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ホットサンドは三十一文字
始まりは、年末だった。
夫が仕事納めの日、午前中で仕事が終わったので、息子(2歳)と職場まで迎えに行った。
合流後、自家用車兼社用車のカローラに乗り込む。
仕事納めの日、なんとなくうきうきしているのが伝わった。そのまま家に帰るのはもったいない。
「ずっと連れて行きたいところがあったんだ。」
聞けば、いつか夫が仕事中に立ち寄って感動するほど美味しかったお店があるらしい。
連れていかれたのは、「ららぽーと福岡」の「倉式珈琲店」だった。
「ここのコーヒーとホットサンドがめちゃくちゃ美味いんだよ。」
倉式珈琲店に到着すると、店の前では幾つものサイフォンボールが並んでおり、ぶくぶくと沸騰して、明るく灯っていた。
私はコーヒーに詳しくない。詳しくないけれど、なんとなく「サイフォンコーヒーは、期待できる。」そんな知識だけはあった。付け焼き刃のコーヒー好きの血が騒ぐ。
落ち着いた木目調なのに明るい店内。看板にはパフェやティラミス状のわらびもち、グラタンやカレーなどの食欲をそそるメニューが視覚と味覚に訴えてきた。あぁ…全部食べたいなぁ…。お腹が空いてきた。
でも、目的はホットサンド。
息子をボディバックに乗せて3人で店内に入り、広めのテーブル席に通してもらった。
メニュー表には、トーストやホットサンドだけでも幾つものトッピングがあり、目移りしてしまう。
だが、夫の「断然、ベーコンチーズがおすすめ。ベーコンチーズしか食べたことないけど。」という自信ありげな口調に従う。
「ベーコンチーズホットサンド」を二つと、偏食気味の息子に「厚焼きトースト」を一つ、そして、あのサイフォンで入れたホットコーヒーを2杯注文した。
程なくしてホットサンドとコーヒー、厚焼きトーストが運ばれて来た。
コーヒーはサイフォンボールごと来たので驚いた。息子に厚焼きトーストをちぎっている間に夫が2人分入れてくれた。
口をつける前からいい匂いがする。一口飲んでみて、「わぁ…あったかいなあ」と感じた。
私はコーヒーの違いがあんまりわからない。苦味とか酸味とかフルーティとか言われてもピンとこないのだ。だからこそ、美味しいコーヒーには「あったかい」という感想になってしまう。多分、それでいいんだと思う。美味しいコーヒーは、余計な雑味がしないからだ。
「俺はこのコーヒーを飲むと、おっちゃんが浮かんでくる。日に灼けた手で丁寧にコーヒー豆を収穫してる、歯が白いおっちゃんが。浮かんでこない?」
夫はこう言ったけど、それはさすがに「情報」ではないだろうか?試しにもう一口飲んでみると、確かに遠い国の「おっちゃん」が浮かんだ。夫の言葉に引っ張られているのかもしれない。
「ちゃんとフェアトレードできているといいね。」
私の感想もやっぱり「情報」だった。でも、こんなに美味しいコーヒーを生み出す方々には適正な報酬が支払われいて欲しい。
そして、ホットサンド。
ホットサンドは実家でよく母が作ってくれたが、お店で食べるのは初めてだ。しっかりとプレスされたパンが斜めに切られており、チーズがはみ出している。
一口かじると、口の中に一度にチーズとベーコンの旨みが広がった。
もう情報と言われてもいいから言わせてほしい。これは「zip.」だ。プレスされたことによる旨みの圧縮。それが口の中で一気に解放された。圧縮されていた分、口の中で自由に動き回る。そしてそれを包むサクサクのトースト。
「家でもやりたいねえ、これ。」
なんとなく、そういう話になった。
そして、この年末年始休暇中、ホットサンドメーカーを買うことにした。
ホットサンドメーカーのことを思いながらも、年末は掃除、年始はゆっくりしすぎて、結局1月3日に電器店へ。
同時に食パンを買わないとな、ショッピングモールを探していたら、「ねこねこ食パン」を見つけた。ねこの形のホットサンドなんて魅力的だ。5枚入りを買ってきた。
こういうの、私の悪い癖だ。初心者なら、最初は基本を守るべき。それなのに、最初から変化球を狙おうとする。
結局、ホットサンドメーカーの四角い型には入らず、泣く泣く周りを切り取らなければならなくなった。
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チーズ2枚とベーコンを挟み、低温5分。中温5分。
あの店で食べたプレス感には程遠い。あの美味しさは面影を残すのみだ。
その日は夫の年末年始休暇の最終日だった。夫は月曜日から土曜日まで仕事で、出勤日は家で朝食を食べない習慣だ。
「次の日曜日までに、ホットサンドを美味しくしてやんよ。」
と、私は豪語した。
2日目。「サンドイッチ用食パン」でチャレンジ。
しかし、サンドイッチ用食パンは今度は薄すぎる。
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薄すぎるとプレートにとどかず、うまくプレスできないのだ。うっすらとしか模様がついていない。
気を取り直して3日目。
「6枚切り食パン」中温7分、高温3分。
ホットサンドならではのプレス模様もついてきた。
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だんだんと旨味のzipファイル感も出てきた気がする。
そして、4日目。
日曜日。ついに夫もホットサンドを食べる、本番(?)だ。
やはりこういうのは一気にプレスすべきと思い、高温15分。
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色は若干焦げかけているが、今まで一番美味しいホットサンドになった。
夫は「もうちょっと色々ギュギュッと詰め込んだらお店に近づくかも。」と、まだまだ改善の余地ありみたいなことを言った。
ホットサンド研究会の活動は、これからも続きそうだ。
ホットサンドを作る時には端っこ、すなわち食パンの「耳」は全て取り除くことになる。ホットサンドを作った後は大量のパン耳が残ってしまい、「もったいないなぁ…」と思ってしまう。
そこで、このパン耳を小さく切って、ラスクにすることにした。
フライパンにバターを10g溶かし、そのバターに絡ませながらパン耳を炒り、てんさい糖をたっぷりまぶす。朝食の後のコーヒータイムにぴったりなラスクができた。
食パンの耳をラスクにすることはホットサンドを食べるのと同じくらいの時間のぜいたくであるような気がした。
話は変わるように見えるが、私は最近短歌を詠んでいる。
5-7-5-7-7のリズムで、全部で三十一文字になるように言葉を選ぶのだ。
ホットサンドを作ることは、短歌を作るのに似てる、と思った。
型に合うように、美味しいところを切り取る。
情景から、三十一文字を切り取る。
でも、三十一文字に選ばれなかった言葉、ホットサンドでいうと「パンの耳」もある。
いい言葉なのに、型に当てはまらないから、選ばれない。
その短歌が評価されればされるだけ、選ばれなかった言葉は、忘れてしまうかもしれない。
短歌だけじゃない。物語にも、書かなかった設定があり、エッセイにも、蛇足だと思って消去したエピソードがある。
そうやって、選ばれなかった言葉は、自分だけの美味しい言葉になる。
バターに絡めて、砂糖をまぶせば、サクサクのラスクになるだろう。
選ばれなかった言葉のサクサク感が、ホットサンドをさらに美味しくするのだ。
三十一文字 その外側に切り取られているパンの耳をラスクに
(了)
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