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終わりは突然に…「志度街道探訪の終わり」

こんばんは。夏が長いですね。
どうも、道が大好き香川県在住のだるまです。

趣味で気になる道を調べる30代、道歴の短い若輩者です。
好きな言葉は「寄り道」。

ここ最近志度街道を探っていましたが、先日ひっそりと私の自由研究は終わりを告げました…不思議なものでゴールを目指していたのにゴールを迎えると毎度物悲しさを覚えます。

この記事では志度街道(高松中心部)がどれかを示しますが、ここまでの経緯については以前の記事を載せておきますので参照いただければ幸いです。


1、大正時代の地図

私をゴールへと導いたのはこのサイト(open-hinata)です。
説明するよりも見てもらった方がいいですね。最初にお見せするのは大正時代の地図です。

大正13、14年古地図
千代橋を中心に持ってきました

もう、お分かりですね。一応画像が見えづらいのでもう少し細かくみていきます。

2、戦前の地図

次は戦前の旧版地図になります。こちらも千代橋を中心に据えました。

戦前の旧版地図
お馴染みの今橋〜千代橋の「松島十丁」
現在の地図と重ね合わせると

やはり県道155号線につながっていました。ざっくりルートを書くと「常盤橋→片原町→通町→塩屋町→今橋→千代橋→県道155号線」です。

ここで是が非でも伝えたいことは、
「現在の国道11号線が志度街道である」との表現は誤りです。
細かく言うと、高松藩五街道の志度街道のうち牟礼町王墓の交差点より西では現在の県道155号線にあたる道が志度街道でした。
なぜならば、現在の国道11号線のうち牟礼町王墓よりも西では戦前の時点で道がないから。ない道が街道になるわけないんですよ。

ということで、解決です。(あっさり笑)

3、結論「志度街道はここだ」

結論、志度街道は
◾️常盤橋を出発する。
◾️片原町商店街を東へ向かう。
◾️通町塩屋町を南下する。
◾️今橋を渡る。
◾️松島十丁を東へ進む。
◾️千代橋を渡る。
◾️現在の県道155号線を東へ向かう。

高松中心部の志度街道(作成:筆者)

志度街道の場所がわかったところで、今後の課題。

4、志度街道を取り巻く課題

①志度街道の認知度の低さ
これは個人調べだが、多くの人に聞いてみても「志度街道ってどこ?」となった。認知度が他の金毘羅街道や長尾街道、仏生山街道などと比較して圧倒的に低い。

②志度街道の名称が明記されていない
ではなぜ認知度が低いか。それは街歩きをして感じたが、看板や標識に「志度街道」の表記がないからだ。もっと東へ行けば出てくるのかもしれないいが、今回探索した範囲(高松市中心部)には「志度街道」の表記が見当たらなかった。

③国道11号線への置き換え
牟礼町王墓の交差点から古高松・屋島・潟元を経て西へと伸びる国道11号線ができて以降、「国道11号線が志度街道」と言う言説(大枠で間違っていない)が定着したことで、県道155号線と志度街道の関係性への認知度が低くなっていたのだろう。

というわけで、志度街道ルートの認知度を上げていくためには各町(松島町は大変力を入れていた)が個々で取り上げるよりも、香川県として志度街道(五街道全般含む)に関する表記を使っていくことが必要だろうと感じた。

私自身もまだまだ志度街道に詳細については知らないことが多いため、次は国道11号線(牟礼町王墓〜中央公園)が引かれた経緯について調べていきたいです。

5、おまけ

高松1896-1910年

最後におまけです。このサイトで最も古い時期の高松の地図ですね。明治時代後半の高松を切り抜いたものです。
いいですよねえ…ほとんど田んぼ。笑

見どころはですね!!!
・現在のJR沿線が高松港の海のギリギリまで存在している
・県庁の西側を鉄道が走っている(路面電車だったとか)
・海沿いは塩田(競輪場のあたりは新浜塩田)
・ことでん志度線が「四国水力電気鉄道」
・御坊川が「御防川」

などなど、あげればキリがない!!!

6、終わりに

地図を見て、歩いて見て、文献にあたって、調べていく。
この旅は野間道の石碑(「東浜村の人たちのおもい」参照)から始まりました。
東浜村の人たちのおもいを感じて、
「そこまで志度街道は栄えていたのか?」
「そもそも志度街道ってどこ?」
と疑問が湧いてきたのです。

そして、自由研究を進めて改めて感じました。

真相というものは、わかりにくくて、一言では言えないものです。

一方で、世の中にはわかりやすくて、シンプルで、言い切るもので溢れています。
「◯◯をすれば痩せる!」
「◯◯すればモテる!」
「日本政府の陰謀は◯◯だ!」
そっちの方が目を引くし、わかりやすいし、何よりバズりますからね。

でも世の中そんなにシンプルじゃないです。
これだけたくさんの人がいて、想像できないほど悠久の歴史を積み重ねて、
ようやく現在の形になってますからね。

ありがとうございました。
noteさんのおかげで形にしていきながら自分の考えを整理できて、
色々な人に読んでいただいて、
いいね❤️までしていただけました。

感謝です。

ちなみに次は三木茂博士が気になってます。
香川県には多くの立派な人がおりましたが、道だけでなく人物にも焦点を当てていきたいです。

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