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短編小説「外面がいい」⑤〜不安西先生〜

愛って200通りあんねん。

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MCと芸人のいつものやり取りから番組が始まった。

「皆さんは、なんのくくりですか?」
「僕たち…奥さん大好き芸人です!」

TVの前で、気持ち悪くなるほどに鼓動が高まっていた。
雅也が出る出ないにかかわらず、「ヒルトーーク!!」は毎週視聴していたが、今回は特別である。

雅也が芸人人生で初めて、妻、すなわち私の話をする。

正直、見たくない気持ちもある。
でも、見ておかなければならないような気がした。

雅也はグレーのソファで私の隣に座っている。
いつものように灰色の部屋着に身を包んでいた。

オンエア時に別の仕事が入っている時以外はこうして一緒に見ることにしている。今日は、隣にいられるのもなんだか恥ずかしい。

雅也だけ別の部屋に行くことを提案したものの、「まぁ、カットされてる可能性もあるし」と言いながら隣から動かなかった。

TVの中では、雅也は黄色い衣装でひな段の後段中央に座っていた。

トークテーマに入る前に、雅也が「もう、妻のことが好きすぎて、できるだけ会っておきたいからちょくちょく帰ってるんです。」と話し始めた。
私は少しドキッとしてしまう。普段の雅也からそのようなことを言われたことはない。

すぐに他の芸人が「そうそう」と場を継いで、いかにそれぞれの妻に早く会いたいかが口々に語られた。

なんとなく配偶者を下げて笑いを取るのが普通とされている中、ちょっと異様な雰囲気が面白い。
だが、配偶者を悪く言う「普通」が、もしかしたら異様なのかもしれない。

誰かが、「みんな奥さんに会いたいでしょうから今日はもう帰りましょ!」と言いながら、本当に帰ろうとしたところをMCに制され、スタジオ内の笑いを誘った。

黙って隣にいる雅也を見る。
そういえば、私が家にいる時、雅也は午前中に収録に出かけ、家に一旦戻ってまた別の収録に向かうことがあった。
帰っても、特に話すわけでもない。
なんで、わざわざ面倒なことをするのだろうと思っていたが、そういう理由があったのか。

いやいや、場を盛り上げるためにそう言ってるのだろう。きっと。

人気漫才師のうちの1人が、「妻が男と少しでも関わってると嫉妬してしまう」と嘆いて、スタジオ内にちょっと引いた笑いが起こった。
妻に対する独占欲が強すぎて、彼女を担当する美容師も、夫である自分が勝手に女性を指名するのだという。
それ自体が漫才のネタのようで、噛み締める口から笑いが漏れてしまう。

芸人というのはプライベートでも芸人なのかもしれない。

雅也はどうなのだろう。
彼の話を早く聞いてみたい。
いつの間にか、待っていた。

CM明けに「奥さんのどこが好き?」というテーマになった。
会話がボールのようにポンポンと跳ねるような今までのコーナーと違って、一人一人の芸人とMCの対話を中心に、他の芸人がガヤを入れながら展開していく。

妻が天然の場合は、そのエピソードでほっこりした笑いを呼び起こすことができるし、スタイルがいい妻であれば、体のこの部分が好きという自らの変態性の発露で笑わせることもできる。

私には、雅也が語れることはあるだろうか。

「あきらめてるところですかね」

突然、雅也の声が聞こえた。が、隣では彼は黙っている。
そっか。TVの中での雅也だ。

しかし、この発言に和やかだったスタジオ内は一瞬シンとしてしまった。
MCも「はて?」という顔をしている。

TVの中の雅也が慌てて手を横に振る。
「いやいや、いい意味でですよ?」

「いい意味ってどういう意味よ!ちゃんと説明してっ!」と他の芸人。
「いやいや、あんたが奥さんみたいになってるやん!」とMCがすかさず反応し、また笑ってもいい雰囲気に戻っていった。

「いやね、うちの妻は結構できひんことが多くて、運動やとか、ペットボトルの蓋….あ、これ以上言うたら怒られるかな。まあ、とにかく不器用なんですわ。」

なんと「奥さん大好き芸人」の回で一番の悪口である。スタジオ内も遠慮がちな「フフっ」という笑いしか起こらず、たまらなくなった。

思わず隣の雅也の顔を見る。雅也は、いつもより少し前のめりになって、画面を見つめていた。

「でもね」

スタジオ内の空気、そして私の気持ちを切るようにTVの中の雅也が少し大きな声で言った。

「彼女はそれを自分で認めて、一旦あきらめるところからスタートしてはるんです。できひんことは一旦あきらめて、自分のできることから最大限にやって、例えば落語の時もめちゃ丁寧やったし、国文学で、博士..まあいや、すごいところまで極めてるんです。」

笑いは起こらないが、MCがうんうんと優しく頷いている。

「でね、俺も、こんなこと言うたらあれやけど、素のままだと芸人なんてできひんような人間で、こう…自分を作ってて、それに後ろめたさ感じてたんです。」

いつも饒舌なTVの中の雅也が珍しく言い淀んでいた。
隣にいる雅也との境目が分からなくなった。
私は足の爪先までが心臓だったみたいに鼓動が止まらなかった。

「けど、彼女の生き方、一旦あきらめる、そこからスタートなんやって。自分も、このやり方、生き方でいいんやって思えて、存在に安心するというか、ずっと、離れることができないんです。」

スタジオ内がお笑い番組らしからぬ、暖かい拍手に包まれた。

雅也は拍手を振り切るように、わざと明るく言葉を重ねた。
「ほら、あるでしょう、スラダンで、『あきらめてからが試合開始ですよ』って。」

そう言うと、
「それはどっちかというと、『不安西先生』やな!」と、MCが発言。
「不安西先生」のテロップと共に不安そうなメガネのおじさんのイラストが添えられた。

スタジオにも安心したような笑い声が上がった。

そういえば、大学の時、頭のいい先輩がこんなことを言っていた。
「人は、誰かの知らない部分を憧れで埋める。」
私は、雅也のことを知っていただろうか。


私の隣にいる雅也が突然口を開いた。
「笑いに行くまでの時間が長かった、ようカットされんかったな…」

そんなことを言う。


すでに隣にいる雅也に、もうちょっとだけ、くっつきたい気がした。


たねあかし

アメトーークCLUB

この話を書くに当たって、過去の「アメトーーク!」を視聴し直す必要があった。月額700円で「アメトーークCLUB」に入ると過去の収録を視聴することができる。もったいないから他の回も見ておこうか。(おすすめあったら教えてください。)

実際の「奥さん大好き芸人」の回は、2020年6月に放送された。コロナ禍のため、人数を抑えてソーシャルディスタンスが保たれており、「コロナ禍」からもう4年も経ったことに驚いてしまう。
収録直前に、サブMCとして出演予定のアンジャッシュの渡部さんの不倫があり、急遽フットボールアワーの後藤さんがサブMCになった…と噂されていたが、後藤さんがその噂を否定することから始まっていた。

雅也のいる世界では、コロナが2ヶ月で食い止められ、広まることはなかったようだ。

でも、渡部さんの不倫は、あった。

「でけへん」VS「できひん」

雅也の関西弁は変にならないように気を遣った。

私は千葉出身、福岡在住だが、中学2年〜高校、予備校生で5年間大阪に住んでいた。いわゆる「帰阪子女」である。いわゆらないか。


「〜ができない」と言う意味の「でけへん」について、大阪時代の友達は「できひん」とも言ってた気がして、ちょっと迷って調べてみた。

上記のサイトによると、以下の傾向があるようだ。

京都・滋賀・奈良→できひん
大阪・兵庫・和歌山→でけへん
ざっくり言うと、上記のようになります。

よく分かる関西弁講座/関西弁できへんとできひん違いは何?

ただ、大阪でも京都に近い、北摂地方は「できひん」率が高いらしい。
私が住んでいたのは大阪の北部にある豊中市だったので、友達は「できひん」と言っていたのであろう。

「でけへん」の人は生粋の大阪人という感じで、根っからの面白い人が多い気がする。

雅也は根っからの面白い人というより、演技派系芸人なので、「できひん」の方を採用した。





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