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刺されたいし 刺したいし

News Picksの【シン・ニホン】落合陽一×安宅和人「日本再生を考える」を見ていて「これからの教育には、その子だけに深く刺さる針を打つ、ということが必要。その時わからなくても何年後かに効いてくれればいい。その子の遠い未来に向かって針を打つ」というくだりが印象的だった。


本を読むことは、自分に深く刺さる言葉を探しているようなところがある。刺されたい、刺してくれ、できれば不意にめっちゃ深く。という感じ。

以前は本を読みながらPinterestに刺さった言葉をピンしていた。(「刺さった」だけに)

探していると言うと何だかガツガツしていて嫌だな。半分目を光らせて、半分腹を出して油断しているくらいの方がいい。2:8くらいでもいい。

だいたい「刺さる言葉」は不意にくる。瞬間的に「あっ刺された」という時もあるし、何年後かに思い出して「ああ、刺さっている…」となることもある。何を言われたのかということよりも、誰に言われたのかの方が大事だったりもする。

予測はつかないけれど、列挙してみると何となく自分が刺される言葉の傾向がわかる。試しにPinterestの画像から目につく単語をピックアップしてみると

美、月、夢、愛、詩人、物語、想像、脆い、失う、片方、不確か、壊れる、一瞬だけ、それっきり

など。あ、なんだかすごく恥ずかしい。

人との会話の中で刺さった言葉も、書かないけれどいくつかすぐに思い浮かぶ。

ほんで、やっぱり言葉自体の意味や文字や音だけじゃなくて、それを受け取った時の季節や本の重さや匂い、それを言った人の表情や場所、全部が絡まって刺さったんだなと実感している。

最近kindleデビューしたのだけど、どのような読書体験が得られるのか試し中なので、なんだかもったいなくて、刺さりそうな本は買えていない。どうせなら深手を負いたいし。

そういえばグラフィックの語源は「傷をつける」だと何かで読んだな〜。

刺さる、というのは、足りなかったものが埋まる、ともいえる。刺したいし刺されたい、そういう基準で本を読んだり仕事をしたりしたいものだと思ったこの頃です。

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