【雑感】性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律の「生殖不能要件」を違憲と判断した最高裁決定

本稿のねらい


2023年10月25日、最高裁は、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(特例法)第3条第1項第4項のいわゆる「生殖不能要件」について、憲法第13条に違反すると判断した(本決定)。

筆者は、少し前に、同じく特例法第3条第1項第4号の「生殖不能要件」を違憲と判断した静岡家裁の事例を紹介した。

本稿では、本決定の内容について簡単に紹介する。


本決定の内容


(1) 結論〜法廷意見〜

特例法第3条第1項第4号(※)は憲法第13条に違反する。

これと異なる結論を採る最決平成31年1月23日集民第261号1頁(平成31年決定)は変更する。

※ なぜ本決定(法廷意見)において特例法第3条第1項第4号の「生殖不能要件」のみが違憲とされ、同項第5号の「外観要件」に触れられていないかというと、原審(広島高裁)が、本決定の抗告人(性別変更審判を求めていた性同一性障害者)は「外観要件」を満たすとし、「外観要件」の憲法第13条・第14条違反の主張について判断していないためである。この適否については後述。
※ ちなみに、生殖不能要件(第4号)と外観要件(第5号)は何が違うかというと、前者は生殖腺の機能を永続的に失わせることであり、内性器(精巣・卵巣)を摘出するなどが必要とする要件であるのに対し、後者は生来の外性器(陰茎・外陰部等)を除去し別の性の外性器の形成(陰茎切除+外陰部形成/尿道延長+陰茎形成)やホルモン療法が必要とする要件である。

(2) 理由〜法廷意見〜

▶状況の整理

«段階的治療の時代⇢特例法制定当時»

特例法が制定された平成15年7月当時は、日本精神神経学会の定めた「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン」(以下、単に「ガイドライン」という。)第2版に沿って、いわゆる段階的治療という考え方に基づく治療が行われていた。段階的治療とは、原則として、第1段階では精神的サポート等の精神科領域の治療を行い、次に身体的治療として、第2段階ではホルモン療法ないし乳房切除術を、第3段階では性別適合手術(生殖腺除去手術、外性器の除去術又は外性器の形成術等)を行うという3段階の手順を踏んで治療を進める考え方であり、性別適合手術は、第2段階を経てもなお自己の生物学的な性別による身体的特徴に対する強い不快感又は嫌悪感が持続し、社会生活上の不都合を感じている者に対する最終段階の治療とされていた。

筆者注:特例法制定当時の状況を確認

«その後⇢選択的治療へ»

性同一性障害の治療は、特例法の制定当時は段階的治療という考え方に基づいていたところ、その後、臨床経験を踏まえた専門的な検討等を経てガイドラインの見直しがされ、平成18年1月に提示された第3版では、性同一性障害を有する者の示す症状は多様であり、どのような身体的治療が必要であるかは患者によって異なるとして、段階的治療という考え方は採られなくなった。具体的には、性同一性障害を有する者について、まず精神科領域の治療を行うことは異ならないものの、身体的治療を要する場合には、ホルモン療法、乳房切除術、生殖腺除去手術、外性器の除去術又は外性器の形成術等のいずれか、あるいは、その全てをどのような順序でも選択できるものと改められた。
(中略)
特例法の制定当時、法令上の性別の取扱いを変更するための手続を設けている国の大多数は、生殖能力の喪失を上記の変更のための要件としていたが、その後、生殖能力の喪失を要件とすることについて、2014年(平成26年)に世界保健機関等が反対する旨の共同声明を発し、また、2017年(平成29年)に欧州人権裁判所が欧州人権条約に違反する旨の判決をしたことなどから、現在では、欧米諸国を中心に、生殖能力の喪失を要件としない国が増加し、相当数に及んでいる。

筆者注:医学的知見の進展や国際情勢の移り変わりに伴う状況の変化を確認

▶憲法第13条の射程

憲法13条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定しているところ、自己の意思に反して身体への侵襲を受けない自由(以下、単に「身体への侵襲を受けない自由」という。)が、人格的生存に関わる重要な権利として、同条によって保障されていることは明らかである。

生殖腺除去手術は、精巣又は卵巣を摘出する手術であり、生命又は身体に対する危険を伴い不可逆的な結果をもたらす身体への強度な侵襲であるから、このような生殖腺除去手術を受けることが強制される場合には、身体への侵襲を受けない自由に対する重大な制約に当たるというべきである。

筆者注:これだけでは性別変更審判を求めない限りは人格的生存に関する権利侵害とはいえない

ところで、本件規定は、性同一性障害を有する者のうち自らの選択により性別変更審判を求める者について、原則として生殖腺除去手術を受けることを前提とする要件を課すにとどまるものであり、性同一性障害を有する者一般に対して同手術を受けることを直接的に強制するものではない。しかしながら、本件規定は、性同一性障害の治療としては生殖腺除去手術を要しない性同一性障害者に対しても、性別変更審判を受けるためには、原則として同手術を受けることを要求するものということができる。

筆者注:性別変更審判を受ける権利が憲法第13条により保障されるという必要がある

他方で、性同一性障害者がその性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けることは、法的性別が社会生活上の多様な場面において個人の基本的な属性の一つとして取り扱われており、性同一性障害を有する者の置かれた状況が既にみたとおりのものであることに鑑みると、個人の人格的存在と結び付いた重要な法的利益というべきである。このことは、性同一性障害者が治療として生殖腺除去手術を受けることを要するか否かにより異なるものではない。

▶権利(人権)の制約

そうすると、本件規定は、治療としては生殖腺除去手術を要しない性同一性障害者に対して、性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を実現するために、同手術を受けることを余儀なくさせるという点において、身体への侵襲を受けない自由を制約するものということができ(る。)

▶違憲審査基準(総論)

このような制約は、性同一性障害を有する者一般に対して生殖腺除去手術を受けることを直接的に強制するものではないことを考慮しても、身体への侵襲を受けない自由の重要性に照らし、必要かつ合理的なものということができない限り、許されないというべきである。

そして、本件規定が必要かつ合理的な制約を課すものとして憲法13条に適合するか否かについては、本件規定の目的のために制約が必要とされる程度と、制約される自由の内容及び性質、具体的な制約の態様及び程度等を較量して判断されるべきものと解するのが相当である。

筆者注:LRA?

▶違憲審査基準(目的審査)

本件規定の目的についてみると、本件規定は、①性別変更審判を受けた者について変更前の性別の生殖機能により子が生まれることがあれば、親子関係等に関わる問題が生じ、社会に混乱を生じさせかねないこと、②長きにわたって生物学的な性別に基づき男女の区別がされてきた中で急激な形での変化を避ける必要があること等の配慮に基づくものと解される。

筆者注:特例法制定時に生殖不能要件が設けられた目的(丸数字は筆者挿入)

(上記①の問題に対して)
しかしながら、性同一性障害を有する者は社会全体からみれば少数である上、性別変更審判を求める者の中には、自己の生物学的な性別による身体的特徴に対する不快感等を解消するために治療として生殖腺除去手術を受ける者も相当数存在することに加え、生来の生殖機能により子をもうけること自体に抵抗感を有する者も少なくないと思われることからすると、本件規定がなかったとしても、生殖腺除去手術を受けずに性別変更審判を受けた者が子をもうけることにより親子関係等に関わる問題が生ずることは、極めてまれなことであると考えられる。また、上記の親子関係等に関わる問題のうち、法律上の親子関係の成否や戸籍への記載方法等の問題は、法令の解釈、立法措置等により解決を図ることが可能なものである。性別変更審判を受けた者が変更前の性別の生殖機能により子をもうけると、「女である父」や「男である母」が存在するという事態が生じ得るところ、そもそも平成20年改正により、成年の子がいる性同一性障害者が性別変更審判を受けた場合には、「女である父」や「男である母」の存在が肯認されることとなったが、現在までの間に、このことにより親子関係等に関わる混乱が社会に生じたとはうかがわれない。
(上記②の問題に対して)
これに加えて、特例法の施行から約19年が経過し、これまでに1万人を超える者が性別変更審判を受けるに至っている中で、性同一性障害を有する者に関する理解が広まりつつあり、その社会生活上の問題を解消するための環境整備に向けた取組等も社会の様々な領域において行われていることからすると、上記の事態が生じ得ることが社会全体にとって予期せぬ急激な変化に当たるとまではいい難い。

筆者注:特に②については「社会の混乱」などという曖昧な目的であり本決定のロジックとしてもよくわからない内容になってしまっている(課題設定が悪いため正面から答えられてない)

以上検討したところによれば、特例法の制定当時に考慮されていた本件規定による制約の必要性は、その前提となる諸事情の変化により低減しているというべきである。

筆者注:少なくとも「やむにやまれぬ目的」や「重要な目的」とはいえない

▶違憲審査基準(手段審査)

特例法の制定趣旨は、性同一性障害に対する必要な治療を受けていたとしてもなお法的性別が生物学的な性別のままであることにより社会生活上の問題を抱えている者について、性別変更審判をすることにより治療の効果を高め、社会的な不利益を解消することにあると解されるところ、その制定当時、生殖腺除去手術を含む性別適合手術は段階的治療における最終段階の治療として位置付けられていたことからすれば、性別変更審判を求める者について生殖腺除去手術を受けたことを前提とする要件を課すことは、性同一性障害についての必要な治療を受けた者を対象とする点で医学的にも合理的関連性を有するものであったということができる。

しかしながら、特例法の制定後、性同一性障害に対する医学的知見が進展し、性同一性障害を有する者の示す症状及びこれに対する治療の在り方の多様性に関する認識が一般化して段階的治療という考え方が採られなくなり、性同一性障害に対する治療として、どのような身体的治療を必要とするかは患者によって異なるものとされたことにより、必要な治療を受けたか否かは性別適合手術を受けたか否かによって決まるものではなくなり上記要件を課すことは、医学的にみて合理的関連性を欠くに至っているといわざるを得ない

▶まとめ

本件規定による身体への侵襲を受けない自由に対する制約は、上記のような医学的知見の進展に伴い、治療としては生殖腺除去手術を要しない性同一性障害者に対し、身体への侵襲を受けない自由を放棄して強度な身体的侵襲である生殖腺除去手術を受けることを甘受するか、又は性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を放棄して性別変更審判を受けることを断念するかという過酷な二者択一を迫るものになったということができる。

また、前記の本件規定の目的を達成するために、このような医学的にみて合理的関連性を欠く制約を課すことは、生殖能力の喪失を法令上の性別の取扱いを変更するための要件としない国が増加していることをも考慮すると、制約として過剰になっているというべきである。

筆者注:「生殖能力の喪失を法令上の性別の取扱いを変更するための要件としない国が増加していること」は唐突感がある。WHOの勧告等を踏まえ、我が国とWHOの関係性を掘り下げるなどが前段として必要だったのでは?

そうすると、本件規定は、上記のような二者択一を迫るという態様により過剰な制約を課すものであるから、本件規定による制約の程度は重大なものというべきである。

筆者注:何を言っているのかよくわからない

▶結論

以上を踏まえると、本件規定による身体への侵襲を受けない自由の制約については、現時点において、その必要性が低減しており、その程度が重大なものとなっていることなどを総合的に較量すれば、必要かつ合理的なものということはできない。

よって、本件規定は憲法13条に違反するものというべきである。

▶特例法第3条第1項第5号「外観要件」について

原審の判断していない5号規定に関する抗告人の主張について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

筆者注:三裁判官からも反対意見が付いているが、第5号「外観要件」についても違憲判断をすればよかったのでは?

(3) 補足意見

本決定には、岡裁判官による補足意見が付けられている。

本決定により本件規定が違憲無効となることを受け、立法府において本件規定を削除することになるものと思料されるが、その上で、本件規定の目的を達成するためにより制限的でない新たな要件を設けることや、本件規定が削除されることにより生じ得る影響を勘案し、性別の取扱いの変更を求める性同一性障害者に対する社会一般の受止め方との調整を図りつつ、特例法のその他の要件も含めた法改正を行うことは、その内容が憲法に適合するものである限り、当然に可能である。

本決定を受けてなされる法改正に当たって、本件規定の削除にとどめるか、上記のように本件規定に代わる要件を設けるなどすることは、立法府に与えられた立法政策上の裁量権に全面的に委ねられているところ、立法府においてはかかる裁量権を合理的に行使することが期待される。

筆者注:生殖不能要件を単に削除するか、ホルモン投与等により生殖腺の機能が永続的に失われていることなどを求めるか、あるいはホルモン投与等は求めつつ生殖腺の機能が永続的に失われていることまでは求めないかなど、その匙加減は立法府に委ねられた

(4) 反対意見

本決定には、三浦裁判官・草野裁判官・宇賀裁判官による反対意見が付けられている。これら三裁判官の反対意見は、本決定の結論である特例法第3条第1項第4号の「生殖不能要件」が違憲であることに反対なのではなく、本決定が同項第5号の「外観要件」について判断せず、その点を原審(広島高裁)に差し戻すことに反対という趣旨である。

つまり、上記三裁判官は、いずれも、最高裁において原々審の決定を破棄し、特例法第3条第1項第5号の「外観要件」も違憲であると判断し、本決定の抗告人(性別変更審判を求めていた性同一性障害者)の性別変更審判をすべきである(破棄自判すべきである)と反対したのである。

▶三浦裁判官反対意見

三浦裁判官は平成31年決定においてアクロバティックな補足意見を付けつつ特例法第3条第1項第4号の「生殖不能要件」を憲法適合(合憲)であると判断した裁判官でもある。

この三浦裁判官が重視したポイントは次のとおりである。

«医療分野の変革»

  • 我が国の統計基準が準拠するICD10がICD11に改訂され、そこでは性同一性障害(精神疾患)から性別不合(性の健康に関する状態)へと名称変更されたことや、移行を願望する場合の治療はホルモン治療・外科的治療その他のサービスにより行われるとされたこと

  • 上記はDSMや日本精神神経学会のガイドライン第4版改にも沿うこと

  • 性同一性障害を有する者の中には、必ずしも内外性器に関し他の性別に適合させることを望まないとしても、胸のふくらみ、髭、声等の第二次性徴に関し身体的に他の性別に適合させようとする意思を有する者がいることは、DSM第5版の診断基準等からも明らかであり、ICD11もこれを前提とすること

«社会情勢の変化» ※筆者注:あまり関連性はよくわからない

  • 地方公共団体においては、近年、いわゆるパートナーシップ制度が飛躍的に拡大していること(導入数:平成31年決定当時10程度→令和5年6月28日時点14都府県を含む320超※人口カバー率70%)

  • 当初は、同性の2人を対象とする制度であったが、現在は、異性の2人をも対象とする制度が一般的であり、性別変更審判等に関わらず性同一性障害を有する者の利用が広く考慮されていること

  • 性同一性障害を有する者に関する理解が広まりつつあり、その社会生活上の問題を解消するための環境整備に向けた取組等も社会の様々な領域において行われているが、パートナーシップ制度は、公的な制度という点でも、全国的な広がりという点でも、重要な意義を有すること

また、三浦裁判官は特例法第3条第1項第5号の憲法適合性についても検討している。

«憲法第13条の射程と権利制約»

  • 外性器除去術や形成術のような外科的治療は生命又は身体に対する危険を伴い不可逆的な結果等をもたらす身体への強度の侵襲である

  • ホルモン療法は、外科的治療より強度は低いものの、身体への侵襲であることに変わりなく、また、生涯又は長期にわたって継続するものであり、精巣の萎縮や造精機能の喪失など不可逆的な変化があり得るだけでなく、血栓症等の致死的な副作用のほか、狭心症、肝機能障害、胆石、肝腫瘍、下垂体腫瘍等の副作用を伴う可能性が指摘され、さらに、原則として、糖尿病、高血圧、血液凝固異常、内分泌疾患、悪性腫瘍など、副作用のリスクを増大させる疾患等を伴わない場合に行うべきものとされること等からすると、生命又は身体に対する相当な危険又は負担を伴う身体への侵襲である

  • このような外性器除去術等を受けることが強制される場合には、身体への侵襲を受けない自由に対する重大な制約に当たる(その他基礎ロジックは特例法第3条第1項第4号に関する本決定の法廷意見同様であり省略)

«違憲審査基準»

  • 特例法第3条第1項第5号が必要かつ合理的な制約を課すものとして憲法第13条に適合するか否かについては、同号の目的のために制約が必要とされる程度と、制約される自由の内容及び性質、具体的な制約の態様及び程度等を較量して判断されるべきである

«目的審査»

  • 特例法第3条第1項第5号の目的についてみると、同号は、他の性別に係る外性器に近似するものがあるなどの外観がなければ、例えば公衆浴場で問題を生ずるなど、社会生活上混乱を生ずる可能性があることなどが考慮されたものと解される

  • 外性器に係る部分の外観は、通常、他人がこれを認識する機会が少なく、公衆浴場等の限られた場面の問題であるが、公衆浴場等については、一般に、法律に基づく事業者の措置により、男女別に浴室の区分が行われている

  • 浴場業を営む者は、入浴者の衛生及び風紀に必要な措置を講じなければならないものとされ、上記措置の基準については都道府県等が条例で定める(公衆浴場法第3条第1項、第2項、第2条第3項)(なお旅館業法も同様)

  • 一般に、一定年齢以上の男女を混浴させないことや、浴室は男女を区別すること等を定めており、これらを踏まえ、浴場業を営む者の措置により、浴室が男女別に分けられている

  • このような浴室の区分は、風紀を維持し、利用者が羞恥を感じることなく安心して利用できる環境を確保するものと解されるが、これは、各事業者の措置によって具体的に規律されるものであり、それ自体は、法令の規定の適用による性別の取扱い(特例法第4条第1項参照)ではない

  • 実際の利用においては、通常、各利用者について証明文書等により法的性別が確認されることはなく、利用者が互いに他の利用者の外性器に係る部分を含む身体的な外観を認識できることを前提にして、性別に係る身体的な外観の特徴に基づいて男女の区分がされている

  • 身体的な外観に基づく規範の性質等に照らし、特例法第3条第1項第5号がなかったとしても、この規範が当然に変更されるものではなく、これに代わる規範が直ちに形成されるとも考え難く、性同一性障害者の公衆浴場等の利用に関して社会生活上の混乱が生ずることは、極めてまれなことであると考えられる

なお、三浦裁判官は、「(特例法第3条第1項第5号)がなければ、男性の外性器の外観を備えた者が、心の性別が女性であると主張して、女性用の公衆浴場等に入ってくるという指摘」に対して、特例法第3条第1項第5号は「治療を踏まえた医師の具体的な診断に基づいて認定される性同一性障害者を対象として、性別変更審判の要件を定める規定であり」、同号がなかったとしても「単に上記のように自称すれば女性用の公衆浴場等を利用することが許されるわけではな(く)」、「その規範に全く変わりがない中で、不正な行為があるとすれば、これまでと同様に、全ての利用者にとって重要な問題として適切に対処すべきであるが、そのことが性同一性障害者の権利の制約と合理的関連性を有しないことは明らかである」とする。けだし正論である。見当違いな指摘に過ぎないということである。

また、「トイレや更衣室の利用についても、男性の外性器の外観を備えた者が、心の性別が女性であると主張して、女性用のトイレ等に入ってくるという指摘」に対しても、「トイレ等においては、通常、他人の外性器に係る部分の外観を認識する機会が少なく、その外観に基づく区分がされているものではな(く)」、特例法第3条第1項第5号が「トイレ等における混乱の回避を目的とするものとは解され(ず)」、「利用者が安心して安全にトイレ等を利用できることは、全ての利用者にとって重要な問題であるが、各施設の性格(学校内、企業内、会員用、公衆用等)や利用の状況等は様々であり、個別の実情に応じ適切な対応が必要である。また、性同一性障害を有する者にとって生活上欠くことのできないトイレの利用は、性別変更審判の有無に関わらず、切実かつ困難な問題であり、多様な人々が共生する社会生活の在り方として、個別の実情に応じ適切な対応が求められる」ことから、トイレ等の利用の関係で、特例法第3条第1項第5号による「制約を必要とする合理的な理由がないことは明らかである」とする。お門違いな勘違いをした指摘に過ぎないということである。

«手段審査»

  • 特例法制定後、性同一性障害に対する医学的知見が進展し、いわゆる段階的治療という考え方が採られなくなり、性同一性障害に対する治療として、どのような身体的治療を必要とするかは患者によって異なるものとされたことにより、必要な治療を受けたか否かは外性器除去術等を受けたか否かによって決まるものではなくなり外観要件を課すことは、医学的にみて合理的関連性を欠くに至っているといわざるを得ない

  • 特例法第3条第1項第5号による身体への侵襲を受けない自由に対する制約は、治療としては外性器除去術等を要しない性同一性障害者に対し、身体への侵襲を受けない自由を放棄して強度の若しくは相当な危険や負担を伴う身体的侵襲である外性器除去術等を受けることを甘受するか、又は性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を放棄して性別変更審判を受けることを断念するかという過酷な二者択一を迫るもので、過剰な制約である

«まとめ»

  • 特例法第3条第1項第5号による身体への侵襲を受けない自由の制約については、現時点において、その必要性が相当に低いものとなり、その程度が重大なものとなっていることなどを総合的に較量すれば、必要かつ合理的なものということはできない

  • したがって、特例法第3条第1項第5号は憲法第13条に違反するものというべきである

なお、三浦裁判官は、特例法第3条第1項第4号と第5号が違憲無効となるとして、特例法全体が無効となるのか、それともそれらの規定のみが違憲無効となるのかについても検討を加えている。つまり、

  • 特例法の趣旨は「性同一性障害に対する必要な治療を受けていたとしてもなお法的性別が生物学的な性別のままであることにより社会生活上の問題を抱えている者について、性別変更審判をすることにより治療の効果を高め、社会的な不利益を解消することにある」

  • その基本的な要素は特例法第2条の要件であり、同法第3条第1項各号の要件は「それぞれ独立した個別的な要件」である

  • 特に同項第4号と第5号は、いずれも「社会的な混乱を回避することを主な目的」とする規定であり、これらの規定により求められる身体的な状態の変化が、特例法第2条にいう「意思」と不可分の関係にあるわけではない

  • これらの規定が求める身体的な状態の変化がなくとも、特例法第2条の状態が認められる場合は特例法の対象とすることがその趣旨に合致することが明らかであり、特例法全体を違憲無効とすることは立法目的に反する

  • したがって、特例法第3条第1項第4号と第5号のみが違憲無効となる

  • なお、この場合でも、特例法第2条条に係る心理的及び意思的な状態について、一般的な医学的知見に基づき、治療を踏まえた医師の診断により、適正な判断が行われる必要があることはいうまでもない

▶草野裁判官反対意見

草野裁判官も、特例法第3条第1項第5号を違憲無効と考えているが、その理由付けが三浦裁判官とは異なることから、その部分を紹介する。
オチをバラすと、草野裁判官は特例法第4条の効果を無視して、「5号規定が合憲とされる社会」とかなんとかを想像するという意味不明なファンタジックな論述をしている。引用する価値がないと考えよくわからなすぎて詳細は引用しないため、是非自分で読んで確かめてみてほしい。結局のところ、公衆浴場等に〜というよくわからない指摘(懸念)に対して、特例法第3条第1項第5号があろうとなかろうと発生する可能性が低いことから杞憂であることを伝えたかったのだろうと推測される。

«特例法第3条第1項第5号の目的»

5号規定の制約目的としては、一般に、公衆浴場等で社会生活上の混乱が生じることを回避するためなどと説明されることが多いが、5号規定が申請者にもたらす不利益との比較を行うためにはこれをできる限り自然人の享受し得る具体的利益に還元した表現を用いるべきである。

この点から考えると、5号規定の制約目的は「自己の意思に反して異性の性器を見せられて羞恥心や恐怖心あるいは嫌悪感を抱かされることのない利益」(以下、この利益を(読みやすさを考慮して常にかぎ括弧を付けたままで)「意思に反して異性の性器を見せられない利益」という。)を保護することにあると捉えることが適切であろう。

筆者注:反対利益として「意思に反して異性の性器を見せられない利益」を観念する

性器を公然と露出する行為が刑法174条の罪(公然わいせつ罪)に当たることは確立された判例となっており、一定の区域内において性器を露出することが例外的に許容されている施設の代表である公衆浴場においても公衆浴場法の委任を受けた各地方公共団体の条例が、浴室等を性別によって区別すべきことを定めてきた。

これらの事実に鑑みれば、「意思に反して異性の性器を見せられない利益」は尊重に値する利益であり、これを保護せんとする5号規定の制約目的には正当性が認められる

筆者注:特例法第4条の効果とは離れるが…?

«違憲審査基準»

問題は、上記の制約目的を達成するために選択した手段(5号規定)が、上記の制約目的に照らして、相当であるといえるか否かということになる(以下、いわゆる目的手段審査のうち、手段の相当性に関する問題を「相当性問題」という。)。

«手段審査»

相当性問題を考えるに当たって採り得る最善の思考方法は、結局のところ、判断の相当性を最も明確に示し得る視点を試行錯誤的に模索し、その結果として発見された「最善の視点」に立って問題を論じ判断を下すことであるように思える。

そして、本事件において用い得る「最善の視点」は、5号規定が合憲とされる場合に現出されるであろう社会(以下「5号規定が合憲とされる社会」という。)と5号規定を違憲としてこれを排除した場合に現出されるであろう社会(以下「5号規定が違憲とされる社会」という。)を比較し、いずれの社会の方が、憲法が体現している諸理念に照らして、より善い社会であるといえるかを検討することであろう。

筆者注:不勉強だがこういう理屈はあまり聞いたことがない(ふわふわしている気がするが)

なお、草野裁判官は、この「5号規定が違憲とされる社会」では、例えば、「公衆浴場等の施設において、性別によって区別されていて、自己の生物学的な性別と異なる性別の者については性器を露出したままで行動することが許容されている区域」を管理する者は、次のような行動を行う必要に迫られるとするが、そのアイデアは参考になる。

5号規定が違憲とされる社会に直面した許容区域の管理者は、
①厚生労働大臣が各地方公共団体にする技術的助言及びこれを踏まえた許容区域の性別区分を定める諸条例においていうところの「男女」の解釈(なお、現行の上記技術的助言(令和5年6月23日付薬生衛発0623第1号)は「男女」の区分は専ら身体的な特徴によってなされるべきであるとしている。)や、
②当該許容区域の利用者の意見等を勘案した上で、5号要件非該当者の当該許容区域への入場を禁止するか、許容するか(日時や曜日を限って入場を許容することなども考えられる。)、あるいは、その中間的な措置を講ずるか(無償又は有償で貸与する水着を着用することを条件として入場を許容することなども考えられる。)
いずれにせよ何らかのルールを利用規則として定める必要に迫られることになるであろう。
しかるに、利用者間のトラブルの発生を未然に防止しつつより多くの利用者が満足し得るサービスを提供することは、許容区域の円滑な経営や適切な運営管理という観点からも許容区域の管理者が満たすべき喫緊の要請であるはずであるから、あらゆる許容区域の管理者は、5号要件非該当者の利用に関する当該許容区域の利用規則を定めるに当たっては、利用者が有している「意思に反して異性の性器を見せられない利益」が損なわれることのないよう細心の注意を払うとともに、定められた利用規則の内容を当該許容区域の利用者に周知徹底させるよう努めることが期待できる。

筆者注:これだと公衆浴場等の管理者の営業の自由との関係で問題とならないか?

以上を要するに、5号規定が違憲とされる社会であっても、「意思に反して異性の性器を見せられない利益」が損なわれる可能性は極めて低く、一方、この社会においては5号要件非該当者に性別適合手術を受けることなく性別の取扱いの変更を受ける利益が与えられるのであるから、同人らの自由ないし利益に対する抑圧は(許容区域への入場が無制限に認められるわけではない以上「完全に」とはいえないまでも)大幅に減少する。
(中略)
5号規定が違憲とされる社会は、憲法が体現している諸理念に照らして、5号規定が合憲とされる社会に比べてより善い社会であるといえる。
よって、5号規定の制約手段は5号規定の制約目的に照らして相当なものであるとはいえず、5号規定は本件規定と同様に違憲であると解するのが相当である。
そして、抗告人が本件規定と5号規定を除く特例法上の要件を充たしていることは一件記録上明らかであるから、原決定を破棄した上で本件申立てを認める旨の決定を下すことが相当であると思料する次第である。

筆者注:特例法第3条第1項第5号が違憲な社会の方が、利益の総体として、同号が合憲な社会よりも大きいという趣旨だろうかと思われるが、その分、公衆浴場等の管理者の営業の自由が損なわれているのではなかろうか(対立利益を多角化し過ぎている気がする…そもそも特例法第4条はどこに行った…)

▶宇賀裁判官反対意見

宇賀裁判官は、本決定の法廷意見が割りと軽く認めた「性同一性障害者が性自認に従った法令上の性別の取扱いを受ける利益」が憲法第13条により保護されることを欧州やドイツの判例の状況等を踏まえ詳細に論じている点や特例法第3条第1項第4号についていわゆる「リプロダクティブ・ライツ」まで持ち出し、同権利も憲法第13条により保障される基本的人権であると論じている点に特色がある。

リプロダクティブ・ライツも、憲法13条により保障される基本的人権と解してよいと思われるところ、自認する性別と法的性別を一致させるために、自己の生殖能力を喪失させる生殖腺除去手術を不本意ながら甘受しなければならないことは、過酷な二者択一を迫るものであり、リプロダクティブ・ライツに対する過剰な制約であると考える。

リプロダクティブ・ライツについては、身体への侵襲を受けない自由とは別に保障されていると解することもできるが、身体への侵襲を受けない自由に包摂されるという理解もあり得ると思われる。すなわち、2011年(平成23年)、ドイツの連邦憲法裁判所は、性別取扱いの変更について生殖能力喪失を要件とする規定を違憲であると判示したが、そこでは、人間の生殖能力は、基本法2条2項によって保護されている身体不可侵の権利の要素であると述べられている。

また、宇賀裁判官は、特例法第3条第1項第3号のいわゆる「子なし要件」について憲法適合(合憲)判断を行った最決令和3年11月30日集民第266号185頁(令和3年決定)にて反対意見を付しているが、そこでも特例法第4条の効果を明確にしていたとおり、本決定の反対意見でも次のとおり示している。

特例法に基づく法的性別の変更が記載される戸籍は、一般に公開されないものであり、通常は既に変更されている外見や名に合致した法的性別に変更するものである以上、他者の権利侵害が、性同一性障害者の法的性別の変更に伴って生ずるとは考え難い。
(中略)
5号規定を廃止した場合に社会に生じ得る問題は、もとより慎重に考慮すべきであるが、三浦裁判官、草野裁判官の各反対意見に示されているとおり、上記のような過酷な選択を正当化するほどのものとまではいえないように思われる。

以上

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