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夏の思い出 四国のスーパースター その2


これは前回の続きのお話
前回:四国のスーパースター その1


■ふーま君 外コン

ふーま君と二回目に会ったのは、アポ翌日の夜だった。
彼からラインが来ていた。
「今日の夜何してる?」
「もうすぐ帰るけど、特に予定ないよー」
「ほんと?スイカいらない?笑笑」
そういえば昨日の会話で実家からやたらと物資が届くということを話していた。スイカは最近送られて来たらしく、持て余していそうだったので、それなら私欲しい!と言ってあったのだ。
やっぱり勢いがいいなーと思いながら、せっかくなのでもらうことにした。
彼は趣味がバイクなので、これからバイクで我が家まで届けてくれるらしい。家は知られたくなかったので、近所のスーパーを指定して待ち合わせることになった。

「ついた!」とラインが入った。私はいそいそとスーパーへ向かった。
スーパー沿いの路面にバイクが1台止まっていた。季節は夏だが、黒の長袖革ジャケットと厚そうなパンツ、大きめのブーツを履いたちょっと季節感のない男性が近くに立っていた。額の汗を拭きながら、スーパーで買ったであろうパルムを齧っていた。
ふーま君である。
うむ、やはり今日もださい。メッシュの入った革ジャンなんて私はみた事がなかった。パンツは丈が合っておらず、足元でだぶついていた。そして多分使われることのないチャックのついたポケットがいっぱい付いていた。またヘルメットを脱いだばかりであろう髪の毛は、乱れてもっさりとしていた。
いや、服装がダサいのは仕方ない。だってライダーなのだから。そもそもナウでヤングな若者に流行っている趣味ではない。だからおしゃなマーケットが拓かれていない。仕方がない。選択肢がないのだ。味わい深いおじさんたちのセンスとニーズを掴む機能性を満たしていれば良いのだ。仕方がない。これについては彼のファッションセンスのせいではない。何度仕方がない、と心の中で呟いただろうか。

「おー、mさん!はいこれ。」
彼はバイクの後ろについていた荷台の中から半分にカットされたスイカを取り出した。デカい。想像していた三倍はあった。小ぶりのスイカを丸のままもらうのかと思っていたが、まさかこのサイズの立派なスイカを半玉もらうとは思っていなかった。
スイカの断面はすごく綺麗で、包丁を入れ直した跡が見当たらなかった。またその断面は丁寧にラップがされており、汁が垂れないように厳重に袋に入れてあった。まるでベテラン主婦のやり口であった。普段から台所に立つことをしている人間による犯行であることは明らかで、ふーま君の家事スキルの高さが伺い知れた。
「わー、でっか!さすが四国!ありがとう!」
「んね、デカいよね!結構甘かったよ。」
「ちょっと冷蔵庫入れてくるね。」
「今日この後ツーリング行かない?」
「え、いくー!」
ふーま君から立派なスイカをもらい、上機嫌だった私はそのまま彼と2ケツして夜のツーリングへ出かけることになった。一度帰宅して、大きなスイカを一人用の冷蔵庫にしまった。ほぼスイカで冷蔵庫が埋まった。うむ、デカい。
そして彼のアドバイスを受けた通り、私も真夏にライダースジャケットを着用して、スニーカーに履き替えて再度集合した。いうまでもなく、めちゃ暑かった。

ふーま君からヘルメットを受け取った。Bluetoothで無線がつながっており、会話ができるようになっていた。へえ、すごい。そもそもフルフェイスのヘルメットなんてのも被るのは初めてである。ベルトの留め方もわからずにいると、ふーま君が手伝ってくれた。彼は手袋を嵌めたりして、慣れた手つきで準備を進めていた。
ふーま君がバイクに跨って、オッケ!と声をかけてくれた。ヘルメットの耳元から彼の声が聞こえてくるのが面白かった。が、いよいよどうやら私も跨る番らしい。おっかなびっくりしながら、バイクのどの部分かわからないが、足をかけても問題なさそうなところに足をかけ、よっこいしょと着座した。それからふーま君のお腹に腕をまわして、しっかり掴まった。彼は小さい頃から剣道で鍛えたらしく、肩と背中が大きかった。お腹周りも厚みがあったが、脂肪という訳ではなさそうだった。異性の大きな筋肉に思いっきりバックハグする格好になったが、そこへのドキドキよりも、初めてバイクに乗ったドキドキが優っていた。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫!お願いしまーす!」
「安全運転で行きまーす」
ふーま君がバイクを動かした。
「きゃー!動いたーー!」
「振り落とされないでね。」
いつもはのこのこ歩いている道を、バイクで進んで行った。不思議な気分だった。スピードと視座が違うからか、それとも初めてのバイクに浮かされているからか、いつもの道に見えなかった。
ヘルメットの目元は開けてあったので、そこから入ってくる夏の少し湿った夜風が気持ちよかった。バイク悪くないじゃん。

バイクはしばらく大きな道路を走っていた。通行人が時折私たち二人を乗せたバイクに視線を向けるのを感じていた。カップルに見えるかしら。実際は昨日初めて会った他人同士なんだぜ。
「行けそうだったら高速乗るけど、いける?」と彼。
「行けるー!」と私。
ふーま君は以前よく走っていたという、夜の東京湾ツーリングコースを走ってくれた。確かに夜景がとても綺麗だった。何という名前の橋か知らないが、東京湾とギラついた都内の夜景が一緒に見える大きな橋を渡った。私は車での首都高夜景ドライブデートはなぜか何度か経験があったが、バイクは初めてだ。こんなの相手がイケメンだったら即落ちである。ただ橋の上は風が強すぎて、マイクがひたすら風の音を拾ってしまい、会話はままならなかった。
大きな背中にへばりついて、夜景を見つめた。フルフェイスのヘルメットは私が認識しているよりサイズがあるようで、高頻度で彼のヘルメットにゴツンゴツンと当たっていた。ごめんと思いながらも不可抗力なので、無言で頭突きを繰り返した。

「バイク楽しいね!」一般道に戻り、私は彼の背中で小学生のような感想を述べた。
「でしょ?バイクもっとハマって欲しい。そしたら色んなところ行こ。」
走りながら彼とバイクの前後でしばらく穏やかに会話をした。彼は都内の道にも詳しく、ルートと美味しいご飯屋さんの紹介をしては、今度一緒に行こうと言った。会話が楽しかった。そして純粋に私と一緒に何かをしたいと言ってくれることは嬉しかった。この人のことを好きかと訊かれればクエッションマークだが、一緒にいて楽しいと思った。
彼はいつだって勢いがよく、平易な日本語を使うが、バカっぽさを感じることはなかった。(院卒の人に失礼かもしれないが)頭の回転が速いんだろう。足りない私の言葉を補完してくれるし、時には足りないままにしておいてくれる優しさもあった。それを意識してやっているのかは知らないが、人間としてとても魅力的だと思った。

話はふーま君の東京での思い出の話から、元カノの話になっていた。そしてそれは完全に他人事だと思って興味なく聴いていた。
元カノは今の会社へ転職した時に知り合った同期の女の子で、当時別の恋人がいたが、ふーま君が猛アピールの末に付き合ったのだという。しかししばらく付き合ったものの「好きになりきれない」と言われて破局したのだそうだ。うわー、すげえ気持ちわかるわーと思った。「なりきれない」の部分がすごくリアルだ。いい人だと思うんだけど、異性として意識することが最後まで出来なかったのだろう。おそらくDUE  TOファッションセンス。
私は、そうなんだねー、人間同士って難しいよねーなどと適当な相槌を打って聞き流していた。

バイクは出発したスーパーへ戻ってきた。
「すんごい楽しかった!スイカもありがとうね。」
「また行こ!次は別のバイクで。そっちの方がかっこいいから。」
彼はバイクを2台所有しているらしかった。この日のバイクは知り合いのおじさんライダーから譲り受けたもので、後ろに荷台がついている機能性ばっちりの年代物。もう一台は自分で購入した見た目がお気に入りのバイクで、東カレのプロフィールにも写真を載せていたものだ。これは荷台が付いていないのと、シートが二人乗り出来ないので今日は乗って来れなかったらしい。
ふーま君は次回のツーリングデートまでに、もう一台のバイクのシートを二人乗り用に替えると宣言した。私のためである、と言いたいが、残念ながら違う。そのバイクの純正パーツが製造終了予定らしく、その前に替えたかったのでちょうどいいのだそうだ。

バイクを降りて、ヘルメットを外して彼に渡した。お化粧ついちゃったかもごめん、と謝ったが、ふーま君は全く気にしていないみたいだった。全然いいよ!と言いながら、私が被っていたヘルメットをナップサックに入れて背負った。そしてまた手際よく帰る支度を整えて、バイクに跨った。
彼はこの日も私の家に来ようとはしなかった。やはり紳士だと思った。
また連絡するね、と言って走り去っていくふーま君を見送った。1時間もないツーリングだったが、何やらとっても新鮮で楽しかった。家に帰ればスイカもある。最高か。
ただ異性として好きっていうんじゃないんだよなー、申し訳ないなーと呑気に思った。

彼は帰宅すると律儀にラインをよこした。
そして、またどっかでご飯行こ、と誘ってくれて、翌週の金曜の夜に飲みに行くことになった。
割とテンポよく会う予定が決まっていた。波長があうのか、または彼が何も考えていないのか、とりあえず私にとってストレスではなかったので彼との連絡は続いた。
同時に連絡をとっているメンズは他に2人いた。というかふーま君を含め3人に絞った、という表現が正しい。アプリもそろそろ疲れたし、複数回会うことになったメンズが何となく現れはじめたので、ご新規様の開拓を停止したのだ。皆それぞれ一長一短で、どーれーにーしーまーしょーかーなー神様のいう通りー、状態だったが、少なくともこの3人のうち誰かとは正式なお付き合いに発展するものだと思われた。ちなみに序列的にはふーま君はこの時点で圧倒的最下位であった。ひとえに壊滅的なファッションセンスのせいである。

約束の金曜の夜は珍しく私の仕事が押してしまった。普段ほぼ残業0なのだが、中々切り上げられずふーま君との時間を大幅にオーバーしてしまった。
先にお店に入ったふーま君は、私のあまりの遅れっぷりにラインで今日はやめておこうか?と訊いてくれたが、私が執念で仕事を終わらせ(というか中断して)約束のお店に1時間半遅れで駆けつけた。お店の場所は私の住んでいる近くで、文字通り私は走って馳せ参じた。飛び込んだお店はおっさんがほぼ一人で切り盛りしているおでん屋さんで、静岡おでんが名物のようだ。ふーま君は入り口近くの4人掛けのテーブル席で、ソファ側を空けて下座の椅子席に座っていた。

「本当にごめんね!申し訳ない!本当にごめんなさい!」
「終わってから来るの早いね。座って。全然気にしないで!」
仕事終わりでスーツ姿のふーま君は、何も注文せずにじっくり待っていてくれたようだった。流石にいつもの満面の笑みではなかったが、一つの文句も言わず迎えてくれた。本当に申し訳なかった。そしてスーツ姿のふーま君は髪の毛もきちんとセットしていることもあって、普通に男前に見えた。スーツマジック!今後会う時はずっとスーツ着用をお願いしたかった。
「これね。」
ふーま君はリュックからウコンの力を2本ゴソゴソと取り出して、一本を私に差し出した。覚えていたのだ。初対面の日に私が酔って座り込んだ時のことを。そして次は酔いによく効くやつ買ってくる、という約束を律儀に果たしたのだ。
この人は本当にまっすぐだ。
大遅刻した人間に、上座を用意して、ウコンの力を渡す彼の懐の深さに感動して涙が出そうになった。が、私がここで泣き始めるとふーま君にはさらに、相手に大遅刻された上に泣かれる、という踏んだり蹴ったりな要素しか与えないので、堪えた。
「え!本当に買ってきてくれたの!?嬉しい。ありがとうすぎる!」
ふーま君はニコニコしながらウコンの力を一息で飲み干した。私もグビグビと飲んだ。準備は整った。
彼はメニューを何度も眺めたのだろう。お酒の注文と一緒に、食べたいメニューをいくつか注文してくれた。色の濃いおでんがテーブルに運ばれてきた。美味しかった。

至れり尽くせりな高待遇を連発してくれるふーま君は、この後更にとんでもないホームランを飛ばすことになる。

しばらく他愛もない話を続けた後「俺が書家の話したっけ?」という中々普段耳にすることのないパワーワードが出てきた。
うむ、詳しく?ということで彼の課外活動について教えてもらった。
彼は幼少期から剣道を嗜む一方で、書道にも熱心に取り組んでいた。武道家として、剣道で「動」を、書道で「静」を体得してきたのだそうだ。剣道が中々の腕前であることは彼の受賞歴を聞いていて察していたが、書道の腕前も確かなようだ。彼の友人の結婚式のウェルカムボードも手がけたことがあるらしい。
「俺、前に書家で生きていこうと思った時期があってインスタのアカウント作ったんだよね。」
彼はそう言って、仮名で作成されたアカウントを見せてくれた。彼の字はビビるほど上手かった。
「えっ、やば。上手すぎるんですけど。」
この人は何者なのか。字も上手いが、彼の動画編集の腕前も立派なものだった。流行りのJーPOPの歌詞をガラスペンで書いたり、筆ペンでおしゃれな漢字一文字を書いたりして、若者向けに作られたキャッチーな投稿が色彩豊かに並んでいた。このセンスがあるのにどうしてファッションはイマイチなのだろう。
ふーま君はニコニコした表情のまま、「一応俺のアイデンティティの一つ」と言いながらおでんとお酒を口に運んだ。自慢風ではなかったことがとても感じが良かった。
ちなみに書家で生きていくという彼の人生計画は頓挫しているらしいが、本業がとてもしっかりしているので大した問題ではないだろう。
そしてそんなに字が上手いのならと、私の今後のため結婚式のご祝儀袋とお葬式のお香典の名前の代筆を頼むと、彼は快諾してくれた。(ありがたいことに後日本当に代筆してくれて、私は今もそれらのストックをありがたく所有している。)彼はこんな意味のわからないお願いにも一つ返事でokする大人物である。

書道に話が寄ったところで、私はアートな方面の話題を繰り出した。私には当時お近づきになった現代美術家兼書家の方がいて、その方の作品をスマホで彼に見せた。その作品は筆で人の形のようなものが描かれているものだ。絵のように見えるが、作家曰くこれは文字であって、古い書体で漢字を書いたものなのだそうだ。その作品は私の目から見たら棒人間で、どこから見ても漢字には見えず、発想力が私の常識を逸脱しており大変気に入っていた。
「これ、撫子って書いてあるらしんだけど、見える?」
「あーね、わかるよー。ここが手へんでしょ?で、こっちがーーー」
衝撃だった。あーね、で続ける話ではない。この作品、理解しちゃうんだ?そもそもアートの話をふられて、こともなげに反応するメンズはそうはいない。彼は筆で書かれているものは全部俺のテリトリーだと言わんばかりの推理力で、初見の作品を分析していった。
他の作品も見せると、彼はうむうむ、ほうほうと変わらぬ名推理を披露した。ニコニコしながら、私の小さなスマホを前のめりで覗き込んで、随所拡大縮小して解説をしていた。時々
面白いねーこれ、と感想を挟んだ。これはアッパレ。
正直こんな話題振ったらどう反応すんのかなー?くらいの余裕をかましていたのに、完敗した。
私は新鮮な彼の解釈に耳を傾けながら、素直に呟いた。
「ふーま君、何者?」
「別にフツーじゃない?」
普通ではない。もう全っ然、普通ではない。
私は元来アートが好きである。美しいものをアウトプット出来る人に近頃はすごく興味を持っていた。美を理解して表現すらできる感性をもった彼のことを、それはもうめちゃくちゃに面白いと思った。人間として惹かれ、魅力的だと思った。いや、多分この時、私は恋に落ちたのだ。

彼は芸術鑑賞にも興味を持っているようで、次回のデートは私が狙っている美術館に一緒に行くことになった。彼のバイクで。真夏の炎天下の中、小一時間ほどツーリングして、千葉県の辺鄙なところにあるマイナーな美術館を訪れるのだ。そしてバイクで帰着したらそれぞれシャワーを浴びて、すっぴんのまま飲み屋さんに再集合して打ち上げをする1日がかりのストイックプランだ。二人の興味を合わせると若干の狂気を帯びたデートプランが出来上がった。恐らくこのプランを提示されても、私たち二人以外誰も喜ばないだろう。それでもすごく楽しみだった。

この日の別れ際もとってもさっぱりしていた。「じゃあとりあえずまた飲みにいこう」と言って駅前でさようならをした。我が家の付近ではあるが、我が家に近づいて来ようとはしなかった彼は、やはりとても紳士である。正直、今日も来ないんだ、と思ったまである。
家に向かって歩いていると、すぐに彼からラインが入っていた。
嬉しい。これは、恋。

ちなみに他のメンズとの進捗具合でいえば、もう一人いい感じに進んでいた男の子がいた。非常に傲慢に言えば、この日まではこの彼が当確していた気がするが、完全にアートでふーま君に軍配が上がってしまった。(が、この次の日にもう一人の彼とドライブデートすることになっていたので、それはそれで大変楽しんだ。)
恋人探しを始めて長らく同時進行で何人もお会いしていたが、こんなにいい感じの方が重なるのは初めてであった。なんで一人づつ出現してくれないんだろう。

ふーま君は毎日ラインも欠かさなかった。まめな男であるらしい。
髪の毛にパーマをかけた、と言って自撮りを送ってくれたり、旅行なう、と言って旅先の写真を送ってくれた。またHOKAかわいいと言って、出先で一緒に買ったスニーカーを履いた自身の足元の写真を送ってくれたりもした。(ちなみに全てファッションは相変わらずダサい)
全てが可愛らしかった。私がこれを見ろと紹介したびじゅちゅーんの「何にでも牛乳を注ぐ女」も気に入ってくれたし、宝塚の布教にも熱心に耳を傾けてくれた。自分のことを真っ直ぐに伝えてくれるし、私のことにも興味を持ってくれるのが嬉しかった。
すごく楽しかった。
aikoのpower of loveなんて曲を高校の時以来ぶりに聴いちゃうくらい楽しかった。

週末は遠出したり、平日夜は飲みに行った後ダーツやカラオケに行った。
ようやくお家デートも挟まるようになった。
順調に距離が縮まっていると思っていた。

ふーま君とこの結末を迎えるとは、どうして当時予想できただろうか。


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