核融合発電技術の全貌と現在地

自分の事業分野とは全く関係がないが、京都大学で核融合に関して研究しているチームメンバーが面白い話をしてくれたので、酒を片手にまとめようと思う。

前提: 核融合発電の重要性

核融合発電は社会において欠かせない技術である。地球の二酸化炭素排出量を10年以内に削減しなければ環境への深刻な影響が出ると予想されている中で(カーボン・バジェット)、二酸化炭素排出をせずに大容量の電力を発電できる技術として核融合発電は社会に不可欠である。

核融合発電は既存の再生エネルギーの発電手段と比較し、2点良い点がある。1点が天候に左右されず大出力の電力を得られる点。もう1点が入手が容易で安全な燃料を用いる点である。太陽光発電や風力発電のように天候によって発電量が左右せず、また、1グラムの水素燃料から90,000MWh程度のエネルギーが発生するため、大出力の電力を得られる。また、核融合燃料は海水から生成される水素燃料(水素の同位体である重水素 Deuterium と三重水素 Tritium, DT燃料ともいう)から生成されるため、ウランやプルトニウムと言った燃料を使用する原子力発電と比較し入手が容易であり、また、連鎖的な核分裂を生じる原子力発電用燃料と比較し安定である。こうした理由から、新たな発電手段として社会に不可欠である。

この必要性は市場にも現れている。核融合発電の市場規模は8~25兆円の市場規模になる見通しである(文科省)。この技術分野において日本がリードすることは、当該分野の開発案件で日本が優位に立つのみならず、AIをはじめとした電力を大量に要する先端技術の研究で優位に立つために重要である。

核融合のメカニズム

そもそも、核融合とはどういったメカニズムで生じるのだろうか。核融合とは、2つ以上の分子が、特定以上のエネルギー状態に達した際に、エネルギーを放出しながら新たな1つの分子に融合した際にエネルギーを生じる現象である。具体例を上げると、主に核融合発電において使用される技術においては、水素の同素体である重水素(一つの陽子、2つの中性子、一つの電子からなる)および、おなじく同素体である三重水素(一つの陽子、3つの中性子、一つの電子)からなる燃料(D-T燃料)が使用される。通常はクーロン力(分子間力)により衝突が起きない。しかし、高温状態にすることにより一定以上のエネルギーを与えると原子核同士がくっつき、核融合が生じ、一つのヘリウム(2つの陽子、2つの中性子、2つの電子)および一つの中性子、そしてエネルギー(質量欠損エネルギー - 反応前後で燃料の質量が減少し、質量の差分がアインシュタイン方程式に則り `E=mc^2` で放出される)が生じる。このプロセスが核融合である。このときに生じる質量欠損エネルギーを熱に変換し、電力に変える技術こそが核融合発電である。

核間距離が一定以上であると分子間でクーロン力による斥力が生じ、分子間で距離が保たれるが、核間距離が一定以下になった瞬間、核力によって大きな引力が生じ、やがて融合する(引用

核融合発電の現状と課題

核融合を生じさせるには、分子同士を衝突させる(つまり、圧力を高める、もしくは分子の距離が一定以下になるように集める)こと及び、一定以上のエネルギーを分子が持つことが必要になる。そして、核融合を開始させるエネルギーを与える必要があり(一度核融合が開始すれば、反応で生じるエネルギーで連鎖的に核融合反応が継続するので、エネルギーを与えるのは最初だけで良い)、さらに核融合で生じたエネルギーを受け取る必要がある。


核融合発電は重水素と三重水素の核融合によって生じるエネルギーを用いて発電する(引用

現在、核融合発電の主な手法は2つ挙げられる。一つは磁場閉じ込め法、もう一つはレーザー圧縮法である。

磁場閉じ込め法の一つ、トカマク方式の融合炉の模式図。ドーナツ状の形状のコイルを用いて、電離した重水素分子を磁場上に整列・圧縮する。(画像引用

磁場閉じ込め法は、ドーナツ状のコイルに覆われた空間内に固形の燃料(D-T燃料 / 水素が固形になる条件: -259℃の超低温)を投入し、温度を上げることにより昇華させプラズマ状態(電離した気体)に変化させる。そして、核融合が開始する超高温(約1億℃以上)に加熱することによって反応を開始する。一度反応が生じ始めると、連鎖的に核融合が生じ熱を発するため、固形燃料を投下するだけで継続的に核融合反応が起こり、エネルギーを放出し、発電を行うことが可能になる。興味深い点として、核融合反応が起こるときには温度が約1億℃になり、装置の外壁を融解するような温度に達する(これは太陽の中心部: 約1,600万℃よりも高温である)が、磁場によってその反応が起こっている分子群(プラズマ)が外壁に触れないように抑え込むことによって、外壁の融解を防いでいる点がある。これにより、例えるならドーナツ状のコイルの中に小さなドーナツ形状の太陽が浮かんでいるような状態を生み出すことが可能になる。

トカマク方式において、固形三重水素燃料はプラズマ加熱方式によって1億度以上に加熱し気化したうえで電離し、中空ドーナツ形状のコイルの中央に保持される(画像引用

そして、後述するが、こうした連鎖的な核融合反応は、既存の原子力発電のような核崩壊をベースとした発電手法と異なり、外壁が融解した場合においては反応が起こる条件(分子間距離)が成立せず連鎖反応が続かないため、福島原子力発電所のような深刻な放射線漏れの事故を防ぐことが出来る。

連鎖的に分子が分裂しエネルギーを放出する核分裂: nuclear fissionと比較し、核融合: nuclear fusionは複数分子の分子間距離が一定以下であることを条件とするため、連鎖反応の暴走の危険性が小さい(画像引用

磁場閉じ込め手法の問題点はプラズマが不安定性をもち、乱流が生じることである。形状がドーナツ状であることに起因する遠心力、プラズマ内部で生じる電場・磁場が一定でないことによってドリフト不安定性が生じるのである。このドリフト不安定性が大きくなると乱流(水でいうと渦がたくさんできるみたいに近い流れ)が生じる。これが原因でプラズマ内部の熱が外に逃げ、発電効率を下げてしまうのである。


レーザー圧縮法の模式図。固形化燃料に外部からレーザーを照射し、高圧の炉内で核融合反応を起こす。(画像引用

もう一つはレーザー圧縮法である。この手法は固形化した球状燃料(重水素と三重水素の混合物)に外部からレーザーを照射する。レーザーを照射された燃料は超高熱により表面からプラズマ(陽子と電子に電離した状態の気体)になる。表面のプラズマは内部の燃料を加熱しプラズマ状態にするだけでなく圧縮もする(爆縮が起こる)ため、超高温・超高圧状態となり核融合が生じるのである。

一つが、Rayleigh-Taylor 不安定性である。固形燃料が昇華しプラズマに変化する際に、理想的には球形で融解する(球形の水素の氷が、球形のまま溶けていくようなイメージである)ことを期待するが、実際には流体の流動性ゆえ表面に凸凹が生じ、反応の不安定性を生じる現象である。これによって、核融合反応を安定的に進めることが難しい。先述した磁場閉じ込め方式においては、こうした流体の流動性を磁場によって抑制できる。


Rayleigh-Taylor不安定性によって、化学反応の境界が波形になる(引用

もう一つが、継続的な発電の難しさである。一度反応が生じれば継続的に発電を継続できる磁場方式と比較し、一度反応を開始したら反応が終了するまで次の反応を開始できないのがデメリットである。分子間距離を一定以下に保つために球内を高圧に保つ必要があるため、新たな燃料を投入する開口部を設けられない。

その発電効率から核融合発電は発電手段として有効であるが、先述したような課題が存在する。その課題を解消することが、核融合発電の実用化を実現するために必要不可欠な要素となっている。

国内の核融合スタートアップの現状と課題

核融合発電は、限りある石油資源を消費せずに持続的な電力発電を可能にする手段として国内外で注目が高まっている。上場企業への脱炭素化への圧力増加を追い風に、現在核融合の必要性は高まっているし、急成長企業・スタートアップの事業機会が生まれている。国内外の核融合スタートアップの事例を列挙する。

国内事例 - 京都フュージョニアリング

京都フュージョニアリングは、核融合炉の周辺の技術を開発する京大発のスタートアップである。核融合炉へのエネルギー供給及び、核融合炉からのエネルギー取り出し技術に強みを持つ。核融合炉自体の生産技術を持っているわけではない点が今後の課題である。

京都フュージョニアリングは核融合炉の周辺技術に強みを持つ(引用: 京都フュージョニアリング

まとめ

二酸化炭素を排出しないクリーンな発電手段として核融合発電は不可欠である。太陽と同じメカニズムで動く核融合発電は、太陽光発電のように天候に左右されず、原子力発電のような不安定性もない、理想的な発電手段であり、地球の持続的な電力供給を可能にする。また、その技術は10兆円規模の新たな市場を生み出し、新たなスタートアップを創出している。核融合分野の発展・開発は、当該分野のシェア確保のみならず、電力を必要とする先端技術産業を支えるうえで不可欠である。

いいなと思ったら応援しよう!