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円相図(4/4)
5.『光境ともに亡ず』
空を知る智慧《光》と、有/無の関係性の結節点であり、知にまつわる構造として運動しつつ存するであろう《境》(その構造と運動を見きわめることが大問題)が、ともに《亡ず》消えてなくなるとは、どういうことだろうか。
“空もまた空じられる”
この言葉を想像の起点とするなら、身には《空》について、ある一定の見方と偏り、執着ともいえる“おもねり”が生じると思われる。
また、それは《空》が言葉である以上免れないことであり、「生きるとは何か」という形而上学的な“存在”を無条件の前提とする問の様相にも似るようだ。
それを過ちと断じようが、道筋と捉えようが、ただ《空》が“空じられる”その運動を理解するにあたって、《境》は雲散霧消せねば障りとなるだろうことだけは記述したい。
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ーーー《光》が亡ぶーーー
《光》に喩えられる智慧は《一切空》を体得する智慧で、言葉を変えれば“悟り”の智慧といえるだろう。
抽象的な(有無二元論的)議論を排し、主体を滅して、あらゆる現象が実体を持たない《空》である道理を体得することは“迷い”を脱することと推察する。
しかしこの道理は言葉で表すことができない。言葉にすれば必ず言葉に固執する。固執する愚かさは《無明》とよばれる。
無無明(むむみょう)
亦無無明尽(やくむむみょうじん)
「悟りもなければ、迷いもなく、悟りがなくなることもなければ、迷いがなくなることもない」と般若心経では教えている。
人は人であることに限界がある。人は人として可能なことしか表現できない。『光が亡ぶ』とは表出不可能な体験をいうのかも知れない。だが、それは身体的感覚であろうし、身のうちの躍動でもあろうと思う。
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ーーー《境》が亡ぶーーー
「境が亡ぶ」とは突き詰めれば言葉が消えること、そして、言葉によって識別される対象も消えることではないか。
しかし亡ぶのは物質的現象や意志作用(五蘊)だけではなく、思考の領域にある道理すべてが消えてなくならなければならない。
少々大胆な意見に傾くが、諸行無常、一切皆苦、諸法非我という仏教の根本原理すらありはしないのではないだろうか。
《空》は仏教が射程とする「真の実在」を根本的に成立させている。しかし《空》が空性を裏切ることはない。《空》が《境》を作る要因ならそれは亡びなければならない。
「空もまた空なり」である。
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6.『またこれ何物ぞ』
《光》と《境》が消え、意思と運動からなる(言葉の)道理は消え、あらゆる論理形式は尽きはてる。
だからこそだが、この最後の一句は“詠嘆”と読めるし“疑問”と解することもできないか。
わからないのである。なぜこのような仏性が身に備わるのか、身のうちに掘りあてることができるのか、道元にも西田幾多郎にもわからないのである。だから深い嘆息ののちに『何物ぞ』と発するのだろう。
『心月孤円』は尽きた言葉の場に残される疑問であり、かつ、その境涯を体得する感嘆であるかのように今のところは読んでいる。
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平等院から遠くはありません
家族の死にたびたび直面した西田幾多郎がそうであったように、生きることとその苦しみが分かち難い人たちにとって、考える行為は“祈り”に近いと思う。
このご時世には合わないかも知れないが、世の中にはそういう人は少なくないだろう。
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