バリ島、とある風景| ニュピ
バリ島には、ヒンドゥー教の暦で新年を迎える「ニュピ」という特別な日がある。この日、島全体が祈りとともに静寂に包まれ、24時間の完全な沈黙とともに新年を祝う。
ニュピの日は外出も灯りも許されず、火を使った食事の調理も禁じられる。違反がないか、警察が一軒一軒見回り、その足音が近づくたび、わずかな緊張感が走る。
この独特の静寂は、バリ島の深い文化と信仰を感じさせるものであり、慣れない外国人にとっては少し恐怖を感じさせることもある。そのため、多くの外国人はニュピの日をホテルで過ごす。ホテルでは特例として電気が使え、食事も提供され、プールなどでリラックスできるからだ。
その年、私はニュピをホテルで迎えることにした。ジンバランの小高い丘にあるプライベートプール付きのヴィラで、静かな時間を過ごしていた。
ヴィラは、四方をコンクリートの壁で囲まれた一軒家で、中央に小さなプールがあり、その周囲にはベッドルーム、バスルーム、ダイニングテーブル、キッチンが配置されていた。こぢんまりとしていながらも、どこか外界から隔絶された感覚が心地よかった。
特別な日を過ごすには完璧な場所だと思った。
翌日、今夜の過ごし方をどうしようかと考えた。せっかくの特別な日だ。特別な過ごし方をしたい。
「バリ島中の電気が消えるなら、きれいな夜空が見られるかもしれない。」
私は夜空を見上げることに決めた。
日がすっかり暮れてから、暗闇の中を、私は薄っすらと足元を照らせるぐらいに調整された懐中電灯の光を頼りに歩いてフロントへ向かった。
「すみません、星が見たいんです。」
そう言うと、奥から若いバリ人が出てきた。
「ああ、そうだよね。ニュピの夜空は、それはキレイだよ。よし、見せてあげるから着いておいで。」
彼はにっこりと微笑みながらそういうと、先ほどより少し多めの光量の懐中電灯で足元を照らしながら、私に先に階段を登るように促した。そして、二人とも屋上に着くと、男は灯りを消した。
再び暗闇に戻った夜空は180度開けていた。
「あそこに見えるのが天の川だよ。白くぼんやり見えるだろう?雲みたいだけど、雲じゃないんだ、星だよ。」
男は誇らしげに言った。あれが天の川。。。白く霞んだ太い筋のようなものが夜空に架かっていた。初めて見る光景にしばらくの間凝視した。そのうち目が慣れてきて、今度は別の場所に赤くモヤモヤしているものを見つけた。
「あれは星雲?」
私は尋ねたが、彼は答えなかった。彼もまた夜空に見入っていた。
「星雲だということにしよう。」
私はその赤いモヤを見つめながら自答し、その向こうに広がる宇宙を思った。