「宿題しなさい」ではなく「ゲームしなさい」
最近、ゲームのことで家族内での言い争いが絶えなかった
先週、家族会議で決めた「ゲームのルール」
次男の意見を聞きながら、家族で「どうしたら守れるか」
「依存しないで楽しめるか」を考えて決めた
でも、初日からルールは破られた
みんなで決めたルール、自分の意見が反映されたルール
なのにもかかわらず、「そんなルール知らない!!」と言い張り
ルールを破り、時間を延長して続け
思い通りに延長ができないと暴れ、暴言が飛んでいた
今朝も、仕事に行く私を引き留めて
朝から「ゲーム時間を伸ばせ」とこの口調
ルールだからできないと伝えても
その場から動かず、仕事に行く私を阻み
暴言の矢が飛んでくる状態
そんな次男を振り切り、仕事へ向かったが
祖母に学校への送り出しなどをお願いしていたので、心配事が残ったままで
不安と怒りで頭がいっぱいになった
仕事で会議中、電話が鳴った
「ゲーム時間延ばして」と
午後からの時間分はすでに伸ばしていた
それを使い果たしての電話連絡だった
仕事中ということもあり
周囲を気にしながら「ルールを守ること」を説明し
「今日は、帰ったらもう一度話し合いをしよう」と電話を切った
夫からLINEがあり、これからどうしようかと軽く打ち合わせをした
夫はゲーム自体を辞めさせたいと考えていた
私は完全に取り上げてしまったら、次男の気持ちはどこに向かうのか、
自分で考えて行動することができず、親に言われたからという言い訳だけが
出てくるのではないかと考えた
2人の意見は違ったが、
どちらも次男の依存しているところ、暴力や暴言を辞めさせたいと真剣に考えた結果の相違であった
ネットで「ゲームのやめさせ方」と検索したとき
ある精神科医が提唱している方法が目に入った
それは
「本人の望むようにルールを決め、
それを義務として果たさせるということ」
つまり、次男が「ゲームを3時間する」と決めたら
どんなに眠くても、宿題が終わっていなくても
3時間ゲームをするように促す
「宿題しなさい」の代わりに「ゲームしなさい」という
子どもは(大人も同じだが)強制されたことは
「やりたくない」と反発心を持つ
なので、初めはゲームができると喜んでしていても
「しなさい」と言われ続ければ、それがつらくなったり、
それが義務として必ずやり遂げなければいけないとなると、
楽しいよりもつらくなり、自分でセーブできるようになるというもの
この方法は、短くても半年がかりの長期戦になるが
私たちはこの方法を選択した
自分で決めたルールで楽しくゲームを続け、ただし自分で決めたルールなので必ずやり遂げるという義務が出てくる
その中で、楽しくゲームを続けるためのセーブした新しいルールへ切り替えられる
という流れを期待している
どういう効果が出るかはわからないが
今日は次男が考えたゲームのルールを黙って聞き、書き出した
時間やゲームの内容、オンラインでの友達との通信など
これまで心配して口出ししてきたことは、親がぐっとこらえて
次男は、とても細かなところまでルールにした
ゲームを始める前に終わらせることや、ゲーム中の友達とのかかわり方など
また、一番悩んだのが課金について
課金してみたいけど、のめりこんでしまいそう、でも1回くらいはやってみたいと・・・
使える金額を自分で決めることができた
そして一番最後に
「あっ!忘れてた。家族の時間を作る」と提案をした
その一言で、私たち夫婦は少しほっとした
まだ家族との時間を楽しもうと思えている
最近続けていたボードゲームなど楽しかったのだろうと
それだけも、今日は収穫があったように感じる
そして、きっとこの子は大丈夫
自分で気づいてコントロールできる日がきっとくると思えた
その時が来るまで、私たち夫婦がぶれることなくかかわることが
これからの課題
まずは「ゲームしなさい」と笑顔で言えるようにならないと・・・