ついに停戦したガザ戦争、今後はどうなるのか

 筆者の興味の一つとして世界情勢のウォッチングがある。特に動きの激しい紛争地域は興味関心の的である。

 最近のニュースとしてイスラエルとハマスがついに停戦に合意したというものがある。タイミングの根拠としてはトランプ大統領の就任を控え、トランプが「地獄のような代償」をハマスに警告したからとも言われている。12月にシリアのアサド政権が崩壊したことも影響を与えているだろう。この戦争は当初はハマスが優勢になると思われたが、イスラエルは筆者の予想以上に健闘しているようだ。イスラエル側の辛勝と言えるかもしれない。

 一連の戦争は2023年10月7日のハマスによる大規模奇襲攻撃、「アル・アクサの洪水作戦」から始まった。イスラエル軍は不意を付かれ、1200人が殺害され、250人が人質として拉致されることになった。これはイスラエル史上最も多くの民間人が犠牲になった事件であり、ホロコースト以来最悪とも言われている。2010年代のイスラエルは安穏としていたが、これが原因で一気に情勢が変わり、ガザにきわめて激しい攻撃を仕掛けた。戦域はガザのみにとどまらず、西岸地区やレバノンへと飛び火し、イエメンやイランとの限定的な交戦へとつながった。

 イスラエルの最大の弱みは、イスラエルがガザ地区を直接支配することができないという事情である。イスラエルの人数は少なく、ガザ地区を長期占領するようなマンパワーが存在しない。西岸の占領と国境の防衛で精一杯のはずだ。代理勢力を使おうにも、ガザ地区にイスラエルに協力しそうな勢力は全く存在しない。金や武力で無理やり傀儡政権を作ったところで、そのような政権は所詮は裏切り者の政権であり、腐敗と弛緩によってほとんど機能しないだろう。パレスチナ政府がまさにこのような状態にある。戦争に関わるすべての当事者がパレスチナ政府を当てにしていないことは明白な事実である。したがって、イスラエルはガザを包囲あるいは分断することはできても、その内部の秩序を維持することはほとんど不可能なのである。

 もう一つの弱みとして、人質の存在がある。ハマスの拠り所はガザ全域に走る地下トンネルだが、イスラエル軍にとっては海水を注いだり、入口を爆破すれば良い話である。しかし、人質の存在がこうした作戦を難しくさせている。ハマスにとって人質は生命線であり、イスラエルにとって苛立ちの種となっている。イスラエルは本当はハマスを壊滅させたいのだろうが、人質の存在によって合意を結ぶような強烈なプレッシャーを掛けられているのだ。

 他にもイスラエルの弱点はある。国際社会は前例のない大規模攻撃に批判が高まっているし、周辺諸国との関係もある。国内経済もガタガタだ。しかし、これらはイスラエルにとって織り込み済みだろう。やはりガザ地区を支配できないという弱みが突出して大きい。イスラエル国内でもこの点を指摘する声は多いが、有効な解決策を思いつく者はいないようだ。

 ハマスにとってはこの戦争は生き残りさえすれば勝ちだった。イスラエル軍がガザを統治することができない以上、いずれ戦争が終われば再びガザ地区の主に戻ることができる。抵抗者としてのハマスの政治的権威は上がり、実際に西岸ではハマスの支持者が増加している。国外からのイスラエル批判も多い。ガザ地区の住民はひどい目に遭うが、ハマスにとって民衆の命の価値は軽いので、大きな問題にはならなかった。むしろ宣伝に使うことができるだろう。

 しかし、イスラエルは思いの外に健闘しており、ハマスは思うような戦果を挙げられたとは言えないだろう。

 まず最初に挙げられるのはパレスチナ側の払った甚大な犠牲である。ガザ地区の死者は確認されているだけでも4万7000人だが、実際の死者は遥かに多く、6万人〜7万人と言われている。ガザ地区の人口の3%が直接殺害されたことになる。これに餓死者や避難中に病死した人も含まれるとすさまじい数に膨れ上がる。戦時中の日本本土空襲で日本の建物の20%が破壊されたが、ガザ地区に至っては7割の建物が破壊されたと思われる。ガザ地区の被害は大戦の惨禍に匹敵するだろう。2023年以前のパレスチナ紛争で殺害されたパレスチナ人の合計は2万人〜3万人である。パレスチナ紛争の中でもここまで大きな殺戮はない。第一次中東戦争もここまでの悲惨な状態ではなかった。

 ハマスもここまでの規模の攻撃が行われるとは想像しなかっただろう。ハマス指導部とされていたのはイラン亡命中の政治局長のハニーヤ、ガザ地区指導者のシンワル、軍事指導者のデイフである。三人ともイスラエル軍によって殺害された。ハマスの軍隊と統治機構は壊滅状態であり、地下トンネルにかろうじて残存している状態だ。あまりの被害の大きさにより、ガザ住民の中でハマスを支持する機運は弱まっているようだ。

 ハマスの誤算は更に根深かった。パレスチナは伝統的に外国の関心を引き付けることで状況を自分たちに有利になるように運ぼうとしてきた。しかし、今回の戦争でハマスは思うような外国の支持を得られなかった。ヨルダンとエジプトは依然としてイスラエルに協力し続けた。UAEやモロッコはイスラエルとの国交を維持してだんまりを決め込んだ。サウジアラビアは口先ではイスラエルを批判していたが、相変わらずの融和路線だ。スンニ派のアラブ諸国でハマスに肩入れする勢力は現れなかった。トルコはこれらの国々に比べればパレスチナに純粋に同情的にも見えるが、西側志向が強く、イスラエルの行動を本格的に制御できる立場にはない。

 ハマスを援護し、イスラエルに敵対的な態度を取っていたのがイランとその同盟勢力である。シリアのアサド政権、レバノンのヒズボラ、イエメンのフーシ派などだ。残念なことに、イラン陣営の介入がハマスの助けになることはなかった。ヒズボラは2024年にイスラエルと全面交戦し、第三次レバノン戦争と言っても良い状況になった。この戦争でヒズボラは壊滅した。もとよりレバノンの経済は危機に陥っており、ヒズボラの体力は明らかに低下している。1980年代よりヒズボラを率いていたナスララ師も暗殺された。イエメンのフーシ派はあまりにも遠く、ハマスの助けになるような勢力ではない。イランは強力だが、やはり離れており、ハマスのためにリスクを取るつもりはなかった。2024年の弾道ミサイル攻撃も形式的なものにとどまった。そもそもシーア派のイランにとってハマスは同胞ではないのだ。

 しかし、イラン陣営にとって最大の打撃となったのはシリアのアサド政権の崩壊だろう。1979年以来拡大を続けていたイランはここで致命的な後退を経験することになった。シリアはイランの最大の子分であり、レバノンに介入する上でも、イスラエルに攻撃を加えるうえでも、重要な拠点だった。これによって、もはやイランはイスラエルに脅威を及ぼすような存在ではなくなった。

 今回の戦争でハマスははかばかしい戦果を挙げることができなかった。ハマスの組織は大打撃を受けたし、ガザ地区の住民も被害の大きさから厭戦状態にある。ハマスを支持する機運は思いの外に盛り上がらず、外国からの支持も得られなかった。イスラエルには敵わないということが明白になった戦いと言えるだろう。交渉の結果、イスラエルが撤退したとしても、ハマスの政治的権威はなかなか上昇しないのではないか。そうなれば殺され損である。

 今後の地域情勢はどのように推移するのだろうか。最も気がかりなのは停戦が維持されるかどうかだ。通常は戦争が停戦した場合はそこで終わることが多いが、パレスチナ紛争の場合は例外的に戦闘が再開されることがある。6週間の停戦が今後も維持されるかはわからない。

 イスラエルはハマスを直接消し去ることはできないが、せめて封じ込めたいとは思っている。イスラエル側が譲れない条件はガザの完全封鎖である。エジプトの国境に加え、ガザ地区を南北に分断する回廊地帯は支配下に置きたい。ガザ地区は南北2つに分断された「水槽」のような状態となる。当然ハマス側は受け入れないので、人質の解放交渉が遅れることになる。今後交渉が進展するのかも不明である。ネタニヤフ政権は戦争を再開することに躊躇はないだろう。

 飢餓と殺戮が最高潮に達していた2024年はイスラエルに対する人道的な批判が高まった時期だった。しかし、2025年に入るとハマスがそこまで国際社会から好かれていないことも再確認された。人質を監禁し続け、交渉を進める態度が見られないハマスが被害者として権利を主張するのは難しい。国際刑事裁判所からの訴追はイスラエルだけではなく、ハマスにも及んでいた。とはいえ逮捕の対象とされた三人の指導者は全員殺害されたのだが。

 これほどの規模の戦争が行われたにも関わらず、パレスチナ紛争を巡る構造はあまり変化していないようだ。アラブ諸国は見て見ぬふりで、西岸は相変わらず占領下、ガザ地区はハマスが維持している。ただ血が流されただけで何も変わっていないというのが正直なところだろう。唯一変わるとすればガザ地区の世論である。激しい戦争が行われた場合、現地の住民は厭戦モードになることが多い。戦後日本がそうだった。ガザ地区の住民はハマスを拒否し、より融和的な勢力を支持するかもしれない。ただし、気がかりなのはイスラエル側がむしろ好戦的になっていることである。西岸への入植は加速しており、パレスチナ側との衝突も増えているようだ。オスロ合意で約束した二国家解決は堂々と否定されている。もはやイスラエルとパレスチナは絡み合って分離不能であり、同じ土地に2つの国家があるような状態である。ガザ地区とハマスは当分の間大人しくなるかもしれないが、いずれ再び紛争が燃え上がることは確実だろう。


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