勝田茅生『ヴィクトール・フランクル それでも人生には意味がある』(NHK出版、2024年)を読んで。

 本書は類書を見ないフランクルについての本である。フランクル伝でも、フランクル論でもなく、フランクルの生涯の出来事をテーマごとに追いかけながらその問いかけをも浮き彫りにするという意味で、今までに類書のないフランクルについての本なのである。フランクルはいくつかの本で自らを多く語っていることもあり、読者にとって近づき方は豊富にある。しかしどこから入ろうとも、なんらかの難しさを感じるということがあるかもしれない。もしそういった思いを抱いた人がいるなら、本書はうってつけの本である。
 本書の特徴は長年ロゴセラピーの実践の場でフランクルの思想を読み続けてきた著者ならではの、勘所を押さえた紹介にある。フランクルは数奇な運命をたどってその生を繋ぎ、ロゴセラピーを完成させた。理論として形を取っていたのは収容所体験の前であったが、それを体現せよとの暗示(啓示)を胸に収容所体験を潜り抜けた。私たちがものにあふれる豊かな現代社会の中で感じるむなしさとどう向き合えばよいのか、その道筋がフランクル本人の体験によって確証されていることを明らかにしてくれる。中でも印象的であったのは著者の紹介が、ティリーとの結婚がフランクル39歳の時の出来事であったことや、フランクルの著作の膨大さの背景にはエリーの言葉に尽くせぬ協働があったことなどに言及し、フランクル自身の著作を読むだけでは見落としてしまいがちな事実を拾い上げてくれていることである。ロゴセラピー実践の場にあって見いだされる、フランクルの生涯で特筆すべき出来事を手掛かりにその本質を浮き彫りにしていくことに特徴がある。
 フランクルの思想に近づこうとする人はあるいは精神分析などにすでに親しみがあるかもしれない。時としてフランクルはフロイトやアドラーの手法に痛烈な批判を投げかける。しかし彼が企図しているのは「生きる意味」を見失っている人にそれを見出させることにあることを見過ごしてはならない。自らを観察し、原因探しをすればするほどむなしさに捕われる可能性があることを指摘しているのである。ロゴセラピーを実践している著者ならではのフランクルの大戦前のウィーンでの青少年との関わりの紹介は、フランクルの思想が理論だけでなく膨大な実践に基づいていることを明らかにしてくれている。
 想像を絶する悲惨な出来事を潜り抜けたはずのフランクルの思想に近づく人は、その人の明るさに打たれるのではないだろうか。フランクルの生涯の出来事をフランクル自身の瑞々しい感性を掬い上げながら紹介する本書はフランクル思想のエッセンスを提示しながらも、読者をフランクル自身と出会わせてくれる一冊である。

本書には9冊の引用文献が掲げられているが邦訳の所在を記しておきたい。
 01『精神療法における意味の問題』(北大路書房)[品切れ・重版未定]
 02『人生があなたを待っている1・2』(みすず書房)[品切れ・重版未定]
 03『死と愛』(みすず書房)、『人間とは何か』(春秋社)[『死と愛』は原著の第五版に基づく翻訳で、『人間とは何か』は第十一版に基づく新訳。さらに『死と愛』は訳語の更新を図った新版が2019年に刊行されている。]
 04『それでも人生にイエスと言う』(春秋社)[同内容の三回にわたる講演がやや短縮された形で『精神療法における意味の問題』(北大路書房)に「人生の意味と価値について」として所収。第一部とほぼ重なる内容の講演が『識られざる神』(みすず書房)と『現代思想2013年4月臨時増刊号 総特集=imago ヴィクトール・E・フランクル』(青土社)に所収。また、もっとも有名な著作『夜と霧』はこの著作の第三部が元となっている。]
 05『フランクル回想録』(春秋社)[『精神療法における意味の問題』にも「自伝的素描」が所収。]
 06『神経症』(みすず書房)
 07『意味への意志』(春秋社)、『意味による癒し』(春秋社)[邦訳は上記二冊に分かれて刊行。英文著作The Will to Meaningとは別物。]
 08「山の体験と意味の問題」『現代思想2013年4月臨時増刊号 総特集=imago ヴィクトール・E・フランクル』(青土社)所収
 09『フランクルの心理学』(みくに書房)[絶版]
(邦訳一覧について、記事公開後に赤坂桃子氏よりご教示をいただきました。謹んで感謝申し上げます。なお、本記事の読みやすさを優先して翻訳者と刊行年等の詳細は割愛させていただいております。ご了承ください。より詳細なフランクルの邦語文献については河原理子氏の『フランクル『夜と霧』への旅』(朝日文庫)をご参照ください。)

引用文献が原題のみになっているのはおそらくご自身で翻訳しながら紹介なさっていることもあるからであろうし、既に存在する邦訳においても訳語に時代的な制約もあり、読者を不必要に混乱させないための配慮であるのかもしれない。以前に紹介した『精神療法における意味の問題』は『それでも人生にイエスと言う』と『フランクル回想録』の内容をも含み、現代における精神療法の文脈の中で読み解くために手掛かりとなる専門的な論文と解説が含まれている。また『現代思想2013年4月臨時増刊号 総特集=imago ヴィクトール・E・フランクル』はさまざまな角度からフランクルの可能性を浮き彫りにする一冊である。そして刊行されたばかりのエリーザベト・ルーカス『ロゴセラピー』(新教出版社)は本書と響きあう、第一人者による最新の理論書である。

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