<地政学>世界最大の島国?オーストラリアは安泰だった?
地政学記事を書いてほしいというリクエストを受けていたので、久しぶりに書いてみることにする。
早速問題だが、「島国ではないのに国境線を持たない国」が世界に1つだけ存在する。それはどこか?正解はオーストラリアである。オーストラリア大陸は世界の大陸で唯一1つの国しか存在していない。一応大陸の国ということになっているが、事実上は島国である。
オーストラリアはしばしばオーストリアと間違われることがある。これは英語の発音が近いのが原因である。由来はオーストリアが「東の国」であり、オーストラリアは「南の国」なので、全く違う。なんとも紛らわしい発音である。オーストリアの地政学に関しては、以前の記事で執筆している。
今回はそんなオーストラリアの地政学について論じてみたいと思う。
世界最小の大陸
オーストラリア大陸は世界で最も小さく、しかも人口も南極を除けば最小である。しかし、それでもオーストラリアは大陸ということになっている。世界最大の島であるグリーンランドの2.5倍の大きさだ。しかし、グリーンランドも構造上は小大陸とも言える状態であり、オーストラリアとの違いは純粋に大きさだけとなっている。ちなみにニュージーランドやマダガスカルも同様に小大陸とも言える地理的構造を持っている。
オーストラリアに人類が到達したのは4万年ほど前と言われている。オーストラリアは今でこそ豊かな土地と思われているが、近代以前は全く違っていた。オーストラリアは全大陸で最も小さいばかりか、その領土の大半は砂漠であり、農耕にはあまり適さなかった。したがってオーストラリアの先住民は五大陸の中で最も文明が遅れていた。南北アメリカ大陸に存在していたインカ帝国やアステカ帝国、アフリカにもベニン王国など一応国家らしきものがあったのに対し、オーストラリアにはそういった存在もまったくなかった。狩猟採集時代に毛が生えたような状態が長期間にわたって続いていたのである。
これはオーストラリア大陸がサイズが小さく、何かを発明する人間の数が少なかったことが原因だ。近代以前においては人的交流が難しかったため、人口規模の小ささはすなわち文明の遅れを意味していた。
加えてオーストラリア大陸はユーラシアとの交流も難しかった。以前の記事で南北方向の交流は東西方向に比べて困難であることを書いているが、オーストラリアの発展を妨げたのも、この要素だった。中国やメソポタミアの作物をオーストラリアに届けるには東南アジアのジャングルとインドネシアの群島を超え、ニューギニアの熱帯地域を経て、オーストラリア北部の砂漠を超えなければならない。オーストラリアは南北アメリカ大陸ほどユーラシアから離れていたわけではないのに、海・ジャングル・砂漠に阻まれ、文明地帯との交流はほとんどなかった。
オーストラリア大陸に済んでいたのはオーストラロイドと呼ばれるモンゴロイドとは違った種類の人類だった。オーストラリアの文明があまりにも立ち遅れていたため、オーストラリアの先住民は船を作ることができなかった。したがって、ニュージーランドやその先のポリネシアに進出した人たちは、オーストラリアの先住民とは別の人種である。
ヨーロッパ人によってオーストラリアが発見されたのは17世紀である。この時点でオーストラリアは人口密度が非常に低く、ヨーロッパ人はほとんど抵抗を受けることが無かった。アボリジニと呼ばれる先住民は病気で死んだり、ヨーロッパ人に「退治」されたりして、どんどん数を減らしていった。
入植と近代化
現在、オーストラリア大陸には主にヨーロッパ系の白人が済んでいる。その理由はオーストラリアの先住民の文明があまりにも遅れていて、人口が希少だったからだ。これは北米やアルゼンチン辺りと同様の現象である。メキシコやペルーは先住民が大人口を抱えていたため、白人がマジョリティになることはなかった。
オーストラリアに白人が入植してから、この国は非常に豊かになった。オーストラリアの一人当たりGDPは近代になってからほぼトップランクである。その理由はイギリス人がヨーロッパから文明を持ち込んだからだった。ユーラシアで発達した農耕文明の成果をオーストラリアに持ち込んだため、この国は世界有数の穀倉地帯になっている。世界経済の中心地から遠く離れていることは問題ではなく、先進国からの移民が作った国はどこに位置していても先進国になるようだ。
ただし、オーストラリアが豊かというのはあくまで一人当たりという点には注意である。オーストラリアの人口は2000万人強で、大変少ない。大陸1つにたったの2000万人である。同等の面積を持つアメリカやブラジルの人口を考えてみれば、オーストラリアの希薄さが分かるだろう。この国はやはり灼熱の砂漠大陸であり、大人口を養うような素養には欠けている。
オーストラリアはイギリスによって植民地化されているので、入植者の多くもイギリス人だった。したがってオーストラリアは現在に至るまで英語が公用語である。オーストラリアはイギリスに入植植民地として五大植民地の中に数えられており、大英帝国の忠実な植民地となっていた。オーストラリアは第一次世界大戦でイギリスを助けるために多数の兵士を派遣しており、人口の1%以上が戦死している。これはかなり高い割合だ。例えばウクライナの戦争で死亡した兵士の人口比は人口の0.3%ほどである。オーストラリアにとって第一次世界大戦が地球の裏側の出来事だったことを考えると、相当な献身だ。第二次世界大戦でオーストラリアは日本軍の脅威にさらされていたが、実は第一次世界大戦に比べて戦死者は遥かに少なかった。
オーストラリアの地政学
はっきり言おう。オーストラリアは世界でも指折りの地政学的に恵まれた国である。おそらくアメリカとブラジルに次ぐ水準ではないかと思われる。それほどまでにオーストラリアは安泰なのだ。
オーストラリアは巨大な島国である。ユーラシアの喧騒から遠く離れ、周辺にこれといったライバルが存在しない。このような孤立した地勢は近代以前であれば致命傷となったが、現在は海洋貿易があるため、全く問題にならない。大航海時代によってこの辺りは大きく変わった点だろう。現代の地球において海洋に面していることはシルクロードに面しているのと同じ位の効果を持つのだ。海洋は侵略を妨げるが、通商を促進する。はっきり言って島国は最強である。
島国にとってのリスクはたった1つだけだ。それは何らかの事情で海洋貿易が途絶し、必要な資源が入ってこなくなった場合である。第二次世界大戦の日本が陥った状態がまさにこれだった。アメリカ軍は日本本土を攻略できたかは分からないが、そんなことをする必要はなかった。ただ海上封鎖で日本本土を締め上げれば、勝手に日本は窒息してしまうからだ。日本はアジア全土を征服して膨大な資源を獲得したが、それを本土まで輸送する手段がなかったため、戦争継続が不可能になった。
この点、オーストラリアは恵まれている。オーストラリアは資源大国であり、手に入らない資源はほとんど存在しない。海上貿易が途絶しても、日本のようには窒息することはないだろう。したがって、オーストラリアは日本の上位互換のような存在なのである。
集団的自衛権の国
オーストラリアの地政学的な弱点はあるのだろうか。もちろん存在する。資源が自給できるからと言って、別に海洋貿易が不要ということににはならないからだ。そもそも貿易が行われるのは自国に溢れている物資を他国に輸送し、そのかわりに自国に不足している資源を補うからである。オーストラリアは資源輸出に特化したため、工業製品を他国に依存している。海洋貿易が途絶したらオーストラリアはそれなりに窮地に陥るだろう。
オーストラリアの弱みを挙げるとすれば、人口が少なく、独自の勢力圏を築くことができないところだろう。大国になるにはいささか小さすぎる。アメリカは超大国であるため、モンロー主義で他の大国を西半球から締め出したが、オーストラリアがオセアニア地域から独力で他の大国を締め出すことはまず不可能だ。
オーストラリアはイギリスとの関係を強化することで、この問題に対処した。二度の世界大戦でイギリスに全面協力したのはそのためだ。しかし、1941年にイギリスが日本軍に対抗する上で役に立たないことが分かると、オーストラリアはアメリカと強力することにした。オーストラリアは朝鮮戦争やベトナム戦争にも軍を派遣している。イラク戦争に関しても、米英ポーランドに次いで四番目に多くの軍を派遣した。いずれの戦争もオーストラリアからは遠く離れた国の戦争であり、オーストラリアが参戦するやむにやまれぬ理由は存在しなかった。それでもオーストラリアが戦争に参加するのは「付き合い」である。この国は英米の戦争に積極的に協力することで貸しを作り、発言権を強化しているのである。AUKUSやファイブアイズといったネットワークにも必ずオーストラリアは参加している。
オーストラリアの仮想敵
そこまでしてオーストラリアを脅かすような敵国は存在するのだろうか。
オーストラリアの近隣国として真っ先に挙げられるのはインドネシアだが、この国は発展途上国であり、強大な軍事力を持ったことがない。確かに世界第四位の人口大国ではあるものの、分裂した国土や多種多様な民族性が障壁となって、強大な地域大国にはなりそうもない。ましてやオーストラリアを脅かすような強力な海軍を構築することもない。パプアニューギニアやニュージーランドといった近隣国は遥かに小さく、オーストラリアに直接脅威をもたらす存在ではない。これらの国が脅威になるのは、別の大国によって足がかりにされる時である。
遠方の敵がオーストラリアを攻撃する場合は海洋を超えるだけの強大な海軍力が必要だ。アメリカはオーストラリアを直ちに攻撃できる唯一の国である。しかし、オーストラリアはアメリカと先述のように協力な同盟関係を結んでいて、敵対することは全く考えられない。オーストラリアはアメリカの脅威になる可能性がまったくないので、アメリカも安心して背中を預けることができる。
他にオーストラリアを攻撃する能力があるのはアジアの大国だ。戦前はその可能性があるのは日本だった。実際に日本は1943年にニューギニアにまで進出している。しかし、そこで熱帯雨林に阻まれ、進撃を阻止されていた。仮にガダルカナルを制圧したとしても、オーストラリア主要部を征服するには更に長距離を進軍する必要があっただろう。当時の日本にそんな兵站能力はなかった。
現在のアジアで同様の能力を持つ国は中国である。しかし、中国もまた日本と同様にオーストラリアを征服するまでは至らないだろう。なぜなら全世界の海洋はアメリカ海軍によって支配されているからだ。仮にインドネシアに進出したとしても、オーストラリアを攻略するのは至難の業である。フィリピンやベトナムといった無数の障害物によってそこまで至らない可能性の方が遥かに高い。仮に中国と全面戦争になったとしても、オーストラリアは後方支援基地であり、今までと同様に兵士を遠くの戦場に派遣する戦略を取るだろう。
オーストラリアは他の大国から遠く離れており、仮想敵といっても深刻なものは存在しない。あるとすれば世界大戦規模の戦争が勃発したときだが、そうなれば必ずアメリカが参戦するので、海に囲まれたオーストラリアはなかなか攻めこまれないだろう。
大国になりそこねた存在
オーストラリアは地政学的に恵まれている。近隣に脅威は存在せず、安定した先進国で、膨大な資源を抱えている。これらの条件はアメリカと良く似ている。オーストラリアはある意味でアメリカに代わって世界覇権国になってもおかしくない条件を満たしている。
しかし、オーストラリアが大国になれない理由は、突き詰めればこの国の大半が砂漠地帯であり、大人口を養うのが難しいという事情による。確かにオーストラリアは大量に穀物を輸出しているが、人口が2000万人と少ないからという面が大きい。いわば北海道のようなものである。したがって、ヨーロッパからの移民の多くはオーストラリアではなく、アメリカに向かってしまった。
オーストラリアが周辺に勢力を拡張して帝国になる状況もあまり考えられない。オセアニアに他にライバル国は存在しないし、インドネシアを征服したところでオーストラリアが得るものはない。海軍を増強したところでたかが知れている。そもそもオーストラリアの工業力では十分な軍需生産ができないだろう。日本とイギリスがそうしているように、アメリカ海軍に委ねたほうが遥かに安上がりで確実だということを分かっているのである。
かくしてオーストラリアは大陸を丸ごと領土にしていながら、小国のような戦略を取っている。独自に大国を目指したり、同盟網を作るのではなく、超大国アメリカに積極的に協力することで発言権を得ようという戦略だ。いわゆるバンドワゴンというやつである。
まとめ
今回はオーストラリアの地政学について考えた。この国を一言でいうなら「ド田舎」である。ユーラシアの中心地から遠く離れた孤立した島国で、周辺に脅威になるような国は存在しない。それでも、安全保障に全く無関心とは行かないので、アメリカの軍事行動に積極的に協力することで発言権を高めている。
以前、日本でも集団的自衛権が話題になったことがあるが、本当に集団的自衛権を全面行使している国といえばなんといってもオーストラリアである。オーストラリア軍は自国から遠く離れたよくわからん国の戦争に毎度のこと軍隊を派遣し、死傷者を出している。その見返りにオーストラリアはアメリカの同盟国の中でも最上位の扱いを受けている。日本が同等の待遇を受けるには血を差し出す必要があるが、その覚悟があるだろうか。