本稿のねらい
2023年10月25日、最高裁は、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(特例法)第3条第1項第4項のいわゆる「生殖不能要件」について、憲法第13条に違反すると判断した(本決定)。
筆者は、少し前に、同じく特例法第3条第1項第4号の「生殖不能要件」を違憲と判断した静岡家裁の事例を紹介した。
本稿では、本決定の内容について簡単に紹介する。
本決定の内容
(1) 結論〜法廷意見〜
特例法第3条第1項第4号(※)は憲法第13条に違反する。
これと異なる結論を採る最決平成31年1月23日集民第261号1頁(平成31年決定)は変更する。
※ なぜ本決定(法廷意見)において特例法第3条第1項第4号の「生殖不能要件」のみが違憲とされ、同項第5号の「外観要件」に触れられていないかというと、原審(広島高裁)が、本決定の抗告人(性別変更審判を求めていた性同一性障害者)は「外観要件」を満たすとし、「外観要件」の憲法第13条・第14条違反の主張について判断していないためである。この適否については後述。
※ ちなみに、生殖不能要件(第4号)と外観要件(第5号)は何が違うかというと、前者は生殖腺の機能を永続的に失わせることであり、内性器(精巣・卵巣)を摘出するなどが必要とする要件であるのに対し、後者は生来の外性器(陰茎・外陰部等)を除去し別の性の外性器の形成(陰茎切除+外陰部形成/尿道延長+陰茎形成)やホルモン療法が必要とする要件である。
(2) 理由〜法廷意見〜
▶状況の整理
«段階的治療の時代⇢特例法制定当時»
«その後⇢選択的治療へ»
▶憲法第13条の射程
▶権利(人権)の制約
▶違憲審査基準(総論)
▶違憲審査基準(目的審査)
▶違憲審査基準(手段審査)
▶まとめ
▶結論
▶特例法第3条第1項第5号「外観要件」について
(3) 補足意見
本決定には、岡裁判官による補足意見が付けられている。
(4) 反対意見
本決定には、三浦裁判官・草野裁判官・宇賀裁判官による反対意見が付けられている。これら三裁判官の反対意見は、本決定の結論である特例法第3条第1項第4号の「生殖不能要件」が違憲であることに反対なのではなく、本決定が同項第5号の「外観要件」について判断せず、その点を原審(広島高裁)に差し戻すことに反対という趣旨である。
つまり、上記三裁判官は、いずれも、最高裁において原々審の決定を破棄し、特例法第3条第1項第5号の「外観要件」も違憲であると判断し、本決定の抗告人(性別変更審判を求めていた性同一性障害者)の性別変更審判をすべきである(破棄自判すべきである)と反対したのである。
▶三浦裁判官反対意見
三浦裁判官は平成31年決定においてアクロバティックな補足意見を付けつつ特例法第3条第1項第4号の「生殖不能要件」を憲法適合(合憲)であると判断した裁判官でもある。
この三浦裁判官が重視したポイントは次のとおりである。
«医療分野の変革»
我が国の統計基準が準拠するICD10がICD11に改訂され、そこでは性同一性障害(精神疾患)から性別不合(性の健康に関する状態)へと名称変更されたことや、移行を願望する場合の治療はホルモン治療・外科的治療その他のサービスにより行われるとされたこと
上記はDSMや日本精神神経学会のガイドライン第4版改にも沿うこと
性同一性障害を有する者の中には、必ずしも内外性器に関し他の性別に適合させることを望まないとしても、胸のふくらみ、髭、声等の第二次性徴に関し身体的に他の性別に適合させようとする意思を有する者がいることは、DSM第5版の診断基準等からも明らかであり、ICD11もこれを前提とすること
«社会情勢の変化» ※筆者注:あまり関連性はよくわからない
地方公共団体においては、近年、いわゆるパートナーシップ制度が飛躍的に拡大していること(導入数:平成31年決定当時10程度→令和5年6月28日時点14都府県を含む320超※人口カバー率70%)
当初は、同性の2人を対象とする制度であったが、現在は、異性の2人をも対象とする制度が一般的であり、性別変更審判等に関わらず性同一性障害を有する者の利用が広く考慮されていること
性同一性障害を有する者に関する理解が広まりつつあり、その社会生活上の問題を解消するための環境整備に向けた取組等も社会の様々な領域において行われているが、パートナーシップ制度は、公的な制度という点でも、全国的な広がりという点でも、重要な意義を有すること
また、三浦裁判官は特例法第3条第1項第5号の憲法適合性についても検討している。
«憲法第13条の射程と権利制約»
外性器除去術や形成術のような外科的治療は生命又は身体に対する危険を伴い不可逆的な結果等をもたらす身体への強度の侵襲である
ホルモン療法は、外科的治療より強度は低いものの、身体への侵襲であることに変わりなく、また、生涯又は長期にわたって継続するものであり、精巣の萎縮や造精機能の喪失など不可逆的な変化があり得るだけでなく、血栓症等の致死的な副作用のほか、狭心症、肝機能障害、胆石、肝腫瘍、下垂体腫瘍等の副作用を伴う可能性が指摘され、さらに、原則として、糖尿病、高血圧、血液凝固異常、内分泌疾患、悪性腫瘍など、副作用のリスクを増大させる疾患等を伴わない場合に行うべきものとされること等からすると、生命又は身体に対する相当な危険又は負担を伴う身体への侵襲である
このような外性器除去術等を受けることが強制される場合には、身体への侵襲を受けない自由に対する重大な制約に当たる(その他基礎ロジックは特例法第3条第1項第4号に関する本決定の法廷意見同様であり省略)
«違憲審査基準»
«目的審査»
特例法第3条第1項第5号の目的についてみると、同号は、他の性別に係る外性器に近似するものがあるなどの外観がなければ、例えば公衆浴場で問題を生ずるなど、社会生活上混乱を生ずる可能性があることなどが考慮されたものと解される
外性器に係る部分の外観は、通常、他人がこれを認識する機会が少なく、公衆浴場等の限られた場面の問題であるが、公衆浴場等については、一般に、法律に基づく事業者の措置により、男女別に浴室の区分が行われている
浴場業を営む者は、入浴者の衛生及び風紀に必要な措置を講じなければならないものとされ、上記措置の基準については都道府県等が条例で定める(公衆浴場法第3条第1項、第2項、第2条第3項)(なお旅館業法も同様)
一般に、一定年齢以上の男女を混浴させないことや、浴室は男女を区別すること等を定めており、これらを踏まえ、浴場業を営む者の措置により、浴室が男女別に分けられている
このような浴室の区分は、風紀を維持し、利用者が羞恥を感じることなく安心して利用できる環境を確保するものと解されるが、これは、各事業者の措置によって具体的に規律されるものであり、それ自体は、法令の規定の適用による性別の取扱い(特例法第4条第1項参照)ではない
実際の利用においては、通常、各利用者について証明文書等により法的性別が確認されることはなく、利用者が互いに他の利用者の外性器に係る部分を含む身体的な外観を認識できることを前提にして、性別に係る身体的な外観の特徴に基づいて男女の区分がされている
身体的な外観に基づく規範の性質等に照らし、特例法第3条第1項第5号がなかったとしても、この規範が当然に変更されるものではなく、これに代わる規範が直ちに形成されるとも考え難く、性同一性障害者の公衆浴場等の利用に関して社会生活上の混乱が生ずることは、極めてまれなことであると考えられる
なお、三浦裁判官は、「(特例法第3条第1項第5号)がなければ、男性の外性器の外観を備えた者が、心の性別が女性であると主張して、女性用の公衆浴場等に入ってくるという指摘」に対して、特例法第3条第1項第5号は「治療を踏まえた医師の具体的な診断に基づいて認定される性同一性障害者を対象として、性別変更審判の要件を定める規定であり」、同号がなかったとしても「単に上記のように自称すれば女性用の公衆浴場等を利用することが許されるわけではな(く)」、「その規範に全く変わりがない中で、不正な行為があるとすれば、これまでと同様に、全ての利用者にとって重要な問題として適切に対処すべきであるが、そのことが性同一性障害者の権利の制約と合理的関連性を有しないことは明らかである」とする。けだし正論である。見当違いな指摘に過ぎないということである。
また、「トイレや更衣室の利用についても、男性の外性器の外観を備えた者が、心の性別が女性であると主張して、女性用のトイレ等に入ってくるという指摘」に対しても、「トイレ等においては、通常、他人の外性器に係る部分の外観を認識する機会が少なく、その外観に基づく区分がされているものではな(く)」、特例法第3条第1項第5号が「トイレ等における混乱の回避を目的とするものとは解され(ず)」、「利用者が安心して安全にトイレ等を利用できることは、全ての利用者にとって重要な問題であるが、各施設の性格(学校内、企業内、会員用、公衆用等)や利用の状況等は様々であり、個別の実情に応じ適切な対応が必要である。また、性同一性障害を有する者にとって生活上欠くことのできないトイレの利用は、性別変更審判の有無に関わらず、切実かつ困難な問題であり、多様な人々が共生する社会生活の在り方として、個別の実情に応じ適切な対応が求められる」ことから、トイレ等の利用の関係で、特例法第3条第1項第5号による「制約を必要とする合理的な理由がないことは明らかである」とする。お門違いな勘違いをした指摘に過ぎないということである。
«手段審査»
特例法制定後、性同一性障害に対する医学的知見が進展し、いわゆる段階的治療という考え方が採られなくなり、性同一性障害に対する治療として、どのような身体的治療を必要とするかは患者によって異なるものとされたことにより、必要な治療を受けたか否かは外性器除去術等を受けたか否かによって決まるものではなくなり、外観要件を課すことは、医学的にみて合理的関連性を欠くに至っているといわざるを得ない
特例法第3条第1項第5号による身体への侵襲を受けない自由に対する制約は、治療としては外性器除去術等を要しない性同一性障害者に対し、身体への侵襲を受けない自由を放棄して強度の若しくは相当な危険や負担を伴う身体的侵襲である外性器除去術等を受けることを甘受するか、又は性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を放棄して性別変更審判を受けることを断念するかという過酷な二者択一を迫るもので、過剰な制約である
«まとめ»
なお、三浦裁判官は、特例法第3条第1項第4号と第5号が違憲無効となるとして、特例法全体が無効となるのか、それともそれらの規定のみが違憲無効となるのかについても検討を加えている。つまり、
特例法の趣旨は「性同一性障害に対する必要な治療を受けていたとしてもなお法的性別が生物学的な性別のままであることにより社会生活上の問題を抱えている者について、性別変更審判をすることにより治療の効果を高め、社会的な不利益を解消することにある」
その基本的な要素は特例法第2条の要件であり、同法第3条第1項各号の要件は「それぞれ独立した個別的な要件」である
特に同項第4号と第5号は、いずれも「社会的な混乱を回避することを主な目的」とする規定であり、これらの規定により求められる身体的な状態の変化が、特例法第2条にいう「意思」と不可分の関係にあるわけではない
これらの規定が求める身体的な状態の変化がなくとも、特例法第2条の状態が認められる場合は特例法の対象とすることがその趣旨に合致することが明らかであり、特例法全体を違憲無効とすることは立法目的に反する
したがって、特例法第3条第1項第4号と第5号のみが違憲無効となる
なお、この場合でも、特例法第2条条に係る心理的及び意思的な状態について、一般的な医学的知見に基づき、治療を踏まえた医師の診断により、適正な判断が行われる必要があることはいうまでもない
▶草野裁判官反対意見
草野裁判官も、特例法第3条第1項第5号を違憲無効と考えているが、その理由付けが三浦裁判官とは異なることから、その部分を紹介する。
オチをバラすと、草野裁判官は特例法第4条の効果を無視して、「5号規定が合憲とされる社会」とかなんとかを想像するという意味不明なファンタジックな論述をしている。引用する価値がないと考えよくわからなすぎて詳細は引用しないため、是非自分で読んで確かめてみてほしい。結局のところ、公衆浴場等に〜というよくわからない指摘(懸念)に対して、特例法第3条第1項第5号があろうとなかろうと発生する可能性が低いことから杞憂であることを伝えたかったのだろうと推測される。
«特例法第3条第1項第5号の目的»
«違憲審査基準»
«手段審査»
なお、草野裁判官は、この「5号規定が違憲とされる社会」では、例えば、「公衆浴場等の施設において、性別によって区別されていて、自己の生物学的な性別と異なる性別の者については性器を露出したままで行動することが許容されている区域」を管理する者は、次のような行動を行う必要に迫られるとするが、そのアイデアは参考になる。
▶宇賀裁判官反対意見
宇賀裁判官は、本決定の法廷意見が割りと軽く認めた「性同一性障害者が性自認に従った法令上の性別の取扱いを受ける利益」が憲法第13条により保護されることを欧州やドイツの判例の状況等を踏まえ詳細に論じている点や特例法第3条第1項第4号についていわゆる「リプロダクティブ・ライツ」まで持ち出し、同権利も憲法第13条により保障される基本的人権であると論じている点に特色がある。
また、宇賀裁判官は、特例法第3条第1項第3号のいわゆる「子なし要件」について憲法適合(合憲)判断を行った最決令和3年11月30日集民第266号185頁(令和3年決定)にて反対意見を付しているが、そこでも特例法第4条の効果を明確にしていたとおり、本決定の反対意見でも次のとおり示している。
以上