自己紹介、苦しかった時の話をしよう

「苦しかった時の話をしよう」 を読んで


盛岡毅著「苦しかった時の話をしようか」を読了。

一度読むと、面白すぎてあっという間に時間が経過し、3時間ぐらいで全部読んでしまいました。

作者は、日本一のマーケター、盛岡先生、そしてその森岡先生が自分の子供に向けて書いた本が出版されたのです。

はやり、自分の子供に向けて書いた本だけあって、メッセージが強烈、具体的でわかりやすく、何といっても「熱」があるように感じました。

3か月前に読んだ本ですが、今でも脳裏にこびりついている言葉があります。

「人はどういうときに最も苦しいのか?それは、働いて働いて、死ぬほど忙しいときでは決してない。会社や上司や周囲の評価が厳しいときは、辛いのは間違いではないけれども、それは最も苦しいときではない。
人が最も苦しいのは自己評価が極端に低くなっている時。自分自身で自分の存在価値を疑う状況に追い込まれた時だ。」

苦しかった時の話をしようか

これには激しい共感を覚えました。

いまだに納得させられる。そんな言葉です。

なぜこんなに納得させられ僕の心が揺らいだのか何か理由があるはずだと考えました。
最も苦しいときは自己評価が極端に低くなっている時、自分自身の存在を疑う状況、、、

そして思い出したのです。
僕には2度苦しんだ経験があったじゃないかと。

自己紹介 苦しかった経験、小学生編

苦しかった時の話をしたほうが多分読者も飽きないし、僕の事を正しく理解してくれると思うのでつらつら書いていきます。

苦しかった時、、、
それは小学生時代と、警官時代です。

小学生のころ、(何年生かは忘れましたが)「死にたい」と思った時がありました。
その原因は、理由は複雑に絡み合っていますが、端的に言うと僕の出来が良くなかったからです。
勉強はできない、運動はできない、自己主張がなくイジメられる。
自信がないからクヨクヨして声も小さい、
忘れ物も多い、着替えるのも遅い、とにかく発達が遅れていたのです。

おとなしい性格でなんの面白味もない、聞き分けの良い、大人にとって都合の良い子供だったと思います。
ただ頭は悪かったので両親は苦労しました。

とにかく学校でも、トラブル、家でも怒られすぎて、もう完全に委縮してました。自分の居場所が欲しかった、、、
唯一、離れに暮らしていたおばあちゃんのところが安全地帯でした。

そんな日々が続いたとき、「早く楽になりたいな」ってぼんやり思っていたのです。

何かがきっかけとなりこのようになってしまったというのはありません。
ただ、僕が置かれている環境がそうさせたのです。
誰のせいでもありません。
今を思えば、不登校になってなくてよかったなと思っています。


苦しかった経験、警察官編。「お前に何ができるねん」

そんな私も、社会人になり、警察官になりました。

警察官になったきっかけは特に内面的は動機はありません。

ただただ先輩の結婚式の制服姿がカッコよかったから。
これだけの理由です。

警察の公務員試験を突破すると警察学校に入校します。

礼儀、声の大きさ、規律、何もかもが人間ではなく、ロボットを育成しているかのようで気持ちの悪さを覚えました。

教科書でさえも本のツバの部分を高い順から低い順番に並べなければならない等、細かな決まりもあり、直ぐに生活の窮屈さを体験することとなったのです。

性格が大雑把な僕はこの環境になじむのにかなりの時間がかかりました。
他にも、朝からの点呼、夜にも点呼にも嫌気がさしていました。

授業もついていくのに時間がかかりました。

警察学校の試験は教科書の丸暗記で
まず真っ白な紙を渡され、
例えば、
「緊急逮捕の定義、要件を述べよ」

とだけ書いてあって、あとは教科書を隅から隅までを暗記してズラーと書いていきます。

勉強に苦手意識のあった私は、心が何回も折れそうになりました。

何度も何度も。

辛すぎて掃除をしながら、同期にばれないようにトイレで泣いていました。

授業の一環で、ボコボコに蹴られ、

「お前に何ができるねん」

と言われました。

この言葉がなぜか、自分の中で強烈に何かにぶっ刺さった気がしたのです。

今思うと、自分の心の奥にあるものの本質をついていた気がしたのです。

とにかく毎日、緊張、緊張、緊張の連続でしたが、同期や教官が私という人間も良いところがあるじゃないか

と理解してくれたおかげで何とか警察学校を卒業します。

しかし、本当につらいのはこの先の事でした。

警察官として仕事をすることになりますが、
私はとにかく仕事ができなかった。

これには後から深い理由がついてくることになりますが、
ここでは控えます。

とにかく、違和感を覚え、心療内科を受診。

仕事を休職。

社会不安障害でした。

とにかく体に異常が出まくったのです。

まず朝起きると、嘔吐してしまいました。
電車に乗ると途中で降り、トイレに駆け込む日々。

体には発疹が出て、痒くて寝ることができませんでした。

何が何だかわからない、生きていることがこんなにつらいのか。
もういっそ何もかも捨ててしまいたい。

そんな風に思っていたのです。


まとめ

私は、常にコンプレックスを抱えていて生きてきました。
しかし、このコンプレックスが今、同じようなことで苦しんでいる人の助けになる日が来ると思っています。

私の苦しかった経験が、人の役に立つことに幸せを感じます。

次回は活動内容を明らかにした記事を書きます。
お楽しみに。











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