心理領域、かじってみます~隅っこのちょっとした決意~
こんにちは、隅っこです。
noteはすっかり、ご無沙汰してますね・・・(笑)
X(旧Twitter)でつながってる方がほとんどなので、近況についてご存じの方も多いと思うけど、自分に向けての記録の意味でも近況について軽く述べておこうかな。
カウンセリングについては、継続中です。
昨年の10月から始めてもうそろそろ1年。
いやぁ・・長丁場ですねぇ。
でもね、それも当たり前だと思うんです。
だって、これまで数十年かけて構築してきた「考え方」や「自己防衛方法」を書き換えようとしているんだもん。そりゃ、時間かかるよ。それに、めちゃくちゃ怖いよ(笑)
端から見たら亀の歩みでも、いつまで同じ場所でうじうじしてるんだって思われても、仕方ないじゃん。そのペースでしか進めないんだもん。それでもμm(0.001mm)レベルでみれば、進んでるもん。
「こんな数カ月のカウンセリングで、隅っこさんの課題がすっかり解決することはないと思います」とカウンセラーさんにはっきり言われてるし、それはそのとおりだと思ってます。
多分いくら治療が進んでも、心の傷を全く感じなくなることはないし、今後もなにかにつけて疼くんだろうな、と思います。
これは諦めの意味じゃなく、「今の自分をベースとしつつ、”生きづらさ”を減らすにはどの認知を緩めたらいいのか、試行錯誤すればいいんだな」っていう、前向きな意味で捉えてます。
自己実現については・・社内の草の根活動は継続中。
でも、そこ以外・・特に自分の「好き」探索についても、実はちょっとした動きがあります。
きょうはそれに関連するお話を書こうかな、と思ってます。
隅っこ、カウンセリング講座に申し込むの巻
今日お伝えしたい内容をズバリ言うなら…カウンセリングについて、少し真面目に学んでみることにしました(カウンセリング講座を受けます)、ってことになります。
・・・・・はあ、そうですか。頑張ってください。
って思われる方が大半だと思うんですが、えっとですね・・。。いちおうこれ、隅っこにとっては一大決心なんです💦
なにせ、「一度逃げた」領域なので。。
今日はちょっとそのへんのお話を垂れ流したいな、って思います。
実は「心理学科志望」だった
私の現在の本業は「機械エンジニア」です。
でも、実は高校1年生くらいまで「大学は心理学科に行きたい」と思っていたし、周囲にも言っていました。
今とあまりにかけ離れてますね…(;・∀・)
でも、とある大学のオープンキャンパスで、ロボット系の研究室を見学したとき「え?!大学でこんなレベルのものを作れるの?!自分たちで作り上げて、カスタマイズして、研究までできちゃうの?!・・・やってみたい!!」っていう衝撃を受けて、我慢できなくなったんです。
だから、理系・・というか工学部、それも機械学科に行こう、という決断をしました。
余談ですが・・隅っこはあまりに数学苦手だったので、最終的に理系進学決めたとき、家族全員に「は?!・・・ちょっと待とう、落ち着こうか?!」
という反応されました(苦笑)
そして、余談その2だけど・・大学検討するなら、(特に理系は)研究室見学絶対行ったほうがいいですよ。自分が将来1年間、人によっては3年間所属することになる場所だから、「興味もてそうなところがあるか」って、すごく大事になると思います。
長い余談終わり。
上記の理由は嘘じゃないです。全部本音。
でも「心理学科に行かなかった理由」は、本当はそんなポジティブなものだけじゃなかったんですよね。(今振り返れば)
「心」と向き合うことが怖かった
工学部に行くことを決めた理由は嘘じゃない、でも・・ひとつだけ誤魔化しがあるとすれば・・「工学部にいく」と決める前に、心のどこかでは「心理学部にはいかない」ということを決めていた・・と思います。
理由は細かいものまで含めればいくつもあります。心理学科に行って、将来食い扶持はあるのか、とか、たかが「興味」のレベルだけで進んで途中で飽きるんじゃないか、とか。(現在、心理学科通われてる方、心理職の方、ご気分害されたらごめんなさい。)
でも、最も大きな理由は
「その当時の環境のまま、人や自分の”心”と向き合うことが怖かった」
から。
この「環境」という言葉には、主に2つの意味があります。
以下、ちょっとだけ心理学関係のワードを出しますね。分かりづらかったら、ごめんなさい。
当時の私は、実家ぐらしでした。
大学も当然実家から通うことを考えていたし、金銭的な面からも、親の心理的な面からも、それが当然のように期待されていた。
そして、養育者のひとりであるAさんは・・今思うと私達子どもを「子どもあつかい」していませんでした。
一人の”大人”として、Aさん自身を支えることを求めていた。Aさんからしたら異論はあると思うけど、少なくとも、当時(も今も)、私にはそう見えていた。
そんな状況で私が「心理学科」に行ったらどうなるか・・当時の私は「心理を学んでいるんだから、専門家として私を支えろ」そう言われる気がして、怖かった。
(今の自分なら、家族へのカウンセリングは、多重関係だからNG!!って、はねのけるけどね。)
それが「当時の環境」という言葉の意味の一つ。
そして、もう一つの意味は
「当時の心理状態にならざるを得ない状況」
という意味。
当時の私は・・それはそれは誤魔化しようがないくらい、心理的に健全でなかったと思います。
「否認」「知性化」「反動形成」「乖離」「抑圧」そのへんの防衛機制ばかり発動させて、感情が徐々に表出できなくなってきていた。自分の感情が、わからなくなっていた。
仕方ないと思います。親との相性、自分自身の特性、もろもろの影響で当時の環境で生き延びるには、恐らくそれが必要だった。(こう考えられるようになったのは、カウンセリングの効果かな。)
でも、そうしなければ生きられないような環境にいながら、自分の心と向き合う、という選択をすることが、それも4年間も向き合い続けるということが、当時の私にはどうしても出来なかった。
これが、「当時の環境で心と向き合うことが怖かった」という言葉の、もう一つの意味です。
いまだって「自分の心と向き合う」って、怖い
ここまで”当時は”って書き方してきたけど、今だって・・自分の心とむきあうって、やっぱり怖いし、苦しいです。
気づきたくないことに気づくことだって、ストレス反応で体調崩すことだってある。
向き合わずに見て見ぬふりをできたなら、どれだけ楽だろう、って思うときもあります。
それに、心理領域の知識がつくほどに「知性化」(難しい用語や概念の理解に労力を注いで、問題の解決から目を逸らしちゃう行為)しちゃうんじゃないかって、正直怖い。
知性化、っていうと小難しく聞こえるけど・・ようは「自分の心を知ったかぶり」しちゃうんじゃないか、って恐れている。
特に私の場合、「内省」という名目で、「知性化」を合理化してしまう危険性がある。
そこがわかっていたからこそ、親元を離れて、影響を受けづらくなった後も、心について深入りして学ぶことを避けていた。
そして、今回の私の決心である「カウンセリングについて学ぶ」っていうのは、決して「表面的なテクニックを理解したい」なんてものじゃない。
カウンセリングはどんな要素からなっていて、どうしてそれが効果的なのか、カウンセリングが目指すものとはなんなのか、心を癒やすとはどういうことなのか、人の心はどうやって傷つき、そしてどういう変遷を経て癒やされるのか、そういうカウンセリングの本質的なところまで学んでみたい。
それには、なにより自分の心と向き合うことが求められると思うし、そのうえで「客観的に観察をする」ということも求められると思う。
理性だけでもダメ、感情だけでもダメ。・・・バランス難しっっ(苦笑)
でも・・・やっぱり「人の心」への興味が抑えられない。
「心を癒す」とはどういうことか、もっと深く考えたい。
人によって傷つけられた心が、人とのかかわりの中で癒えていく過程を、もっと知りたい。
カウンセリング受けてみて、オフ会や自己理解プログラム界隈の方々と交流してみて、そこの部分はどうしてもごまかせないな、って痛感してしまった。
もっと苦しくなるかもしれない、知性化するかもしれない。それでも、自分の中の興味が抑えられない。
だから・・心配も、怖さも、いったん脇において(見て見ぬふりして)、心理学・・それもカウンセリングとかの”臨床心理領域”を学んでみようかな、と思います。
それを自分のビジネスに・・とか、現時点では口が避けても言えないけどね(;・∀・)
あ・・誤解のないように一応言っときますが、今回の講座だけですべてが得られるとか思ってません。(むしろ、基礎中の基礎だから、本質というより輪郭が見えるくらいかなぁ・・と思ってます。)
それにね、一応は内省TOPの隅っこ・・講座受けてわかるような部分だけで満足するわけないんだよね・・。
だからね・・・満足するまで、もしくは飽きるまで、探求し続ける所存です( ̄ー ̄)ニヤリ
以上、隅っこの勝手な決心についてでした(笑)
難しく考えすぎかな・・だとしたら、笑ってやってください(笑)
まあ、そういうイタイとこも含めて「隅っこ」だから、しゃーないよね。