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億シズ

オクシズという名称がある。
「奥静岡エリア」の略で、静岡市の約80%の面積を占めながら人口は5%に満たない地域の総称だ。
「オクシズ」を耳にし始めたのは、10年くらい前からだったろうか。たぶん行政が命名したであろう、造語である。

まず、静岡市民がどれほど「オクシズ」を認識しているか、微妙なところだ。
現役時代、部下は地元・清水出身が多かったが、オクシズを知らない人間は珍しくなかった。
極端な話に聞こえるかもしれないが、清水に生まれ育ちそのまま就職するパターンだと、他市はおろか静岡市葵区や駿河区にもプライベートで出かけたことがないという人物がいるのだ。当人いわく「出る必要性を感じないから」ということだった。

大東亜共栄圏だいとうあきょうえいけんかかげた戦さにやぶれ、日本中が品不足・食糧不足の時代にあっても、清水だけは比較的苦労せずに済んだと聞く。
駿河湾があって川があるから、魚貝に困ることはない。気候が温暖で作物が良く育ち、果物も採れたから、栄養のかたよりも少なかったに違いない。
南の島の人がそうであるように、あくせくしないでも生きていけるなら、人間呑気のんきにもなるだろう。
恵まれた環境の中、戦後80年近くが経過した。それが現代に近づくほど、深刻度深まる課題に直面している。急激に進む少子高齢化による地域の過疎化、やがては消滅していく未来しか、見えてこなくなったのだ。

オクシズ地域おこし計画推進協議会委員という、任期中に覚えられそうもない長たらしい役職を拝命した。
昨日は担当部署の係長が我が地区にやってきて、住民代表と意見交換がなされる。
主なテーマは、地元の滝までの遊歩道整備。自然災害の影響もあり、がれきやら岩の除去やらを行政に要望する。僕はオブザーバー的な立場から同席した。

担当係長いわく、それをすることでのメリットを示せない限り、今は予算が下りないとの事である。
至極しごく、ごもっともと思う。地元民もほとんど足を踏み入れない場所に金をかける、どういう妥当性があるのか。逆に陳情している参加者側に問いかけてみたくなる。
自分らは年寄りだから、カネがないからとすぐに役所に頼る時代は過ぎた。係長からも、担当部署の予算は常にギリギリで助成金の枠などなく、地元が半分負担の補助金であればとの回答だ。
その場合、20万円かかる事業なら10万円は市が負担しますよ、逆に言えば10万円の予算は地元が捻出ねんしゅつしなければならず、あまり大きな負担は無理でしょう?となる。

それが観光という切り口であれば、10万円が1億の事業に化けることも可能になるという。
滝が観光資源に有効と判断され、訪問客が年間に何万人と訪れ、食べ物や土産みやげを売る店が出てくる見込みでもあれば、そのための事業費を生み出せる。

市側で欲しいのは陳情じゃなく、将来を見据えた提案である。説得力ある物語が作れるなら、逆に彼らも大歓迎であるという姿勢だ。

僕から係長に、今日行われたような話し合いは、オクシズ全体としてどういう状況にあるか訊いてみた。
「どこも一緒です。私たちの部署は地域おこしをうたっていても、現実はお年寄りからの要請に、ささやかに対応するくらいが関の山です」

空き家を提供して移住者を募ってもいるようだが、何か成功事例は?
「今のところ、ありません。まれに若い人がやってきても、地元では労働力が来たくらいの感覚でいいように使いまわし、最後は嫌になって出ていってしまうとか。そんな感じですね」

つまり、同じようなアプローチをしていても、こちらで望むような整備はおぼつかない。せいぜい、草刈りくらいでお茶を濁される程度だ。
誰もが考えつくレベルの「地域振興」とやらでうまくいった試しがないと、当事者の役人が認めている。では、どうするか。

妄想の翼を拡げ、10万円・100万円のケチな陳情などやめ、数億・数10億かかる未知の構想を掲げるしかない。おらが村に「億シズ」を実現させるのだ。考えるだけならタダで出来るぞ。よおし、やったるか。

ところで、自分が住んでいるところが「オクシズ」だって知ったの、つい最近である。清水はオクシズに該当しないって、ずっと思ってた。我ら200世帯の大半は、そんな状態じゃないの?

千歩の道も一歩から。
しかし、「億シズ」の一歩は桁違いに遠そうである。

イラスト hanami🛸|ω・)و


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