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AssiaのLà-basをイメージしてショートストーリーにしました


前回、和訳したAssiaさんの「Là-bas」をショートストーリーにしてみました。和訳自体も大きく「意訳」でしたが、ストーリーも、歌詞の世界観を大切にしながらイメージを膨らませて書いてみました。

楽しんで頂けたら嬉しく思います✨

◇◇◇

テーブル時計のアラームを止め、背を抱き寄せた。

ネイビーのシャツに額を寄せる。しっくりと収まる場所を見つけると、反対の手の薬指と中指の腹でつむじを探り、五線譜のような髪を掻き分けながら辿った。

いつもと同じ指先。

12回、同じ線を辿っては途中で引き返してはまたつむじから辿り始め、13回目のタイミングで指は後頭部へ伸び、頭を丸く包んだ。

更に深く額を押し付けると、微かなティアレの香りが鼻孔をかすめた。シーツの匂いと同じティアレ。目を閉じると、窓を閉め忘れた初冬の夜更けに、微睡みながら掛け直したダウンケットの中にいるような気分になる。洗い立てのフランネルの起毛が頬を撫で、そのフランネルの塊に体温を移すように両腕で胴体を包むと夜が始まる。

それは、あの夜から始まった。

「寂しくなったら、後ろのポケットの電話を取り出して。このボタンを押せば、すぐに戻ってくるからね。」

そう言って、ベッドで横たわる私の枕元にフランネルの塊を置いた。その塊を持ち上げ頬に当てると、柔らかくて短い毛が優しく撫でた。ふんわりとした頬の感触に心を任せていると、間も無くして玄関のドアが閉まった。

暗闇に包まれた。

塊を撫でると長い耳が2つ、直径1.5センチほどの丸ボタンが2つ、それからピンと張った糸3本を一纏めにしたものが2カ所に配置されており、その様子からウサギのぬいぐるみだとわかった。

頬から離し、持ち上げて眺めた。すると、ウサギは

「大丈夫よ、独りじゃないわ」

と言った。一瞬驚いたが、すぐにまたウサギは言った。

「大丈夫よ。」

私は恐る恐る話しかけ始めた。今日友達が来ていた花柄のワンピースが可愛かったこと、フリルのついたフワッとしたスカートが好きだが、お母さんがそれを許さないことなど、次々と話した。

ひとしきり話すと、ウサギを抱きしめた。フランネルの毛の流れに沿わせて、耳や頬、背中を優しく撫でた。

手のひらが背中の真ん中に来たとき、小さな金属の粒に触れた。私がそれを摘むと、その声は

「まだ押してはダメ」

と言った。私は目をぎゅっと瞑り、胴体をきつく締め付ける。


「大丈夫だよ」とその声は言った。後頭部を包んでいた掌は肩甲骨あたりに到達していた。

顔を上げる、いつものように。

いつものように少し顎を持ち上げ、
いつものように唇を寄せ、
いつもより0.3秒早いタイミングで離れた。

いつものように目を重ねると、視線は壁の方を向いていた。

またか、と私は思った。身体中の力を集中させ、腕を胴体に巻き付けると、内臓を押し潰すほどの力で締め付けた。

掌は何事も起きていないかのように、優しく、ふわりとつむじに載せ、14回目の線を描き始めた。

掌はもはや、同じ線を辿らなかった。後頭部をあっさりと抜けて背中の中央に辿り着いた。そして時計の秒針の音に合わせてトントンと軽く叩くと、やがてしゃくりあげていた呼吸が重なった。

上半身が脱力し、背中を叩いている手のひらに体重を預けた。空気を吸い込むたび、下腹部が膨れ、そのあっとゆっくりと凹む。重みを支えようと、もう片方の腕を添えると両腕は丸く円を描いたように形作られ、身体はその中にスッポリと収まった。掘った穴の中に埋まる子ウサギのようだった。

「水を持ってくるね」

そう言うと、身体の重心をソファの背もたれに預け、静かに腕を解いた。

シンクに身体を向けようとした時だった。
垂れ下がっていた腕は緊張を取り戻し、シャツを鷲掴みにした。

もう片方の手はシャツの前立てに指を捩じ込み、指を曲げたまま引き抜くと、ボタンが千切れた。

掌の中にボタンが残った。

私はそれを躊躇なく口に入れ、飲み込んだ。

直径1センチのプラスチックの破片。

私の身体の一部となり、永遠に生き続けるための。

そして不完全なものとなったネイビーのシャツ。

私無しではもう機能できない。

不完全となったシャツに包まれた掌は、もう背中には戻らなかった。

主を失った糸がボタンのあったその場所に残っていた。

呼吸と背を打つ掌の振動を失ったテーブル時計の秒針は、相変わらずの間隔でカチカチと音を響かせていた。


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