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甘いもの好きゲンさんのうわ言#短編小説(約2200文字)
甘いもの好きのゲンさんが、救急搬送された。
救急隊からは直ぐに、かかりつけの病院に連絡がきた。救急車の到着を待ち受けていた医師と看護師がカルテを開きバタバタと検査治療方針を組み立てながら、治療を開始した。
意識不明の原因には、いくつかある。それを想定しながら鑑別診断し検査を組み立て、治療にあたる。
指導医は、患者情報を手短に言った。
「患者は心臓冠動脈三枝病変、心筋梗塞の既往あり。冠動脈はボロボロ。糖尿病あり。当院に通院中だ」
治療を進めながら、一段落したところでまた言った。
「とりあえず意識不明の患者が搬送されたらバイタルを診ながらモニターする。ルートを確保し同時に採血。採血データで直ぐ見られるのは血糖値だ。
ここなら、そんな事ができるけど、血糖測定もできない災害現場や地方の診療所、訪問診療ならどうする?」
彼は患者を治療しながら、ちょっとした質問を投げかけ研修医を指導していた。
「血糖を下げる治療をしている糖尿病患者が意識不明になったら、まず50プロの糖(50%グルコース)を20〜40ミリリットル静注する。低血糖なら『ムクムクッ』とすぐ意識が戻るから覚えておくといい。CTとか余計な検査をする前にね。後はデータ結果を見ながら進めていく」
彼女は研修中だ。指導医の話をいちいちポケットサイズの手帳にメモしながら一生懸命に聞いた。(令和の今ならスマホだろうか)
世間がクリスマスの陽気に賑わっていた時期も、キラキラしたオシャレとは無縁。オールシーズン半袖の白衣を着て過ごす。移動中も薄手のシャツの上に羽織るジャケットが変わるだけで、中の服装に四季は無い。
そんな年の瀬に運ばれてきた急患の治療に張り付いていた。
結局、ゲンさんは「高浸透圧性高血糖」と診断され、直ちに治療が開始された。
ICUの管理下でバイタルは看護師が三交代でフォローした。
研修医は動脈血を採取しpHを監視する。頻繁に血糖値、電解質を見ながら指導医に報告。それらをもとに治療方針を進めていく。
まずは即効型インスリンを点滴静注し血糖値をさげていった。高浸透圧性の場合、血行動態をみて生食の半分のハーフセーリン(1/2生理食塩水)点滴に変更する。
ICUの心電図モニターでは狭心症発作、不整脈をチェックしていた。彼は心筋梗塞の併発のリスクも高いからだ。
血糖値は下がってきたものの、高齢でもある彼の状態は悪かった。DIC(播種性血管内凝固症候群)になり、あちこちに血栓ができる最悪も想定された。
彼女は中心静脈圧の測り方をこの時、初めて循環器ドクターから教わった。
「年の瀬や正月を持ちこたえさせてあげたい」と彼女は心に思いながら、シャワーを浴びるだけの帰宅で自宅往復をして、ほぼ病院に詰めた。
昏睡から意識状態は次第に回復していったが、まだ予断は許されない。
たくさんのチューブに繋がれベッドに横たわるゲンさんは、うわ言を呟いた。
「…ア、アメが食いたい」
「うん?!」
確かに聞こえた「飴食べたい」発言。
「ゲンさん、うわ言の第一声がアメか…?!」
(さすが糖尿病患者だ。そんなに甘いものが好きなんて)
もう危篤一歩手前のゲンさんの願いを叶えたい。
指導医に報告すると、目尻を下げて言った。
「ゲンさん、甘いもの大好きだからな。もう命との闘いなんだから、血糖値少々上がったってインスリンで調整したらいいから。よし!食べさせましょう」
すぐさま、ナースステーションでこの事をディスカッションした。
「アメか…ゲンさん、甘いもの好きですからね」
「こんな状況でも甘いもの食べたいなんて、さすがよね」
「でも今の状態だから誤嚥のリスクもあるでしょう?どうします?」
「うーん…」
みんなで「リスクなくアメをどう食べさせてあげるか」そのやり方を考えていた。
ハッと思いついた研修医は言った。
「ペロペロキャンディーは?」
「まあ、それ、いいんじゃないですか?」
「おおー」と言う歓声の中、師長は言った。
「先生、カルテに指示をお願いします」
「ペロペロキャンディー1本処方します!」
アメを舐めたゲンさんは、満面の笑みを浮かべた。
「う、うまい…」
「ゲンさん、良かったね」
不思議なことにゲンさんの病状はそれから目を見張るように回復していった。あのアメが生きる意欲につながったのだろうか?それはわからない。
それからも襲った糖尿病合併症の動脈硬化フルコース。腸閉塞、軽い心筋梗塞、脳梗塞という、いくつもの危機をゲンさんは見事にクリアしていった。
年が明けた二月。
ゲンさんは自分の足で歩けるまで回復し、徒歩で退院することとなった。
「ゲンさん、良かったですね」
彼女は言ったが、ゲンさんは研修医の彼女の顔は覚えていない。
キョトンとした表情でとりあえず
「ありがとうございます」と軽く会釈して、ゲンさんは退院していった。
ゲンさんの退院は、ちょうど今頃…
梅の咲く頃だった。
「もう命との闘いなんだから、血糖値少々上がったってインスリンで調整したらいいから。よし!食べさせましょう」
生命の可能性を信じる医療者にとって大切なことを彼女は教わった。
もちろん甘いもの好きの患者に、甘いものを食べたぶん、インスリンを増やしていいという話ではない。
それは通常の時には適応しない。極限の状況での主治医の判断である。
ゲンさんの危機を救った患者に寄り添う上司の力強い言葉は、あの時、研修医だった彼女の心に何年たった今も響いている。
※注意⚠️
糖尿病の患者が意識不明の時、甘いもの好きな人だからアメを食べさせて治すという話ではありません。
様々な治療の手を施した上での「ひとつのエピソード」です。
もちろん糖尿病患者さんの日常治療では、日頃の血糖コントロールのための食事療法が大切です✨
#シロクマ文芸部
小牧幸助さん、いつもありがとうございます♪
#甘いもの
企画に参加させて頂きます!
よろしくお願い申し上げます😊