バーナード・マッギン『トマス・アクィナス『神学大全』 ある伝記』(プリンストン大学出版、2014年)を読んで。

 宗教の古典を読み解くシリーズがプリンストン大学から出版されている。その中でひときわ目立つのはバーナード・マッギンによる神学大全伝である。「ある伝記」という副題がつけられているように、このシリーズではその著作がどう読まれてきたのかをある種伝記のように記すというコンセプトであるのだが、日本では岩波書店の書物誕生シリーズに近いかもしれない。
 バーナード・マッギンによる神学大全伝とは、二重の意味で驚きであった。マッギンは浩瀚な大著のシリーズであるキリスト教霊性史を著しており、そのような著者が入門書を書いたこと。そして今まではエックハルトなどの神秘思想家の専門的な仕事を手掛けた著者よる『神学大全』入門であるということ。本文を読んで、自らこのシリーズの企画を知らされた時、ベルナルドゥスの雅歌説教などを担当しようかと思っていたところ、神学大全についての本を記そうという「恐ろしい考え」に惹きつけられたという。しかしその不安もよそにフレデリック・バウアー・シュミットの裏表紙の評に見られるように、素晴らしく良く書かれているのである。
 本書の特徴はちょうど岩波書店の書物誕生がそうであるように、テクストの成立をめぐる伝記的な内容をまず前半で扱い、中心部でテクストそのものの内容を、そして最後に神学大全がどのように受容されていったのかを叙述する。何よりも印象的なのはマッギン自身の40年以上にわたって『神学大全』を大学で教えてきた内容が凝縮された文章で明晰に説かれていることである。そしてその一つ一つの注を読むことで主に英米圏のトマス研究の最新の成果に触れることができ、なおかつそれがまた絶妙に読者をテクスト読解の中心的な主題へと導くのである。一切の注を省いたVery Short Inroductionsのファーガス・カーのトマス伝とは対照的に、具体的なテクスト読解の大きな道筋を示しつつ読者をトマス研究の最前線へと案内してくれる。明快な叙述のみならず、その解釈の典拠を明示する注を通して、トマス研究の海へと読者は飛び込むことができるのである。
 分量にして伝記と内容の紹介で半分、受容史で半分といった具合である。前半で祖述される内容はトマスの創造観を生き生きと描き出し、被造物としての世界、その中に生きる人間存在の在り方をアリストテレスとの対話の内にどのようにトマスが見い出したのかが描かれる。中でも神名論や恩恵論をめぐる解釈でバーナード・ロナガンが紹介されたり、研究を始めれば避けて通れないであろう論文が手際よく紹介されていく。そして後半を成す受容史は700年に亙る『神学大全』受容史が描かれるのであるが、そもそも神学大全がどのような位置付けを為されてきたのか、その解釈の限界と可能性とを余すところなく読者に提示し、さらなる研究へと確かに導くものである。
 神学、中世哲学に興味があるすべての読者にお勧めしたい一冊。トマス研究として優れているのみならず、キリスト教的な発想が端的に表現されているところがあり、キリスト教入門、キリスト教哲学入門としてもおすすめしたい。ジルソンが提起したキリスト教哲学という表現についても本書を通して理解が深まることであろう。

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