#1 「#短編を10作品選んで史上最高の短編集を作れ」を作ってみた
Xを見ていたら、タイトルのハッシュタグをみつけて、いろいろ考えているうちにある程度まとまった文章で書きたくなった。
下に書いたのはどれも好きな小説だけど、言いたいことがたくさんあるものと(そこまで)ないものが混在していてコメントの長さはまちまちですが、気になる小説があったら読んでみてください。
久生十蘭「黄泉から」
さっそく暗いトピックのものになってしまうけど、これは死者を悼む話だ。
生きている人が、この世からいなくなってしまった人について語ってみたり、その人が好きだったものを用意してみたり、多角的に故人のことを思う話。ことばやモノでかたどることで、あぶり出しのように徐々にその人のイメージが去来して、いつの間にか自分のかたわらにいるような気さえしてくる。そういった死者との向き合い方を書いている気がする。そんな感じなので、これは夏に読むのがよいと思う。
笙野頼子「タイムスリップ・コンビナート」
短篇というより中篇と言っていい長さだけど、異常なスピードで言葉が入ってくるので、読んだ印象としては何かヤバいものがすごい速さで脳を通り過ぎていったという感じ。
木下古栗「絆」
めちゃくちゃだけど、なんか真摯な作品でもあると思う。
岡本かの子「鮨」★ (★:青空文庫で無料で読める。以下★は同)
鮨が出てくるところのスピード感と盛り上がりが異常。
神西清「青いポアン」★
これは個人的趣味として好きな小説。少女革命ウテナ的な世界観with硬質な文体。
牧野信一「西瓜食ふ人」★
沼れる小説。信頼できない語り手の要素もありつつ、幻視的な部分も多く、訳が分からないけど読んでてたのしい。
マルグリット・ユルスナール「老絵師の行方」
とても優美な小説。欧米人が描いたアジアという点で、作者がそうと狙っていないであろうシーンにも一つひとつ幻想的な雰囲気があっていい。
ミゲル・アンヘル・アストゥリアス「大帽子男の伝説」
実はこの記事は、ほとんどこの小説を紹介するために書き始めた。
本作は岩波文庫の『20世紀ラテンアメリカ短篇選』に収録されている1篇。傑作と名高いオクタビオ・パスの「青い花束」が収録されていることから購入したこの作品集。期待どおりに「青い花束」もとても美しい小説でよかったけれど、この「大帽子男の伝説」がとにかくヤバかった。多彩で濃い味の小説が並んだこの短篇集の中でも一作だけ群を抜いてエッジがありすぎた。この本を読んだ人全員に「『大帽子男の伝説』が特にヤバくなかったですか?」と聞いて回りたい。
ミゲル・アンヘル・アストィリアスはグアテマラの小説家。「マジックリアリズムの祖」と呼ばれているらしい。オリジナルの力、強すぎるだろ……。何もない所からいきなり神聖な建築物や果てしない自然物が現れるところ、なんかの狂った描写が幻想文学的に心地よかったりもするけど、何をおいてもその後の物語が結末に向かうときの切れ味がすごすぎた。ストーリーラインを丁寧に構築することの無意味さを読者に突きつけてくるような飛躍が最高だった。
ハーマン・メルヴィル「書写人バートルビー」(「モンキー ビジネス2008 Spring vol.1 野球号」収録)
メルヴィルは『白鯨』とか『ビリー・バッド』が有名だけど、恥ずかしながら、今のところ自分はこの作品しか読めていない。これは究極のキャラクター小説だと思う。とある法律事務所に、午前だけまじめに仕事をする男と午後だけまじめに仕事をする男と、うっすら世の中を舐めている男が、主人公のもとで働いている。こんな癖が強い彼らのところに突如として現れた生真面目な男がバートルビーだ。どんな作業も寡黙にこなし、最初のうちは主人公を十分満足させていた彼だけど、ある日を境にどんどん何もしなくなっていく。仕事をしないだけでなく、生活のあれこれもすべて、ただ単に「何もしない」方に向かっていく。その様が意味が分からなすぎて、ひたすら怖い。
仕事面でも生活面でも、他人に要請されることをすべて拒絶するバートルビーの断り文句は決まっている。それは、原文では"I would prefer not to." これに訳者の柴田元幸は「そうしない方が好ましいのです。」という日本語を当てている。誰だって仕事をしたいかしたくないかと問われたら「したくない」寄りになるのは当たり前だけど、「そちら側」に完全に振り切ったとき、主人公をはじめとする周りの人間たちがどう反応し、どんな行動をするのか、という思考実験的な作品ともとれる。笑えるのに、どこか切実さがある。
哲学者のジジェクが、この文言が大きく書かれたTシャツを着てインタビューに応じている動画がある。数年前、これの切り抜きがTwitterに流れてきて、何気なく再生したらTシャツの文言がそうだったので驚いた。このTシャツめっちゃ欲しいんだけど、どこかで買えないかな。
https://www.youtube.com/watch?v=Zm5tpQp6sT4
アドルフォ・ビオイ=カサーレス「愛のからくり」
カサーレスは、ボルヘスの親友としてかの名作『伝奇集』にも登場している。彼の作品の特徴としては、ボルヘスよりも読みやすい、普通にエンタメっぽい、愛とか恋とかを真正面に扱うときもあってかなり青臭い、でも幻想性は抜群で何を読んでも安定して面白い…と言った感じでしょうか。近年に翻訳された長編の『英雄たちの夢』がすばらしかった。「愛のからくり」は、そんなカサーレスの特徴が端的に味わえる作品だと思う。
以上です。なにかおもしろい小説があったら、教えてください。
それはそうと、先月から『百年の孤独』をちびちび読んでいて、やっと全体の6割近くまできた。このまま盆休み中にガっと読み終えて、放心状態で休み明けの仕事を始めたいと思っている。