Johann Just Schuchart ,London. ca.1741-1753 の修復作業を終えての雑感
2023年9月に故 堂阪清高氏より修復を託され、2024年12月7日にようやくコンサートで使えるレベルにまで修復・調律ができたわけですが、私が今感じていることを率直に書き留めようと思います。
ただ単に形を元通りにする修復作業とは違い、楽器として実用に耐えるものにするために初期のバロックファゴット研究の第一人者、マシュー・ダート氏の研究論文に記載された計測データ、当時のイギリスの運指表などを参考にしました。これは、楽器のアウトラインを知るために必要なことでした。
作業内容が調律の段階に入ったときは、ダート氏のアドバイスも有り 1/6ミーントーンのチューナーに合わせて18世紀イギリス流運指での調律作業を進めました(実際、彼はステインズビーのファゴットをその音律で調律しているとのこと)。しかし、息の流れやちょっとした唇の圧力で音程は変わりますし、私たち演奏家にはチューナーに合わせてしまう調整力が備わっています。これも必須の過程ですがこれだけでは使える楽器にはなりません。
ここから先の調律は、別次元に入っていきます。
実際には、信頼できる他の楽器の奏者と一緒に演奏することがもっとも肝心であり、これが必須で最後の作業です。
実際の演奏では、チューナーで合わせたはずの音が前後の音の響きやフレーズ感によってはしっくりこないことが度々起こります。
それをひとつひとつあぶり出して修正する作業は本当に楽器との対話で、調律者の感性の世界です。
修復が完成した今現在、強く感じることですが、私が修復したのはバロックファゴットの一番肝心なテナージョイントで、ブーツジョイント、ロングジョイント、ベルなどはできるだけ触らないようにしました。しかし調律中はそのテナージョイント以外の楽器のパーツがあるべきテナージョイントの姿を示唆してくれていたのです。このことに気づいたとき、暗中模索であったの調律作業の方向性がはっきりとわかりました。言葉にすると簡単なことですが「楽器が鳴りたいと思う音を鳴らしてやれば良い」ということでした。
これはこの楽器がもともと優れた楽器であり、かつては18世紀の名手たち、そして近年は堂阪氏とともに数々の名演奏を繰り広げてきた歴史を持つ特別なバロックファゴットだったからでしょう。