「嗚呼、麗しのメンエス嬢」その1
「メンエス」
メンズエステの略。
「メンエスとは?」で調べてみると、
〜個室で女性セラピストが紙パンツ一枚の男性に施術を行うリラクゼーション・エステのこと。
そう、ここはメンズエステ、
女たちが働くお城だ。
メンズエステで働く女性
"メンエス嬢"
そこで出逢った嬢や、お客の物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜鈴香37才の場合〜
その頃の私はお金に困っていたのよ。
自由奔放に生きてきたつけが
そろそろ回ってきているなと思った。
大した仕事もしたことなかったしね。
スキル?
なーんにもなかったわよ。
少し前までは許されていたことも、
35を超えてから
なんだか、風当たりも強くなってきてさ、
それまでは、
美味しい物を食べさせてくれる男なんて
いくらでもいると思っていたのにねぇ。
それが、安いチェーン店の焼肉ですら
割り勘にされるようになったの。
割り勘よ、ワリカン。
信じられる?
男の方が飲むのも食うのも多いのにさ。
まぁねぇ....自分で言うのもなんだけど、
容姿以外、何の取り柄もないからさ、あたし。
それが衰えたら
ご飯も自腹で食べなきゃならないってわけよ。
いいのよ、それは別に。
それでも、なんとなく楽しくやれてたんだから。
ちょっとした小商売思いついてさ、
それで充分食っていけるだけのお金稼いでたからねぇ。
どんなサービスかって?
知りたい?
女の子の斡旋(あっせん)みたいなことよ。
女の子と飲みたい男にお金もらって、
飲み会をセッティングしたりするのよ。
女の子たちには、
ただで飲めることプラス、
交通費って名目で多少のギャラを支払うの。
あたし、ふらふら生きてたから
顔だけは広いのよ。
中には、
売れないグラビアとか女優の卵とかもいるわけ。
お金の無い、べっぴんが
あたしの周りにわんさかいたわけよ。
その後?
そんなの知らない知らない!
あたしがやるのは合コンなんかのセッティングだけ。
後は自由恋愛じゃない?
お金を貰ってエッチしようが
あたしには関係ないわよ。
だって、あたしは
あくまで、合コン屋なんだもん。ふふ。
そんな、あたしが
何でメンエス嬢になったのかって?
きっかけは、史上最低のヒモ男"テツ"との出逢い。
男に免疫がないタイプでもないのにさ、
あたしったら
なんで、あんな男に絡め取られたのだろうか....
テツと出逢ったのは、
なんだかわからない交流会。
さも「さっき作りました!」みたいな
ペラペラの即席名刺を差し出してきてさ、
そこには、"代表取締役"と書いてあったのよ。
その頃、
怪しさ満載のサービスを生業としていたあたしは、代表の文字にくしくも引っかかってしまった。
今思えばよ、
代表取締役が
あんなペラペラの名刺を持ってくる訳ないし、
あんな軽薄なトーンで話すはずもないのよねぇ。
そもそも、
あたし、素足にミサンガする男なんか
一番信用しちゃならねぇと思っていたのに....
少し話しててさ、
あ、もしかしてお客になるかもーなんて、
まあ、仲良くしててもいいかなと思ったのよ。
一通り話して、
交流会が終わったころ、
そいつが声かけてきたのよ、また。
「送りますよ、自分、車なんで。」
なんてさぁ。
送ってくれるなら送ってもらいたいじゃない?
そしたらさ、
「歩かせるの...あれだから、ここでちょっと待ってて。」
って駐車場から車回してきたのよ。
その頃は無駄にピンヒールとか履いちゃってたのよ、あたし。
テツはねぇ、
そんな時の機転は利く男なのよ。
マメってゆーか、なんてゆーか、
だから、馬鹿な女は騙されちゃうのよ、
あたしみたいなねぇ....
雑居ビルの前にベタ付けされた車見て
信じちゃったのよ、社長だってさぁ。
ダークグリーンのジャガーよ、ジャガー。
若い割に渋いセンスしてんなぁーと思ったわよ。
そりゃぁそうよねぇ。
自分の車じゃなかったんだもの。
その車、やつが雇われてる建設会社の社長の車だったよ。
アイツ、運転手してたのよね、その頃。
まんまと騙されたわ!
ミサンガやろーにね!
その後ね、
何度か会ったのよ。
仕事の相談と称してね。
その度に、
ちょっと小商売になりそうな、面白いこと言うわけよ。
実現するかしないかではなくて、
その頭の回転の良さに惹かれてったの。
今思えば、ズル賢いやつだったってだけなんだけどさ。
で、何度か会ううちに
......ヤッちゃったのよ、あたし。
まあまあ良いとこに住んでたし、
豹がくっついてる車にも乗ってたし、
信じたのよ、完全にね。
その時はねぇ、
あたし、何となく一緒に暮らしてた男がいたのよ。
優しい人でさぁ....
いつもあたしをお姫様のように扱ってくれた人。
「すずは僕の宝物だよ。」なんてさぁ....
でも、あたしって馬鹿じゃない?
そんな幸せに気がつかず、
その彼のこと退屈な男だなと思ってたのよ。
そんな時に知り合ったのがテツだったの。
話しも合うし、色んなとこ連れてってくれるし、
何よりアッチのほうもね....なんて言うか刺激的だったのよ。
前の彼は、オーソドックスなセックスをする人だったのよ。
気持ちいいわよ、それなりに。
でもさ、
良くも悪くも"普通"だったの。
はい、キスから始まる〜
おっぱい 触って〜乳首舐めて〜アソコも舐めて〜
はい!挿入!
........みたいなさぁ。
そんな中、ヤツはちょいと刺激的だったの。
久しぶりにカーセックスとかもしたわね。
若い時以来よ。
身体の自由がきかない狭さに興奮しちゃったわよ、あたし。ふふ。
そのうちね、
帰る家の比重が変わってったの。
元彼の家5、テツの家2だったのが、
逆転してね。
テツんち5の、元彼2
そのうち、ほとんど帰らなくなって、
気がついたらテツの家に転がり込んでたのよ。
なんて言うか、久しぶりにときめいたのよね。
"ティーンエイジャー初めての同棲!"
....みたいな感覚だったわ。
新鮮だったのよ、ままごとのような暮らしがね。
一緒に居れるだけでよかったの、その頃は。
でもメッキってさ、
剥がれるときは簡単なのよねぇ。
肩書きも「社長」....じゃなくて、「社長の運転手」
そう、ただの社長の運転手だったの。
なんで気がつかなかったんだろ?あたし。
お金もそんな持って無かったし、
ケチだったのにねぇ。
そか、お金ないから
ケチもクソもないのか。
マンションもね、
社長が愛人のために買ったマンションで、
愛人と別れたから
売りに出すまで住んでいいよって言われたから
その後のことなど考えず、暮らしてたってだけだったのよ。
あ、社長には可愛がられてたみたいね。
まぁ、それがわかった時は既に遅かった。
あたし、完全に惚れてしまってたのよ。
恋は盲目って言うの?
そんなの自分がなるなんて思っちゃいなかったわよ。
何でそこまでハマったのかって?
それはさぁ、エピソードがあるのよ。
聞いてくれる?
聞いてくれなくても勝手に話すんだけどさ。
ある時ね、
テツの仕事の帰りが遅くなるって日にね
家のインターホンが鳴ったのよ。
はぁーい、なんてモニター見てみたら
女が立ってたのよ。
彼女はインターホン越しにこう言ったのよ。
「彼とお付き合いさせて頂いてます....」てね。
暗い顔して立ってるのよ。
怖いわよね?
普通、やっぱり怖いわよね?
あたし、なんだかわからないけど、
気の毒になってしまってね、
お家にさ、
上げてしまったのよねぇ。
昔からね、そんなとこあんのよ、あたし。
子どもの頃さ、
捨て犬、捨て猫、必ず連れて帰ってくる子だったしね。
鶏を連れて帰ったときは
流石に家族に呆れられたわよ。
あ、鶏はね、近所の婆さんが
もう歳で世話出来ないからってので、
あたしがやるよ!って意気込みだけで
連れて帰ったのよ。
結局、あたしの熱意に家族も負けちゃって、
うちで世話することになったの。
数年経ったある日、
うちで宴会が開かれたのよ。
父親の飲んべえ仲間が数人来ててさ。
その日から、
ぴーすけが居なくなったのよ。
あ、ぴーすけね、鶏の名前ね。
探しても、探しても見つからなかった。
そりゃそうよ、
その日の宴会の鍋の具材になってたのだもの。
笑えないわよ!
そりゃあ、ショックよ!
もう、父親とは一生口聞かない方向だったわよ。
うちは貧しかったからね、
大人になった今なら理解でき....やっぱり、出来ないね!
今となっちゃあ、まあ、想い出だけどもねぇ。
そんなだからさ、
その、彼女を名乗る女のことも
家に入れてしまったのよ。
玄関を開けたら、
色の白い、ぽっちゃりした女が悲しそうに立ってたの。
なんだかね、抱きしめたくなっちゃったわ。
家に上がってもらって、話しを聞いた。
テツと彼女はマッチングアプリで知り合ったんだって。
そして、4ヶ月ほど前から半同棲をしてたらしい。
で、ここ2ヶ月ほど、
仕事が忙しいからって理由で
家に来ることを拒まれていたんだそうな。
2ヶ月前って....あたし、初めてここに泊まったのよねぇ。
彼女、結婚の約束もしてたみたいでさ、
どうせ結婚するからって
避妊もしないでセックスして、
生理来ないから妊娠したのかもって思って、
そのことテツに伝えたくて
ずっと連絡してたんだとか。
で、この前、
あたしとテツがマンションに入っていく姿を見たんだとか。
パニックだよね、そんなん。
結婚するはずの男が
派手な女と、
腕組んでマンションに入っていったんだもんねぇ。
その日は頭が追いつかなくて、
そのまま帰ったらしいんだけど、
本当のこと知りたくて、
彼に直接聞くために今日は来たんだって言うのよ。
あたし、彼女は気の毒だと思ったのだけど....
女って馬鹿よね。
彼女に取られたくないなんて思ってしまったのよ。
そうこうしているうちにテツが帰って来て、
「サプラ〜イズ!」
あたし、デカイ声で叫んでやったわ。
あたしと彼女の姿を見て
見る見る血の気が引いてったわよ、あいつ。
彼女は、淡々とやつに現状を話し始めたの。
結婚出来ると思ってたこと、
だから、避妊もせずセックスをしていたこと、
責任を取って欲しいこと
そんな感じのことをやつに言ってたわね。
どうするの?って問い詰めたらさ、
あたしと一緒に暮らしたいから
その女と別れるって言うわけよ。
あたしね、やっぱり馬鹿だから
少しね、嬉しかったのよ。
彼女の気持ちも考えずにさ....
問題は彼女のお腹に赤ちゃんが居た場合
どうするかって話しだった。
彼女が
「妊娠してたらどう責任取ってくれるの?」
そう問い詰めたのよ、テツのこと。
そしたら、やろーは何て言ったと思う?
「ほんとに俺の子?」だってさ!
あちゃーって思った。
それ、妊娠させたかも知れない女に
絶対に言ってはいけない言葉ナンバーワンじゃない?
そしたら彼女、顔真っ赤にしてぶるぶる震えだしてさ。
そして、持ってた鞄に手をかけて
顔を上げたの。
そして、一言「ふざけんな!」って。
そりゃあ、言いたくもなるわ、
こんなクズ男。
でさ、激情した彼女の手には、
大きめのカッターナイフが握りしめられてた。
あれ?いつのまに?って感じよね!
彼女はそのまま、テツに切り付けたのよ。
ほんと、あっという間の出来事だった。
咄嗟に自分の顔を庇ったのか、
テツの手にカッターナイフが当たってさ、
ぽたぽた血が出たのよ。
それ見て、彼女が半狂乱になっちゃってね、
あまりにも大声で叫ぶものだから
隣の住人に通報されちゃってねぇ。
警察が来て、事情を聞きたいからって連れてかれちゃったの....
勿論、その場に居たあたしもね....
テツは救急車で運ばれてった。
ううん、3針縫うくらい大したことないわよ。
大袈裟にすんなって話しだけど
一応、血を流してたからね。
警察もしゃーなしってとこじゃない?
まあ、その後、テツも随分根掘り葉掘り聞かれたみたいね。
結局、うちわモメってことにして、
訴えなかったのよ。
それで彼女も釈放された。
当たり前だよね?
クソやろーが悪いよ、完全にね。
彼女をそこまで追い詰めた....知らなかったとは言え
あたしも同罪だよ。
その後、彼女が親御さんに連れられて
謝りに来たのよ。
彼女、結局、妊娠してなかったんだって。
良かったわよ、
こんなクズの子どもを身篭らないでさ。
それでね、
彼女が、あたしにこう言ったの。
「彼をお願いします。」ってさ....
なんだろう?
あたし、なんか使命感を感じちゃってねぇ。
気がつくと「はい。」って答えてた。
けど、それでは終わらなかった。
そのことが。どう言うわけか社長の耳に入って、
彼は会社をクビになったのよ。
おそらく、近くに住んでた同じ会社のやつが
チクったんだと思うわよ。
テツってば要領いいのか
大したこともしてないのに、
社長に、えらく可愛がられてたからねぇ。
やっかむ人もいるわよ、そりゃぁ。
社長にしても、
可愛いがってただけに、
二股の末の流血事件じゃない?
しかも、自分のマンションでさ。
そりゃ、愛想も尽きるってもんよねぇ。
会社の評判も悪くなるだろうしねぇ。
当然、マンションも追い出されるわよね。
その時にね、
別れちまえばよかったのよ、あたしも。
でも、何も無くなってしまったテツを
どうしてもほっとけなかったのよ。
ううん、愛じゃないわよ、きっと。
来週にはマンションを出てかなきゃいけない、
でも、それなりのまとまったお金も無い、
どうしようかって時に、
知り合いのね、社長に相談したのよ。
彼はねぇ、手広く風俗やってたからね、
もうねぇ、最終手段だよね。
そしたらさ、
ちょうどメンズエステを始めようと思って
セラピストを募集するところだったのよ。
メンエスって何するとこか知らなかったけど、
とにかく、風俗ではないってんで
お金を借りる代わりに
そこで働くことにしたの。
住むところまで紹介してくれたわ。
良い人過ぎて、足向けて寝れないわね、ほんと。
メンエスの仕事を始める前に、
研修みたいなものがあってさ、
そこの店長を施術するのよ。
Tバックの紙ショーツね、
男性が履いてるの。
初めて見たわよ。
今となってはもう見慣れたものだけど、
初めて見たときは
なかなか衝撃的だったわよ。
そしてね、
オイルを使ってマッサージするのね。
鼠径部は足を曲げてね、
結構際どい所までマッサージするわけよ。
これをメンエス用語で"カエル足"て言うの。
その後、四つん這いになってもらったりねぇ。
風俗じゃ無いってだけで、
やる事は中々なことだよなぁって思ったわね。
ま、それでもさ
背に腹はかえられぬからねぇ。
あたし、元々マッサージも得意だしね、
調子に乗るタイプだからね、
こう言う仕事、向いてたんだわ。
なかなかの売れっ子になったわよ、すぐに。
まあまあ稼いでたわね。
月50くらいは稼いでたね。
テツ?
仕事を転々としてたわね。
もうその頃にはすっかり冷めてしまってたけど、
たまにセックスはしてたわね。
気持ちいいけど、
お互いの身体を使ってマスターベーションしてるようなもんだったわね。
愛があるのかって聞かれると、
全く答えられないわね。
そんなだからね、
他の女とも寝てたわね、あいつは。
バレバレよ、もう。
すぐに別れられなかったのは、
やっぱり、元の彼女の事があったからなのかもねぇ。
その頃からかな、
あたしから笑顔が消えてった。
笑えないのよ、うまく。
眠れない日が何日か続いた時にさ、
お店の女の子にさ、
「眠れる薬だよ」ってもらったやつ飲んだりしてたわ。
眠れるのよ、
ほんと、いつ眠りについたかわからないくらいよ。
眠れるのだけど、だいたい3時間くらいで
目が覚めるのよね、あれ。
そんな強いやつじゃなかったのかな?
12時に飲むじゃない?
さしたらさ、夜中の3時に目が覚めちゃうわけよ。
飲み足すのも、なんか....ねぇ、怖いじゃない?
その薬が一体なんで出来てて、
本当はどんな飲み方するのかなんて聞いてなかったもんだからさ、
睡眠薬って、いっぱい飲んだら命に関わるってのだけはわかった。
だって、ドラマとかでやってるじゃない?
睡眠薬、いっぱい飲んで死のうとするやつ。
だから、飲めなかった。
こんなでもね、
死ぬほど辛いってわけじゃなかったからねぇ。
目が覚めたころ、テツが帰ってくるわけよ。
聞かないわよ?
何処で何してたのーなんて聞いても
ほんとのこと、言いやしないでしょ?
嫌なのはさぁ、
ベッドが一つしかなかったことよ。
しかも、シングルよ?
何処かで女とヤッてきたやつと、
一緒のベッドで寝るってさ....
地獄よね、全く。
身体なんか、絶対に触れちゃうじゃない?
だって、シングルだもんね。
当たった箇所から毒キノコ生えていきそうな気分だったわよ。
病んでたのかなぁ...あたし。
だって眠れなかったもんね、やっぱり。
毎日ね、何でコイツと一緒にいるんだろ?って思ってたのよ。
思ってるのにさ、
家から出て行けないのよ、なんか。
好きだったんだろうか?
未だに何故、惚れたのか、
どこが好きだったのかもわからないままよ。
浮気性の甲斐性無し、
嘘つきってゆーオマケまで付いてんのよ、あいつ。
そんな男を養ってさ、
小遣いまであげてたんだからね、あたし。
今思えばね、完全に依存だよね。
あたしが居ないとダメなんだ、
他の女では無理なんだって思いたかったのよ。
それで、自分の価値を保ってたんだわね、きっと。
ダメなやつを食わしてるってことで
人間として優位に立ちたかっただけなんだよね。
最悪だな、あたし。
その後、別れは突然やってきたわね。
夜中にね、携帯が鳴ったのよ。
知らない番号は
いつもなら出ないのだけど、
何かね、その時は出ちゃったのよ。
ムシの知らせ?みたいなやつかな。
警察からだった。
何事よって感じよね。
内容はこうよ。
テツが女の子を強引にホテルに連れ込んで
ヤろうとしたとか何とかで、
その女の子が、逃げて交番に駆け込んだと....
で、途中まで追いかけてきてたテツは、
あっさりポリスに捕まったって。
結局、
最初についてった女の子にも多少の非はあるってことで、
お咎め無しになったらしいのだけど、
一応、家族に連絡を入れて
テツを引き取りに来てもらおうとしたみたいなんだけど、
あいつの家族は、それを拒否したらしいのよ。
あんまり、仲良くないのは知ってたけどねぇ。
ま、30超えて未遂事件を起こすような馬鹿息子は
いらないってことなんじゃないの?
で、仕方なし、
一緒に暮らしてるあたしのところに連絡がきたってわけよ。
あたし?
もう、どうも思わなかった。
感情がね、
....無かった。
あいつを迎えに行かずにね、
そのまま家を出た。
3日分くらいの服をスーツケースに詰めてね....
とりあえず、お店に行って
その日は事情話してお店に泊めてもらった。
お部屋がたまたま余ってたから
ほんとラッキーだった。
メンエスってさ、
個室で施術するんだよね。
だから、夜から朝までのシフトの子もいてね。
埋まってるときは埋まってるのだけど、
その日はラッキーだったわね。
あ、アンラッキーだったから、
帰るとこなくてお店に来たんだわ、あたし。
アンラッキーのちラッキーみたいな?
変な話しね。
その次の日は、
そのままお店で仕事してね。
テツから鬼電入ってたけど、
全部無視。
お店の場所は教えてなかったのよ。
何かね、教え無かったんだよね。
それだから、
お店に乗り込んでくるなんてことも無かったわよ。
その日の仕事が終わって、
そのまま、マネージャーに「辞めます。」って伝えてさ....
マネージャーの話しも聞かず
さっさとお店を出てきちゃたよ。
不義理だよねぇ...あたし。
わかってるわよ、
散々お世話になっといてねぇ。
後ろ足で砂かけるようなことしてさ、
最悪だよね、あたし。
でも、もう、何も考えられなくなってたのよ。
だからって許されやしない。
わかってる。
でも....
気がついたらね、
前の男のマンションまで来てしまってたわ。
まだ、前の男が
あたしのことを思ってくれてるって知ってたからさ、
だから、何とか泊めてもらおうなんて思ってたのよ、最初はね...
いや、ほんと狡いよねぇ、あたし。
自分で自分が嫌になるよ。
インターホンを押すの、3回ほど躊躇った。
逆に3回しか躊躇わなかったわね。
「はい。」
懐かしい彼の声だった。
その声聞いてさ、
膝から崩れ落ちちゃったのよ。
涙とかよだれとかで顔はぐしゃぐしゃよ、もう。
そしたらさ、
オートロックの所まで
彼が降りてきてくれたのよ。
それで、何も言わずに
あたしを抱えてね、
お部屋まで連れてってくれた。
お部屋もね、
懐かしい匂いがしたなぁ。
お部屋についても
何も聞かずにね、
隣でずっと背中さすってくれてたわ。
そしてね、
「少し、痩せたね...」って言ったのよ。
彼の顔を見上げたら、
なんだか彼も泣いていたの。
それで、二人で泣いて....
あぁ、あたしは、
彼のこういう所が好きだったんだよなぁって
久しぶりに身体が温かくなるのを感じたわ。
血が通っていく感じ?
あれから2年、
来月、結婚するのよ、あたし。
「すずは、俺の宝物だよ。」
今もそう言ってくれる彼と、
お腹の中の新しい命と
3人で暮らしていくわ。
そうそう、
お世話になったメンエスのマネージャーに
結婚の報告をしたのよ。
今更、どの面下げてーなんだけど、
どうしても報告したくって電話したのよ。
そしたら、電話越しに泣いてくれてねぇ....
嗚呼、こんな所でも
あたしは守られてたんだなぁってね。
あたしも泣いちゃった。
ありがとう、ありがとうって
何度も言ってね....
色んなセラピストがいて、
色んなお客が来てさ、
みんな、人には言えない
色んな事情を抱えてさ。
お客にとっては、傷ついた羽を癒しに来るところ。
あたしたちは、それを癒す天女なのよ。
それで、この世には実在しないの。
外の世界に一歩出れば現実世界が待っているのだけど、
ここに来れば、束の間でも逃れられる。
そして、身体も心も魂すらも
癒し、癒される。
ここは桃源郷のようなものよ。
メンズエステは、
あたしに色んなことを教えてくれたよ。
人はね、皆んな
よろしくない仕事のように言うけど、
少なくともあたしにとっては救いの場所だった。
今も、何処かで誰かを癒す天女がいる。
そして、そこで傷ついた羽を休める男たち。
時代が移り変わっても、
決して無くなることのない
そう、そこは桃源郷なのよねぇ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
色んな感情が交錯する場所、
メンエス。
そこに働く女たちは
それはそれは
沢山のドラマを抱えてそこに立っている。
昔々から、
無くならないのは
女性が男性を癒す商売。
それによって救われる男性がいる。
救われた男性はまた
愛する者たちを幸せにするためのエネルギーを
身体中に巡らせる。
世の中は循環、
メンエスや風俗は
決して卑下するような商売では決してない。
世の中に必要だからこそ、
時代を超えてもなお
残り続けているのだから。
妻が夫を癒す。
それが本来ならば、
何故、男たちは嬢たちのもとへ
足繁く通うのか?
妻や家族への愛を巡らせるために、
男たちのエネルギーを満タンにすることは
とても大切なこと。
その役割を担っているのが
メンズエステで働く女たちなのだと思う。
そう、ここは桃源郷。
ここを出れば魔法はとけ
また厳しい荒波へと航海を急ぐ男たち。
その束の間の安息の場所。
そんな男たちにとって
彼女たちは、菩薩であり天女であるのだ。