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カサンドラが自らの力で幸せをつかむまで〜ASD夫との10950日⑥
『炎天下の1時間』
それからは毎日のように彼から電話が来る。
次第に「週末はどうする」と言う会話になり、付き合いのようなものが始まった。
「(私と付き合っているのは)お試し期間」などと失礼な減らず口を叩きながらも、彼が有頂天なのはその様子を見てわかっていた。
その頃には、付かず離れずで都合がいい時だけ連絡をしてくる年上の彼とはすっかり疎遠になっていた。
一度電話が来た時、すでに新しい相手に希望を見出していた私は「あなたのことは大好きでした。」と言ったように記憶している。
そう、新しい恋に向けて歩き出した。
しかし、その頃から彼に対して色々な違和感を感じ始めるのである。
ある夏の日。
花火大会があったので浴衣を着て、昼に落ち合い食事を済ませた時。
この後車移動を考えていた彼は、「近くにある会社の駐車場に車を取りに行くからここで待っていて」と、店の前に私を置いて足早に去っていった。
慣れない浴衣と下駄で動きづらい私を歩かせないよう、配慮してくれた。
そんな幸せに私は包まれていた。
しかし、待つこと1時間。
真夏の炎天下である。
「行動を監視されるのが嫌だから携帯電話は持たない」彼に連絡はつかない。※
浴衣姿の女の子がお店の前に1時間、である。
通行人や、お店の人の心配そうな視線を感じる。
恥ずかしい。張り切ってしてきた化粧は崩れ、慣れない下駄と帯で苦しくなった。
それでも連絡手段を持たない彼を、私は待っていた。
流れる車を、何百台見送っただろう。
1時間して彼が来たが、全く悪びれた様子はない。
「お待たせ。」「ありがとう。」「水は?」と言うような普通の会話もそこにない。
「暑かった。会社10分もかからないところだよね、何をしていたの?」と聞くと、責められたと感知し守りに入った彼は突如不機嫌になり、
「迎えにきてもらったことに、感謝を言うのが筋じゃないの?」
「でも、1時間‥」
「今、車に乗ってるでしょ?」
と、不機嫌をあからさまにし私の言葉を封じ込めた。
猛暑の中。
人の視線に晒されながら、慣れない姿で1時間立っていた私への気遣いや配慮は、一つもなかった。
そして「筋」と言う言葉を使い、自分の行動に感謝を要求する。
私を黙らせた後の彼は、自分を守ったことでまたいつもの上機嫌になったが、私の心には暗い雲が立ち込めていた。
※「(社会や私に)監視されるみたいで嫌。メールで十分。」とこの先彼は20年、携帯電話を持たない生活を送る。