森の奥の聖なる場所~洞爺湖中の島
【遊月パワースポット物語 その8】洞爺湖中の島
「北海道で1、2を争うパワースポットなの。一緒に行かない? 」
昼休みに休憩室でお弁当食べていると、沙月に誘われた。
同期の沙月はパワースポット巡りが趣味で、休みのたびにどこかに行き、山へ登ることもあると話していた。そのせいなのかいつも元気そうで、同じ歳なのに肌もきれいで私よりずっと若く見える。
「梨奈、前にパワースポット行ってみたいって言ってたじゃない。
ほのかと洞爺湖に行くことになって、車だしてくれるっていうから、よかったら行こう」
「うーん、ありがたいけど」と断りかけると、
「忙しいなら日にち合わすよ」と意に介さない。
パワースポットに行って運気を上げるのは興味はあるけど、沙月が行く場所は観光客がいかなそうなところで、本格的だと聞いているし。
どうしようかと迷っていると、
「おうちのこととか、彼氏と別れたこととか、仕事のこととか、人生変えたいって言っていたじゃない」
沙月の隣でほのかが少しだけイラついていた。
「自分を変えたいとは言うけど、実際に何も行動しないままで、人生が良くなるわけないじゃない」
ほのかにそう指摘され、行動力がないと言われたみたいてちょっと凹んだ。
でも、そう言ってくるほのかの顔を見て、強くなったなぁと思う。
入社したての頃は1番気が弱くて、きつめの先輩にいじめられてトイレで泣いていたこともあるのに。
いつの間にか自分のことをはっきり口に出すようになったな、と改めて気づいた。
支笏湖のレストランの予約取るし、ドライブがてら行ってこよう。
沙月のその一言が私の背中を押してしまった。湖畔のレストランは前から行きたいと思っていたのだ。
わかったじゃあ行くとうっかり答えてしまった自分を呪っている。
札幌を出た時は曇っていたけれども南下するにつれ雨雲が出てきて、湖に着いたときは小雨が降っていた。
湖は波が立ち海みたいだというのに、2人は全く気にする様子はない。仕方なく遊覧船で島へと渡った。
パワースポットの大平原までの入り口は結構やばかった。
アメリカの映画でよくある明らかにヤバめの森のような原生林で、驚くほど背の高い木が、恐竜のようにそびえている。
自分の身長より高い謎の巨大な植物が道の両側に続いていて、もののけが森の侵入者を阻もうとしているみたいだった。
「一体何がそんなに怖いのかわからない、きれいな景色じゃない」とほのかは笑い、「パワーが強いから圧倒されてるのかもね」と沙月が言った。
「シンプルに野生味の強いジャングルのようで怖いだけなんですけど」
「そこまで野生味強くないよ。
鹿はこの中にかなりの頭数がいるみたいだけどね」
沙月の言葉で頭の中に、巨大な角をこちらに向けて睨みつけている雄鹿の姿が浮かぶ。
こんなことまでしなければ運気をあげられないなら、低迷したままでいいと、ネガティブな気持ちになる。
森を進むと雨足がどんどん強くなってきた。
秋のはじめの湖上の島は十分寒く、濡れないように着込んだビニールのジャンパーに雨が染みて、腕や肩が冷えてくる。
おろしたてのスニーカーが泥だらけになるのが嫌で、なるべくぬかるんでない場所を選んで進む。
沙月もほのかも、楽しそうに植物の写真を撮りまくっている。私は泥の山道を下を向いて一歩また一歩と、歩くので精一杯だった。
不思議な洞穴があると沙月が声をかけてきたので、立ち止まってしゃがみ込む。
斜面に岩がゴツゴツ埋まっていて、岩間から冷たい風が吹いてきた。
「いったいどこからこんな冷たい風が吹いてくるの? 」
「わからないんだって」
何故かわからないけど、どんよりした気持ちだったのに、冷たい風に手を当てているうちに、だんだん気持ちが軽くなってきた。
「パワースポットと言うよりは浄化スポットだね」
ついそんな言葉が口から飛び出す。
沙月は頷いて
「パワーを受け取るためにはね、浄化がセットなの。
神社で神様にお参りする前に手を清めるように、大きなパワーを受け取る場所には、こうした浄化スポットがセットになっていることが多いのよ」
沙月の話は面白いと本当は思っていた。もっとちゃんと聞きたいのに、茶化したり、興味ないふりをしたりして。いつも少し遠くから見ていた。
沙月と出かけるようになって変わったほのかのことも、頑張っているなって思っていた。
でも私は正面から頑張ることをさけてきた。必死で頑張ることをちょっとかっこ悪いと感じる自分がいたから。
でも、ほのかがどんどん柔らかくなり、楽しげに笑うようになるのを見ていて、本当は羨ましく思っていた。
私も、変われるだろうか。
「浄化って気持ちいいんだね」
と言ったら沙月が微笑んだ。
「入り口の時と顔違ってるよ」
とほのかが言う。
いつもなら、そんなことないと否定するところだけど、本当にそうだと私も思っていた。
入り口では森は私を拒絶しているように見えたのに、今は違う。
森は柔らかで清々しかった。
「パワースポットはもう少し先だよ」
沙月は立ち上がると、ぬかるんだ道を気にすることなくざくざく進む。
足が汚れることも、体が雨に濡れることも大して気にならないようだ。
森が私の中にあった澱んだ何かをどんどん吸い上げて、代わりに透明な緑のきれいな光がそこかしこから私の中に吸い込まれてくる。
地面のことを気にするのはやめた。
私は空と、あたり一面の生き生きと輝く木々を見上げながら歩いた。
雨は少しずつ小降りになっていた。
木々の間を縫う自然道の先に、開けた場所が見えた。
「あれが大平原? 」
「そう」
自然と、歩調も速くなる。
斜面の階段を小走りに降り、平地に降り立つ。
周囲を山に囲まれたその広場は、昔ばなしにでも出てきそうな懐かしい風景だった。
正面の山の頂から白い雲が立ち上がっていて、まるで龍が空に登っているみたいだ。
ふと、お母さんにも見せてあげたいと思った。
急にそんなことを思ったのは、ここがあまりにのどかだったからかもしれない。
退職して二年が過ぎた頃から、お父さんはいろんなことがわからなくなった。今は、ヘルパーさんに協力してもらってなんとか過ごしている。
お母さんはお父さんの介護をするようになり、今まで以上にキツくなった。
時々様子を見に帰るのだけど、何もわからなくなったお父さんに強い口調で文句を言い、私に対しても、あんただけ好き勝手に生きていると言って、責め立てた。
悪いとは思うけど仕事もあるし、なんとなく実家に帰るのが億劫になっていった。
でも、心の底では逃げている自分を責めていた。
変わりたいとか、人生良くしたいとか。そんなことを望むことさえ贅沢に感じる。
こんなふうに友達ときれいな景色を観に来られる自由をありがたいと思った。
お父さんが泊まりの時に、お母さんをここに連れてきてあげようかと思う。
腰も膝も悪いし、さすがにこの道はきついかな。だったらせめて、船でこの島に来るくらいなら、できるかな。
ここまで来なくても、とりあえず来週実家に帰って、お母さんの話を聞いてあげよう。
怖いけど、お父さんのことにも向き合っで、どうしたらいいのかキチンと話し合おう。
お母さんが頼れるのは私しかいないのだから。
ぼんやりとそんなことを考えていると、
「今とても優しい顔していたよ」
と、いつのまにか沙月が隣にいて声をかけてきた。
「パワースポットに来ると人生が急激に良くなると思っている人もいるけど、たしかにいい方向には行くけどね、運命なんて突然変わったりしないのよ。
明日から幸運な出来事がどんどんやってくるわけじゃない。
でもね、よくなろうと思ってこんな大変な道をね、一歩一歩と歩いているうちに、歩いてきた人にしか見ることができない、こんな景色が見えるんだよね。それがもういいことなんだって気づいたら、人生が急に素晴らしいものに見えたりするの」
「沙月の言いたいことなんかわかるよ」
「なんてね。偉そうでしょ」とケラケラと笑う。
「沙月は何かきっかけがあったの? 」
「パワースポット巡りのこと? 」
「そう」
ほのかも興味ありそうな顔でこちらを見た。
「そんなの別にないよ」
ふふっと楽しそうに笑う。
そうなのかなと思う。今までは沙月のことを、悩みのない元気な子だと思っていたけど、もしかしたら何かを抱えて、人知れず頑張っていたのかなと思った。
「梨奈と仲良くなりたかったから、一緒に来れて嬉しい」
臆面もなくそんなことを言われて戸惑う。
「あ、私も」
ほのかにもそう言われ
「わ、私も」
と答えたら、
「じゃあ三人でまた一緒にどこか行こう」と沙月が笑った。
「うん、でも、レストラン、このドロドロの格好で行くの? 」と私が聞くと、
「たしかに!やばいかも」と初めて気づいた顔をするので、三人で笑った。
今度からパワースポットに行くときは、替えの靴も持ってこようと思った。
雨は完全に上がり、青空から光が射してきて、世界が本当に美しく輝いた。
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