自分の敵は自己呪縛
行動経済学の一つであるサンクコスト効果の心理学的要因として、以下の5つが挙げられる。
○ 損失回避
損失回避の法則とは、「人は利益を得ることよりも損失をより強く嫌う」という心理だ。
1979年にダニエル・カーネマン氏とエイモス・トベルスキー氏によって提唱された「プロスペクト理論」に含まれている法則で、リスクを回避しようとする人の特性を表している。
この法則によれば、利得と損失が同じ額の場合、利得の喜びよりも損失の悲しみのほうが、1.5~2.5倍も大きく感じてしまうとされる。
たとえば、1万円が手に入れば嬉しいはずだが、同じ1万円を失った落胆は、それをはるかに上回る。結果として僕たちは、1万円を失うリスクをなんとしても回避しようとする。たとえその結果が、新たな1万円を手に入れるチャンスを犠牲にしているとしてもである。
サンクコスト効果でいえば、損失を被って嫌な思いをしたくない一心から逆に無駄な投資にこだわり続けることが、損失回避の心理となる。
○ フレーミング効果
フレーミング効果とは、同じ情報なのにそれを提示する方法によって、人々の判断や意思決定が変化する現象のことを指す。
情報の「枠組み」(フレーム)によって、人々の情報の受け止め方やそれに対する反応は、異なるということだ。
たとえば、ある医薬品に効果があると情報を伝える場合、「80%の人が効果を実感しました」と効果の高さを強調すると、人々はその医薬品に対して好意的な印象を持つ。
ところが、「20%の人は効果を実感できませんでした」とマイナスな可能性を全面に打ち出すと、人々は同じ医薬品の同じデータであるにも関わらず、否定的な印象を持つことになる。
同じ情報でも、それをどのようなフレームで提示するかによって受け止め方や判断に変化が生じるため、フレーミング効果は広告やマーケティング、政治などの分野で重要な役割を果たしている。
たとえば、野球やサッカーの試合結果に「1勝9引き分け」と「10戦無敗」の、どちらの表記を用いるか。
一度も負けたことがないという意味では同じなのに、「10戦無敗」と聞くととても強いチームのような印象を受け、「1勝9引き分け」とすれば平均以下の実力と捉えられるのではないか。
スーパーやコンビニで売られている栄養ドリンクは「ビタミンC 1,000mg」などと表記されている。1,000mgとは1gだが、数字の大きいほうが栄養価も高い印象を受けてしまう。「ビタミンC 1g」を採用するメーカーなどない。
「レモン◯個分のビタミンC」「レタス◯個分の食物繊維」などと書かれているのも、フレーミング効果を活用しているわけだ。
○ 非現実的な楽観主義
非現実的な楽観主義は、自分は他人に比べてネガティブな出来事を経験しないだろうと思い込む、心理的傾向を示している。
たとえば事業に投資した場合、成功の確率を過大評価し、失敗の可能性を過小評価しやすい傾向が強くなる。
新規事業に多額な投資を行った場合、現実の裏付けや根拠がどうであれ、いつかうまくいくだろうと人は思い込みがちなのだ。
○ 自己責任の意識
他人が下した判断なら方針転換が容易でも、自分自身が決断したプロジェクトを中止するのは、非常に難しい。サンクコスト効果は、プロジェクトの発案者や意思決定者など、そのプロジェクトの成功に利害のある人にとって厄介な問題になりがちだ。
○ 無駄にしたと思われたくない(思いたくない)心理
決断を下した本人は、お金を無駄にしたという罪悪感から、さらに無意味な投資を続けてしまうことがある。
たとえば、チケットを買って映画館に入ったものの、30分くらい経ってその映画の何が面白いのかさっぱり分からず、うんざりしてくる。
しかし、他の観客から自分がチケット代を無駄にしたと思われたくない、自分自身も金を無駄にしたという嫌な気持ちを味わいたくない、その二つの理由から、最後まで頑張って観続ける。努力が報われる場合もあるが、30分観てつまらない映画は、2時間観てもつまらないまま終わることの方が多い。
無駄を避けようとする心理が働くため起こる、さらなる「無駄」である。
サンクコスト効果の影響下にある判断は、不利益をもたらす誤った選択につながることが多く、問題を引き起こす可能性も少なくない。
論理的な判断でなく、自分に利益をもたらさなくても、時間や金銭、エネルギーを投資し続け、さらに引っ込みがつかなくなるという悪循環に陥る。投資を続けるほどに深みにはまり、火に油を注ぐことになる。
そうならないためには認知バイアスにとらわれず、論理に基づいた冷静で合理的な判断をする必要がある。
サンクコスト効果がどう作用するか、それを補強する心理学的要素にどんなものがあるかを理解していれば、判断を下す際に認知バイアスについて気を配るようになる。
そのためには、以下の質問を自分に問いかけるようにする。
自分は何を失うことを恐れているのか?
自分は何をすることをためらっているのか?
今のこの状況について、自分は失敗や成功をどう定義しているのか?
その成功と失敗の定義は、理にかなっているか?
自分の試みが成功する実際の可能性は、どれくらいあるか?
誰か別の人が同じターゲットに投資すると決めたら、自分はどうするか?
友人が自分と同じ状況にいたら、どんなアドバイスをするか?
いま恐れているのは、無駄にしたと後悔することか? 他人からそう思われることか?
その懸念は、合理的なのか?
プロジェクトにコストをかけたからといって、沈みそうな船と運命を共にすることはない。過去を手放して、今のチームにとって最善な決断を下すべきなのだ。
サンクコスト効果の影響下では、実は自分自身が最大の敵となっている。
まずは自己の内面を振り返り、客観的に判断することを心掛けたい。
Atelier hanami@はなのす