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生きているからこそ

正解を求めるものではない。正解なんてない。でも、どうすればいいのかわからずにいる。

私は老人ホームのアルバイトをしている。
資格とかなんにももってないので利用者さんとお話しする時間がほとんど。

今日初めてお話ししたその方は、ろれつがうまくまわらない。
でもそんなことを気にせず、自分の話し方を自然に貫いていた。
少なくとも初めは、気にしてないんだと思った。
だから言葉を聞き返されるのは不快かもって思った。時々わからなかった言葉は、失礼かもしれないけど、想像しながら聞いていた。
だから聞いた話は着色されていて、ほんとうは全然違う話をしていたのかもしれない。

最初は自分の話し方がおかしいとは気づいていなかったと。
友達に何回も聞き返され、言ってることがわからないと言われて。
加齢かもと病院に行ったら先生に笑われた。笑われたということは加齢じゃないってことでしょう?と。

哀しい顔というものはこういう表情なのだと思った。でも本当に私が今理解したものは、この方がしゃべった内容なのか。私はこの方の本音を理解できているの?こんなにも、言葉を知りたいと思ったことはなかった。同じ言語を話しているのに、理解できているのかわからない。そう正直に言っていいんだろうか。私はどうするのが正解なんだろう。どうしたら、この方の不安、心配、苦しみを少しでも減らせるのだろうか。その苦しみを想像すると涙がでそうだった。ただ目をみてうなずくことしかできなかった。

でも同時に頭の隅で思った。私は、なんでかなしいのか。これは同情なのか。

「感動ポルノ」という言葉がある。身体障害者が健常者に感動をもたらすコンテンツとして消費されること。身体障害者にとっては、ただ当たり前に生活しているだけであるのに、「障害者なのに」できてすごいねという見方。ただ人間として生活しているだけで、そこに障害の差異はない。

私はこのとき、この悲しみは感動ポルノなのかと怖かった。かわいそうだと同情してるんじゃないか?その方にとって同情されるものほど嫌なものはないかもしれない。私はその方の苦しみを想像して、共感して悲しくなっただけなのか。環境もその方の実際も知らないで想像しているだけなのに、悲しんでもいいのか、怖かった。どんな顔をしたらいいのかわからない。考えすぎている?

その方はうまくろれつがまわらないことのほかに、足に不自由があった。

足も手もうまく動かないし、話せないし、人間じゃないみたい。やりたいことはたくさんあるのに。でもしかたないこと、とおっしゃっていた。
それは果たして言われた言葉だったのか、あの方の気持ちだったのか。それでも言葉として声にだしてしまったら、すごく悲しい。

この悲しみをどうしたら取り除けるのだろうか。

私は大学生で、利用者さんと比べたら若い。それが理由かはわからないけど、よく人生の話をされる。ありがたいことをたくさん聞く。本当におじいちゃん、おばあちゃんみたいな感じがする。

初めにバイトに行ったのが5月末。もうすぐで3か月が経つ。

最初はコミュニケーションとれるかなあ、顔を覚えてもらえるか、すぐに忘れられて毎度はじめましてなのかなあとか、今思えばばかにするなと言われそうなことだけど、利用者さんがどんな雰囲気かをなにも知らないまま、不安いっぱいだった。

でも最初に仲良くなった利用者の方がいて、孫のように扱ってくれて、だんだん慣れてきた。けど最近その方が別のフロアに行ってしまって、特にお別れの言葉もなんにもないまま、突然あえなくなってしまった。

会おうと思えば会えるのかな。担当ではなくなっちゃっただけだし。

でも、元気なまま別れられてよかったのかもしれないと思う。

私が通っているのは特養で、最期まで、いる。
今のところ、私の目にはみんな元気にみえる。楽しくおしゃべりをする人たち。

でも今日、1人の方の目が小さくなっていた。小さく見えたといえばいいのか、ぱっちりしていて、笑顔の素敵な方なのだけど、まぶたがたるんでいた。
普段ならずっとお話ししている時間帯に、へやにこもっていた。
まあ、今日こもったのはなんか疲れとかで今日だけかもしれないけど。

でも顔をみて、あれって思った。そんなに顔すぐ変わらないだろうし、少なくとも週1で行ってるから気付かなかったのは私がよく顔みてなかったってことなのかもしれない。

でも老いてるんだなあと思った。

私は時間の重みに耐えられるのだろうか。

ここに来るのは終焉の人たちだから、と豪快に笑っていた方がいる。
耐えられるのだろうか。

私はすごく疲れやすい。1週間に一回はダウンしてる。自律神経とかなんだろうなあ。昨日ほんとにしんどかったので、人生初アリナミン飲んだらマシになった。大学生になってからだから、治そうとすれば治るはずではある。

介護職は本当に対人の仕事で直接かかわる。心からのありがとうを言われる。やりがいが大きい。そして体力仕事で、ストレスも大きいと言われている。対して私は環境の変化に慣れるのにすごく時間がかかる。だから介護職は体力的に向いてないと思う。

心理学科だから、心理カウンセラーになることを考えたことがあった。自分が心理カウンセラーになれるほど人のことを考えられるのかはわからなかったけど、心の悩みから、自分の経験から話せることがあるんじゃないか、自分と似た悩みや苦痛を減らすことはできるんじゃないか、と思った時もあった。それで自己実現できるのかもと。

でも今思う。私は人と自分を分けて考えている。それは、小さい頃から変わらない、私は私であると。だけど直接的に関わっている場合は別で、目の前にいる人の悩みを知れば少しでも小さくしたいと思う。

バイトは週2で、1日4時間。3時間経つと頭痛がしてくる。大体残り1時間はごはんとお話タイムになる。最後のお話タイムで私はいつも疲れている。最初と最後でテンションが違いすぎてる。お金でてるんだよな〜。人1人にかける熱量にパンクしてしまうのかもしれない。人との交流に考えて疲れてるのかな。これが介護職向いてないよなあと思う理由2つ目。

わからない。将来どうしたいのか、まだ全然見えてこない。たくさん学びや考えごとが増えていく。

でもどこにいくにしろ環境に適応できるようにしないと。大学生のうち、あと一年と少しの間、自分の疲れがどのくらいで限界を迎えるのか、心と身体と本気で向き合って、健康に過ごせるように知っておかないといけない。今はその練習。




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