母との食卓 2
作らなくなった献立
その2 バラ寿司や他のお寿司
かつては、母のためによく寿司を作った。
ちらし寿司、巻き寿司、稲荷寿司、レタス巻き。
何のお寿司が一番好きか、尋ねたことがある。
バラ寿司かなぁ、巻いてマヨネーズが入ったの(レタス巻きのこと)も好き。稲荷寿司はどうでもいい(嫌いではない)。
私が子供の頃から、母はバラ寿司という言い方をしていた。ちらし寿司のことである。
方言か、昔の言い方なのだろうと思っていたのだが、寿司飯に具材を混ぜ込むのがバラ寿司、寿司飯の上に具材を乗せるのが、ちらし寿司だという風に書いてあるものもあって、バラとちらしでは少し違ってくるのだろうか。昔はバラ寿司、今はバラ寿司の上に、さらに具を散らすのでちらし寿司、という解釈でいいのだろうか。バラ寿司という呼称は、今ではあまり聞かない気がする。子供の頃は、バラ寿司と聞くとお花の薔薇をイメージして、その寿司に何故花の名前が付いているのか、不思議だった。
レタス巻きはまだ母が元気で、一人で買い物に行けていた頃、ちょくちょくスーパーの総菜コーナーで買ってきていた。私の作る寿司は、もっぱらちらし寿司程度だったからだろう。
寿司飯を作るのは母の役割だった。寿司桶に炊き立てのご飯をひろげて、ツヤツヤの寿司飯を作ってくれた。
母の作った寿司飯に具材を混ぜ込んで、錦糸卵や大葉やでんぶなどを簡単に散らしただけのものが、私の定番のちらし寿司だった。
私がレタス巻きや、巻き寿司、稲荷寿司などを本格的に作り始めたのは、母が寿司飯作りを降りてからだった。
いつだったか、トマト4分の1個にマヨネーズをたくさんかけて食べる母に、何でそんなにマヨネーズをかけるのかと聞いたことがある。「うちは(そういう人)」母は、にやにや笑って答えた。そういう人=マヨネーズが好きな人=俗に言うマヨラー、だと言っているらしかった。面白くて笑ってしまった。だからレタス巻きが好きなのだと、その時合点がいった。
一人になって、寿司は買う物になってしまった。一人分の寿司を作るのは、ちょっと難しい。致し方ないことだろう。
反対に丼物は増えた。
母は何故か、ご飯の上に具を乗せて食べるものを嫌がった。牛丼も親子丼もNGで、カレーもあまり好まなかった。どういう理由なのかは、解らない。
毎日、朝晩は必ず一緒だった母との食卓。思い出は尽きない。
食べることを大切にした人だった。大切だと教えてくれた人だった。
その母の教え通りに、これからもご飯を作っていこうと思っている。
食卓の向かいに、笑顔の母が座っているつもりで。