「結婚間近にふられましたが、幸せは思いがけず突然やってくる。……いやほんと、予想以上の展開だよ!?」 第8話
(第一話はこちらです)
外見は褒められることも多いのに、「かわいくない」と言われることも多かった。
特に、会社の男性陣。
「あいつ、仕事はできるけど」と枕詞をつけて、女性らしい気遣いに欠ける、思いやりがない、と散々にあてこすられることは、よくあった。
幸い、私の歴代の彼氏たちは変わり者なのか、私のそうしたところを気にする人はいなかった。
けれど結局、誰とも結婚していないという現状は、私のこんな性格によるものなのかもしれない。
『もうちょっと下からとったほうが、楼門が綺麗に入るから。カメラ、貸してくれる?』
暗いほうへ思考が流れるのを断ち切るように、リチャード・ライターに声をかける。
彼は、きょとんと目を丸くした。
『え? 一緒に撮ってくれるんじゃないの?』
『え?』
戸惑って声をあげる。
けれどリチャード・ライターには、それが同意の声に聞こえたのか、『ちょっと待ってて』と言うと、近くにいた女の子に声をかけた。
「シャシン、プリーズ」
リチャードはそう言って、自分と私を手で示す。
とつぜん外国人に声をかけられて驚いた顔をした女の子は、リチャードの言葉に笑顔でうなずいた。
リチャードは私の手をひくと、顔をよせて囁いた。
『笑って』
距離が、近い……!
いっしゅんのことだったけど、耳元で囁かれた時、頬が触れそうなほど、距離が近かった。
すぐにその顔は離れて言ったけど、それでも隣に立つ彼の距離は、初めて会ったばかりの作家とファンにしては、ほんの少し近すぎる気がする。
拳ひとつも離れていない、距離。
これって異性なら、親しい友人の距離だと思うのは、私だけ?
そもそも、一緒に写真を撮ることを了承したつもりはない。
けれど、目の前には、リチャードに渡されたカメラを構える女の子。
善意たっぷりの彼女の笑顔を見ていると、リチャードに反論するのもためらわれて、大人しく彼の隣で笑みをうかべた。
「とりますねー、はいっ」
リチャードにカメラを渡された高校生くらいの女の子は、はりきって写真を撮ってくれた。
「あと2、3枚とりますよー。はいっ。はいっ」
ちょこまか角度を変えながら何枚も写真を撮ってくれた女子高生は、満足そうにうなずきながら、カメラを私に渡してくれた。
「どうぞー。私、写真を撮るのはわりと得意なんです! 楼門もばっちり入って、いい写真がとれたと思います!」
「ありがとう」
一緒に写真を撮ることを了承した覚えはないと、リチャードには一言いたい。
けれどこの女の子には、もちろんお礼しか言えない。
苦笑しながらいうと、女の子は私が照れているのだと思ったらしい。
カメラを手渡しながら、ふふっとかわいらしく笑った。
「素敵な彼氏さんですね! 羨ましい!」
この人は私の彼氏などではなく、私たちの関係は、さっき会ったばかりの作家とそのファンなんだけど。
女の子は、私が否定する暇もなく、言うだけ言うと、ぱっと友達のところへ走っていく。
合流した友達と一緒に甲高い声をあげるのを見ていると、友達と一緒に手をふってきた。
若い子って、なんであんなに楽しそうなんだろう。
かわいいなぁ。
ほっこりした気分で、こちらも手を振り返す。
リチャードも、私の隣で、一緒に手を振った。
女の子たちからは、また甲高い悲鳴があがった。
『行きましょうか』
なんだか毒気が抜かれちゃったな。
リチャードに文句を言う気も失せて、一礼して楼門をくぐった。
舞殿を迂回して、本殿で手を合わせる。
二拝、二拍手、一拝。
リチャードにも簡単に作法を教えて、手を合わせる。
昨年はいろいろあったとはいえ、私は元気だし、両親も元気だ。
こうしてお詣りに来られたことの感謝を神様にお伝えする。
願わくば、今年はいい年になりますように、と言葉を添えて。
顔をあげると、リチャードもちょうど顔をあげたところだった。
なんとなく、目を交わして、笑う。
『私は奥院までお詣りするけど、どうする?』
誘うように言えば、リチャードは白い歯を見せて笑う。
『もちろん、一緒に行くよ!』
『そう。ちょっと歩くけど、千本鳥居は有名だし、ちょっとした見ものよ』
自分のものでもないのに、自慢げに言ってしまって、恥ずかしくなる。
いいじゃない、地元のことだし、好きなんだもの、と心の中で言い訳しつつ、リチャードを促す。
リチャードは長い脚でゆったりと、私の隣を歩く。
ふたり並んで、おみくじに一喜一憂する参拝客の間を通って、鳥居をくぐる。
階段をのぼって、右手に曲がり、もう一度階段をのぼる。
『すごい! これは圧巻だ!』
左手の奥に見えた千本鳥居にリチャードが歓声をあげた。
隙間なく並ぶ鳥居の朱色は、見慣れた目にも美しい。
ここもフォトスポットだ。
信仰の場なので、個人的には違和感があるけれど、ここで写真を撮らない観光客はいない。
中国人らしい観光客に、リチャードがカメラを渡す。
そして、とうぜんのように私の隣に立って、写真を撮ってもらう。
ごく自然なその態度に呆れつつ、嬉しそうに笑うリチャードを見ていると、まぁいいかと思ってしまう。
ごく普通の、観光客が撮る写真だ。
目くじらをたてるほどのことでもないだろう。
というか。
……今度は、私のスマホでも写真を撮ってもらおうかな。
写真はあまり好きではない。
SNSもしていない。
とはいえ、好きな作家と一緒にいるのだ。
たまには、記念に写真を撮るのもいいかもしれない。
どうせ、もう二度と会うことのない人なんだから。
しばらく鳥居の中を歩くと、ふたまたに鳥居の群が分かれる。
『これ、どっちを行けばいいのかな』
『右よ』
先ほどより少し小さめの鳥居の列をゆっくりと歩く。
朱色の鳥居に囲まれた空間は、どこか神聖で、そこはかとなく恐ろしい。
俗世とへだてられた神様の世界に近づいているのだと、視覚的に訴えられているみたいだ。
恐ろしいのに、美しくて、引き寄せられる。
ここまで来たら、奥院はすぐだ。
お山全体を回るルートもあるけれど、私もリチャードも、そこまで本格的に山登りをするつもりの服装ではない。
一般的には奥院までのルートをとる人が多いし、リチャードもおそらくそのつもりだろう。
奥院にお詣りして、引き返して。
時間にすれば、あと30分くらいだろうか。
そうしたら、そこでリチャードとはお別れだ。
いっしゅん、寂しさを覚えたのは、リチャードと話すのが楽しかったからだ。
憧れの作家だからというだけでなく、いつもにこにこ笑って、楽しそうに話を聞いてくれるリチャードといっしょに時間を過ごすのは、楽しい。
……彼と一緒にいて、そんなふうに思うのは、私だけじゃないんだろうけど。
リチャードは、私といて、すこしでも楽しいと思ってくれただろうか。
彼はずっと楽しそうに見えるけれど、それが私への気遣いじゃないとは言い切れない。
彼もすこしでも、楽しいと思ってくれたらいいのに。
そう思うのは、私が、小説家としての彼のファンだから、だ。
ほんとうに……?
いっしゅん、自分の胸にうかんだ疑問を、気づかなかったふりで押し殺す。
なにを考えたの?
出会ったばかりの、このまますぐ別れる相手のことだ。
特別な感情なんて抱いても、無意味すぎる。
ちらりとリチャードを見る。
寒そうに息を吐きながら周囲の朱色に感嘆する青い目を、焼き付けるように。
『あ』
リチャードが、前を歩くカップルに気づいて、早歩きで近づいていく。
ここでも一枚、写真を撮ってもらうつもりらしい。
「スミマセン、シャシン、プリーズ」
片言の日本語で声をかけられて、前にいたカップルが振り返った。
その顔を見て、息をのむ。
穏やかで、知的な面立ち。
見覚えのあるシンプルな紺のコート。
カップルの男のほうは、博昭だった。
第9話に続きます。
(画像が変わります)