猫好きによる 猫好きのための 猫の話(ちょっぴり悲しい編)
ボス猫 小鉄の話
猫を飼ったのは一度だけ。はるか昔のことだ。
でも猫好きだからだろう、猫には何かと縁がある。
まだ私が20代の頃。
勤めていた郊外の小さい電器店には、よく野良猫がやって来た。
売り場部分の裏が倉庫や、事務所、休憩室になっていた。従業員用の駐車場も、店舗の裏側にあった。舗装もしていない、殆ど荒地みたいなそこには、引き取った古い電化製品や、屋根用のソーラーパネル(展示用)などが雑然と置いてあり、いかにも野良猫が集まりそうな場所ではあった。
色んな野良猫が、入れ替わり立ち替わりやって来た。私たち従業員が気まぐれに与える餌を食べて、どこかへ去っていく。
長く通ってくる猫はいなかったが、唯一の例外は、「小鉄」だ。
キジの男子であった。
どうやらその辺りのボス猫らしく、体が大きく、額に傷跡があるところが、じゃりン子チエという漫画に出てくる小鉄に似ている気がして、私が名付けた。
小鉄はもう、老いらくのように見えた。人慣れしていて、堂々たる風格である。片方の耳が、齧られたのか少し欠けていた。
最初は私がご飯をあげていたが、そのうち、一緒に働いていたKさんが、小鉄係になってしまった。
おじさん中のおじさん、Kさん。今まで特に猫には興味はなかったらしいが、なぜだか小鉄を好きになってしまったらしい。
Kおじさんは、それは私の影響であると言ったのだが、違うと思うなぁ。
猫って不思議な生き物だから。
魅入られたんだと思う。
Kおじさんは、すっかり小鉄に夢中になってしまった。
小鉄の耳が欠けているのは、猫山で修行を積んだ猫の印なのだ、などと言う。Kおじさんの地元の伝説なのか、御伽話なのかはわからない。小鉄はそんじょそこらの猫とは違うと、言いたいようであった。
Kおじさんは、いそいそと近くのホームセンターから猫缶を買ってきては、毎日、小鉄が現れるのを待っている。
雨の日などは、やきもきしながら、それでも待っている。乙女のようである。
小鉄が現れない日は、明らかに吸うタバコの本数が増えていたことを、私は知っている。
休憩室の窓から、小鉄が現れる草むらが見える。草むらの向こうは、お隣さんの中古車販売店である。どういう道筋でやってくるのか分からないが、ふい、という雰囲気で現れる。
Kおじさんは、小鉄を見つけると仕事そっちのけで、猫缶をキコキコ缶切りで開ける(その頃の缶は、まだ缶切り必要タイプが多かった)。
小鉄は、時々彼女を連れてくることがあった。彼女は子連れだったりした。
きっと小鉄の子供に違いないな、Kおじさんは、また張り切ってキコキコ猫缶を開けるのだった。
ボスだからな、モテるよな、まるで自分がモテているかのように、自慢するのだ。
バブルに入ろうか、という頃だったと思う。
思えば、いい時代だったなぁ。
仕事そっちのけで、猫にかまけていてもお咎めなしである。
どのくらいの期間、小鉄が通って来たのか、はっきりとは覚えていない。
ある日を境に、毎日のように現れていた小鉄がぱったり来なくなった。
もうだいぶんお年のようだったしな、私もKおじさんも思った。
前兆もあった。
動きが緩慢になっていたし、エアコンの室外機の上がお気に入りの日向ぼっこの場所だったけれど、雨上がりで、水が溜まっている上に座り込んだりしていた。
どうしたんだ、Kおじさんは悲しそうに呟いて、小鉄を抱き上げていた。
10日ほど経った頃だっただろうか。
Kおじさんが倉庫で作業をしていると、草むらから、小鉄が現れたという。
小鉄、
Kおじさんが呼ぶと、小鉄は小さく、にゃ、と鳴いたのだそうだ。
Kおじさんは、猫缶を取りに行くため、その場を離れた。再び戻ると、小鉄の姿はもうなかったらしい。
Kおじさんはかなりがっくりしていた。肩が10cmくらい落ちていた。
その2日後くらいに、隣の中古車販売店のお兄さんが、いつもお宅に来てた猫が、廃棄物を積んでいる砂地で死んでいると、教えてくれた。
Kおじさんは、スコップを持って引き取りに行った。
その後、どこかに埋めたと言っていた。
小鉄は、きっと最後の力を振り絞って会いに来てくれたんだ。
さよならを言いに、自分に会いに来てくれたんだ。
Kおじさんはそう言って、涙を拭った。
私もそう思う。
ありがとうって言いに来たんだよ。
私も泣いてしまった。
その後、その電器店は閉店になった。
Kおじさんとは、それ以降会っていないが、きっとKおじさんは、今も小鉄のことは忘れていないだろう。
猫は不思議。
もうひとつ、忘れられない不思議な話がある。
次回に。
写真の金眼銀目(オッドアイ)の白猫ちゃんとは、最近知り合った。
これもひょんなことから。
この話も次回。
本当、猫は不思議。
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