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「もの」が後世に伝えるものとは【文芸春秋2024年9月特別号】

文藝春秋は、芥川賞の選評を読むために
時々読みます。

目次に目を通していたら、
気になる記事を見つけました。

それは「あなたの知らない戦争博物館」の記事です。
「もの」が戦争を語ることがテーマでした。

本書では3カ所のの戦争博物館について
ライターの梯久美子さんが取材しています。


1.周南市回天記念館(山口県)

人間魚雷「回天」を展示しています。

一度潜水艦の中に入ると、止まることも後ろに下がることもできない仕組みです。

施設のホームページを見ましたが、
この文章に背筋が凍りつきました。

一度、潜水艦を離艦した「回天」は、体当たりに失敗しても回収されることはなく、また、脱出装置もついていないため、乗り込んだ搭乗員は2度と帰ってくることはありません。

周南市回天記念館 ホームページより

特攻隊の海版という印象を持ちました。
脱出できない仕組みになっていたり、
片道分の燃料しか積んでなかったりするところが
共通しているからです。

ライターは「若者を兵器にした」
表現していますが、私も同意です。

2.大久野島毒ガス資料館(広島県)

2カ所目は、毒ガス工場になっていた場所です。
知りませんでした。
驚いたことに今でも処理費用が
国家予算に計上されているようです。

※参考(PDFファイル)
https://wwwa.cao.go.jp/acw/pdf/kaigi_20shiryo_5.pdf

この島は、うさぎの島として有名な場所ですが、
戦時中は毒ガスを作っていました。
当時、毒ガスは使わないという国際条約を結んでいたため、公にできませんでした。
地図から消された島という歴史も持っています。

毒ガス関連の業務に従事した人たちも
病気になったことが明かされていました。

3.八重山平和記念館(沖縄県・石垣島)

3カ所目は石垣島にある博物館です。
ここで「戦争マラリア」という言葉を
初めて聞きました。

島民は無病地に住んでいましたが、
1945年6月に軍の命令で
有病地に移住させられました。

元々マラリアの免疫を持っていなかったため、
3分の1の島民が亡くなったという
悲惨な出来事です。

残された「サン」という稲わらのお守りを見て
切なくなったことを明かされています。

・感想

教科書に載っていないだけで、
戦時中、悲惨な出来事が各地で起こったと
実感しました。

うちから一番近い場所はどこか調べたら、
大刀洗平和記念館です。
近いと言っても、高速道路を使う距離ですが。

実家の宮崎市にもありました。
戦時中の生活を知ることができる資料館で、
街の中心部にあります。
長年住んでいたのに、知りませんでした。

このような記事を読むたびに、
「繰り返したくない」
「どうしたら繰り返さずに済むだろうか」と
考えるのは私だけでしょうか。

ライターの著書『戦争ミュージアム』を
読んでみたくなりました。

以上、ちえでした。
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