちまちやられてしまう。この構図を認識することが重要である。海軍国家同士、陸軍国家同士の対立と比べて両者の対立ははるかに複雑なテクニックを要求されることになる。
陸で勝てない海洋国家、海で勝てない大陸国家
こうした戦略を取らずに直接戦った場合、大体はうまく行かないことになる。海軍国家は陸に出ると弱いし、大陸国家は海に出ると弱い。
近代の大規模戦争において、勝敗はほとんど経済規模によって決まってしまう。近代以前であれば遊牧民が農耕文明を征服することが多かったが、近代戦においては貧者が富者を打ち負かすのは不可能だ。ところが、海軍と陸軍の得意不得意が絡むと必ずしも成り立たないことがある。
まずは海洋国家から見ていこう。第一次世界大戦当時、イギリスとドイツの経済規模は同じくらいだった。イギリスとドイツが軍事的に互角となれば、フランスやロシアの軍隊と合わせればドイツには楽勝なはずだった。しかし、実際はそうなっていない。イギリスの陸戦能力はドイツよりもはるかに低く、開戦の時点ではまともな陸軍を持っていなかったのだ。第二次世界大戦でも似たようなもので、イギリスはドイツに陸上ではあまり勝てていない。
二度の世界大戦を終わらせたのはアメリカだったが、これまた陸上戦に関しては国力の割には良い結果をもたらしていない。第二次世界大戦の当時、アメリカの国力は欧州諸国の合計に匹敵したので、アメリカがドイツと戦ったら圧勝するはずである。ところが実際は戦闘のほとんどはソ連軍に任されており、アメリカの進軍は遅々としていた。ソ連軍が存在しなければ英米がドイツを無条件降伏に追い込めたかは怪しい。国力では圧倒しているはずなのだが、海洋国家の両国は陸上戦で国力に見合った戦いはできなかったのだ。
海洋国家は一見控えめな振舞いをしているように思える。19世紀のイギリスは欧州最強の国力を持っていたが、大陸に領土を拡張することはなかった。第二次世界大戦後のアメリカも武力で領土を拡張したことはない。それは海洋国家が陸上戦で相手国を征服するのに向いていないからだ。これらの国はいつでも経済制裁のようなソフトな手段を取るか、海上封鎖を行うか、現地の同盟国を援助して代わりに戦ってもらうかである。
一方の大陸国家はというと、これまた海上戦はお粗末な結果となっている。ナポレオン戦争でフランスはイギリス海軍にトラファルガーの海戦で敗れ、海洋進出はならなかった。フランスはそれまでも海洋帝国としての名乗りを上げようとしていたが、常にイギリスには負けている。七年戦争でインド植民地をい奪われているし、北米大陸の拠点も失っている。
ドイツも全くイギリスには対抗できなかった。ドイツ海軍は無能ということは良く言われている。イギリスに対抗するための建艦競争にドイツ帝国は明け暮れたが、いざ第一次世界大戦が始まってみると、イギリスには到底敵わなかった。唯一戦果を挙げたのは無制限潜水艦作戦だが、これは海のゲリラ戦ともいえるもので、制海権を奪うことには繋がらない。
ロシアに至ってはまともな海軍を構築した歴史すらない。ロシアはそもそもほとんど海岸線が無く、内陸国のようなものだ。海軍は北極海・バルト海・黒海・カスピ海・太平洋と5つに分断されており、到底海洋国家と戦えるような状態ではない。現に日露戦争で三等国だった日本に敗れている。ソ連海軍は最初からアメリカ海軍に対抗する気はなく、原潜や核兵器を前提としていたところがある。
中国の海洋進出はしばしば懸念されているが、この国が海軍国として名乗りを上げたことはなく、台頭は難しいだろう。厳密には中国と言えるかは怪しいが、元朝は日本征服を企てて大失敗している。鄭和の時代に海軍国として台頭する兆しがあったが、北方民族の脅威に集中するべきという意見によって船団は解体されてしまった。これは大陸国家において自然な振舞いだ。台湾は中国の目と鼻の先にあるが、この島を最初に支配したのはオランダ人だ。中国がこの島を支配したのは鄭成功を追い払ってから日清戦争に敗北するまでの200年ほどだけだ。いかに中国が海洋に興味が無かったかを物語っている。
地域覇権とオフショアバランシング
大陸国家が海に進出して海洋国家を打ち負かすために必要な条件は何か。大陸国家の海軍が弱い理由は資源を陸軍に吸い取られて海軍に回せないことだ。したがって、陸軍が必要ない状態に持っていけばいい。大陸国家にとってベストな戦略は地域覇権国になって陸上の脅威を消滅させることだ。
例えばケーススタディとして適切なのが19世紀までのアメリカだ。この国が事実上の島国として扱われるのは北米大陸の脅威が存在しないからだ。裏を返せば北米大陸に脅威が存在した時代はこの国は大陸国家だったと言える。
1776年、アメリカ合衆国が独立した時はこの国は北米大陸の東海岸に張り付く小国でしかなかった。当然、この状態で世界大国になることはできない。アメリカはルイジアナを併合した後、インディアン戦争・米墨戦争・南北戦争と重要な陸上戦に立て続けに勝利し、北米の地域覇権国になった。もはや陸上からの脅威はなくなったので、アメリカはこの瞬間から海洋国家へと転身することができた。この100年後にアメリカは日英を圧倒する海軍を構築し、海洋覇権国となった。
では海洋国家が大陸国家を打ち負かすにはどうすれば良いか。これの逆をやってしまえば良い。対象とする大陸国家の近隣に存在するライバルを支援し、間接的に攻撃するのだ。大陸を特定の勢力に統一させないように常にかき乱すだけで海洋国家は安泰だ。これをオフショアバランシングという。
このオフショアバランシングを効果的に行った大国として有名なのはイギリスだ。この国はジョン欠地王の時代や百年戦争の時代に大陸進出を試みたが、うまく行かなかった。こうした教訓から、大陸に直接進出することなくライバルを痛めつける方針を確立したようだ。ルイ14世からナポレオンの時代にかけて大陸でもっとも強力な軍事大国はフランスだったため、イギリスはフランスに敵対する勢力を支援することによってフランスの大陸統一を防ごうとした。19世紀の後半にドイツが強力になりすぎると、今度はフランスやロシアを支援してドイツを封じ込めようとした。
第一次世界大戦を契機にイギリスは元気が無くなってしまうので、今度はどの役割をアメリカが引き継ぐことになった。アメリカは第二次世界大戦に不本意ながら介入し、ドイツに対抗する英ソを支援した。アメリカの物資が無ければ両国は勝利できなかっただろう。ドイツはアメリカの代理人の手によって打倒されたのだ。戦争が終わると今度はソ連があまりにも強くなってしまったので、NATOを結成してソ連の封じ込めを図った。常に最強の陸軍大国を敵視して包囲網を作るという点で英米の行動は一貫しているのだ。
冷戦の構図を分析する
20世紀後半に世界を引き裂いた東西冷戦は第三次世界大戦と言っていいほど規模が大きかった。この争いは海洋国家のアメリカと大陸国家のソ連が全面対決するという点で非常に興味深い争いだった。冷戦が冷戦で終わった理由はいくつもあるが、特に重要なのは海洋国家と大陸国家の争いであるため、膠着状態になってしまうというものがある。両者の違いに注目して冷戦を考察してみよう。
20世紀後半という時代に米ソ冷戦が発生した理由はなにか。資本主義と共産主義が歴史的な発展段階として弁証法的な対立を起こしたからだろうか。いや、違う。地政学の観点から見ると、米ソ冷戦の起源はある単純な決断に行きつく。それは1941年にルーズベルトが下した「ドイツを無条件降伏させる」という決定である。それまでドイツとソ連の二大陸軍大国は勢力均衡を保っていた。しかし、ドイツ国防軍が解体されてしまったため、ソ連を押しとどめる大陸国家が無くなってしまった。これにより、ソ連が地域で突出して強力な陸軍国家へと昇格し、アメリカは直接ソ連を抑止せざるを得なくなってしまった。
ソ連の勝利条件は簡単だった。それは欧州大陸の征服だ。ソ連は既にベルリンまで至る陸の帝国を作り上げていた。一応東欧諸国は主権国家だったが、それが建前であることは誰の目にも明らかだった。ソ連軍が西欧に電撃侵攻すればソ連はノルマンディーから沿海州に至るまでのユーラシア大陸を統一支配することになる。こうなると、ソ連の国力はアメリカに並ぶか上回る可能性が高い。19世紀のアメリカが北米を統一したように、ソ連がユーラシアを統一してしまえば、あとは海軍を建設してアメリカの海洋覇権を破壊すれば良い。
アメリカの国力はソ連を圧倒しており、海洋覇権が脅かされる恐れは全くなかった。それでもアメリカは陸上戦が弱点だと分かっていた。現に朝鮮戦争やベトナム戦争でアメリカは苦戦を強いられた。大陸に足を踏み入れたら最後、数で圧倒されてしまう。得意の海上封鎖も無効だ。北朝鮮やベトコンは陸路でいくらでも中ソからの支援を受けられるからだ。米軍は朝鮮戦争で北朝鮮ごときを相手に3年も戦争を続ける羽目になり、ベトナム戦争では敗北している。アメリカがいかに地上戦を苦手としているかがわかると思う。
この問題にアメリカが対処する方法は実に海洋国家らしいものだった。先ほど述べた通り、海洋国家のアメリカはユーラシアに帝国を築く陸軍力はない。そんなことをすればあっという間にゲリラ戦で敗北してしまう。ソ連のように占領地を直接支配することはできないので、アメリカは同盟国が自発的にアメリカに従いたくなるようなシステムを考え出した。
アメリカはNATOや日米安保といった形で自らリスクを冒して同盟国の安全を保障し、傘下の同盟国にはアメリカ市場を提供した。アメリカは海洋覇権を背景に巨大な自由貿易圏を作り上げ、ペルシャ湾の石油の供給を確保した。韓国の李承晩や南ベトナムのゴ・ディン・ジエムなどのいけ好かない相手にも援助と派兵を惜しまなかった。こうした努力の甲斐あってユーラシア大陸を囲む同盟国のベルト地帯が作られ、封じ込め政策でソ連は身動きができなくなった。
NATOの陸軍力がソ連に対抗できていたかは微妙だ。先述の通りアメリカは地上戦が苦手だったので、ソ連軍と陸で戦ったら勝ち目は薄いだろう。それでもNATOはイギリス・西ドイツ・フランス・イタリア・トルコなどの軍隊を結集しており、団結力は他のあらゆる軍事同盟をしのいでいたので、何とか釣り合いが取れる程度ではあった。それでも危機感は拭えず、アメリカは核兵器を利用した。核の力でソ連軍の西欧侵攻を抑止できると考えたのだ。
アメリカはなぜ帝国にならなかったのか
アメリカがあれほど強大な国力を持ちながら世界を征服しないことは一見不思議である。同盟国のネットワークはあるが、常に彼らの自発的な意思を尊重する形になっている。アメリカの道徳性が優れているからだろうか。いや、違う。アメリカも大陸国家だった19世紀は容赦なく近隣国を襲撃していた。1900年にフィリピンを征服した時の戦いも容赦のないものだった。アメリカは特殊な国家戦略を持っているのではなく、状況が必要とすればやはり他の大国と同じく勢力拡張に走っている。
アメリカが帝国を築かないのは単にユーラシアを直接支配する陸軍力を持っていないからだ。イギリスが大陸に進出しなかったのと同じ理由なのである。海洋国家は大陸に深入りすると必ず失敗する運命にあり、だからイギリスもアメリカも間接的な非公式帝国に頼る必要があったのだ。
たとえば「なぜ西欧諸国は強力なアメリカより弱体なソ連を脅威だと思ったのか」という地政学上の疑問がある。勢力均衡理論によれば一番手の国に対抗するために二番手以下の国は手を組むということになる。アメリカの脅威に対抗するためにソ連と欧州が手を組むはずではないかということだ。しかし、実際は西欧諸国はソ連の方を脅威とみなし、アメリカには脅威を感じていなかった。民主主義とか主権尊重といったイデオロギー上の理由だけではなく、地政学的な説明は可能だろうか。
アメリカが欧州の陸軍において二番手だったというのが答えだろう。アメリカの陸軍は弱すぎて欧州を征服する力などなかった。冷戦時代に地域で最も強力な陸軍はソ連であり、アメリカと西欧諸国は緊密な同盟を組んでようやくソ連を抑止できた。イギリスは島国だったが、ソ連が欧州を征服したら次は我が身ということを理解していた。バランシングはきちんと成立しているのである。
もしアメリカが帝国主義的な行動を取っていたらどうなっていただろうか。アメリカ軍が第二次世界大戦後に西欧諸国を占領し、植民地化していたら、フランス共産党やイタリア共産党が即座にゲリラ戦を始めていただろう。物資は鉄のカーテンを通して無限に供給されるため、アメリカはベトナム戦争のような戦いを強いられる。日本は海で切り離されているので支配しやすいが、それでも米軍への反感が強く、同盟国として頼りにならない。これではアメリカはソ連陸軍に対抗するどころではなくなる。アメリカの経済力を考えると、そんなことをするよりも支援物資を送った方が安上がりだ。それでも南ベトナムやカンボジアのロンノル政権は支援物資を使う能力すらなかったので、アメリカは直接介入を強いられたのだった。
こうしたアメリカの振舞いと対照的だったのが日本だ。日本は海洋国家にも拘わらず、大陸進出にのめりこんでしまい、失敗した。日清戦争や日露戦争はビギナーズラックのようなものであり、日本にとって危険な罠だった。日中戦争で日本は完全な泥沼に陥り、敗北が確定した。仮に太平洋戦争で日本が予定通りアメリカの戦意をくじいたとしても、日中戦争という問題が解決しない以上、悲惨な運命が待ち受けていたはずだ。ソ連軍が強大化した後は満州を防衛することも叶わないかもしれない。日本は中大兄皇子の時代と豊臣秀吉の時代にも大陸進出を企てて失敗している。日清・日露に運良く勝利しても、結局海洋国家の宿命からは逃れられなかったのだろう。
まとめ
いつものように長くなってしまった。これでもまだ書き足りないくらいだ。とにかく今回の記事で言いたいことは、海洋国家と大陸国家が存在し、それぞれに得意不得意があるということである。
海洋国家は海軍がメインで、通商が得意だ。その反面、武力で相手国を占領して帝国を作るのには向いていない。そのため、海軍で通商を守り、豊かな経済力を生かして大陸の有効勢力を支援し、ライバル国と戦ってもらうという戦法を好む。中世のイングランドや近代の日本のように大陸進出を試みることもあるが、大概うまく行かない。
大陸国家は陸軍がメインで、コワモテの大帝国を築くことが多い。モンゴル帝国やソビエト連邦が典型例だ。武力で隣接地域を征服し、地域覇権国を目指している。その反面、近隣国の情勢に気を取られるため、海上進出には極めて不利だ。元寇やトラファルガーのように手痛い敗北を余儀なくされる。
今回は分かりやすい国ばかりをテーマとしたが、実際は海洋国家とも大陸国家とも判別できないイタリアのような国もある。また、今回は大国にフォーカスを当てているので、中小国の地政学についてはノータッチだ。今後の記事では普段スポットが当たらないいろいろな国の地政学的特徴も考えていこうと思う。
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