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【音楽】大日本異端芸者を忘れられない理由

あいにく、この文章も個人的な話で始めようと思います。
私はガゼットを11歳の春に初めて知って、衝撃を受けました。最初に聞いた曲は「DIM」という心を打ったアルバムの「THE INVISIBLE WALL」だったけど、もっと興味をそそったのはインディーズ時代なのです。みすぼらしい見た目、汚いサウンド、ドンドンのリズム、バリバリな声、意味不明な言葉。
インディーズ時代のガゼットはあの頃の青春の悲鳴の純粋な表現だと思います。

なぜそんなに惹かれたかというと、ガゼットがこの私の政治的な意識を形にしたからと言えます。ガゼットとヴィジュアル系の世界との出会いの前に、「NANA」というアニメを初めて観て、余程感動しました。「NANA」という作品は自分の成長のために非常に重要なアニメでした。言うまでもなく、あの時より22歳になったら「NANA」のキャラクターとかすべてのストーリーは特に心に響くのも当然です。いつもから、このアニメをある意味で青春のアイデアリズムと現実との衝撃の描写に思っていました。「NANA」の若者はニヒリストというわけではなく、最後にニヒリストになってしまいます。
初めに蓮、そしてナナ、そしてノブとやすの東京に行ったりし、ミュージシャンになるという夢。なお、小松奈々の大人になり、高校生時代の友達と彼氏との再会の願いのために、上京したりし、結局自分で本当の愛を探してしまいます。自分の道に沿うのをきっかけに家族から離れるし、家族と社会の期待に盾突いてしまう若者です。だって、「NANA」の冒頭はモダンなパンクの精神を具象すると思います。その夢を叶えるために緊要な生気をいくら生かしても、物事は思うように上手く行かないという事実に屈服してしまいます。

この「NANA」についての序章は必要だと思う理由は、ただ、音楽と人生の関係は思えるより深いとなるからです。
「NANA」のおかげで英国の70年代、80年代のパンクムーブメントに手慣れました。ナナはピストルズの大ファンだからだけではなく、蓮はシドへの言及、ノブは格好が多くの場合はジョニーのをマネする云々。
それで、セックスピストルズに近付きました。セックスピストルズの歴史を学んで、ピストルズの音楽の基調的なコンセプトを理解し始めました。
もちろん、ブラックストーンズの音源はそんなにセックスピストルズに似ていないけど、影響は明確なのです。

「パンクって何」というのは複雑な課題に違いない。サウンドの話のみならず、社会へのインパクトというか。
ピストルズは寓意的な初期のパンクのニヒリズムを表すと言える、つまり「世界を破壊する」という純粋な衝動です。ニーチェの言った「受動的なニヒリズム」の象徴。2002年にこの大体同じ態度を持って第一段階のガゼットが活動を開始しました。実にインディーズ時代のガゼットはピストルズに影響を沢山受けたのは事実しかありません。例を挙げると、「DISORDER」というインディーズ時代アルバムの「SxDxR」、「Antipop」という曲にシドに触れ、「Back Drop Junkie (Nancy)」はナンシースパーンゲンへの明らかな言及となります。
ガゼット、あるいは大日本異端芸者、がまだ結成したばかりのバンドだったのにもかかわらず、歌詞、サウンド、ファッション上からも革命的な精神は感じられます。あのパンクのアート(この場合に、音楽)を彼ら自体に仕立てたと言えるかもしれません。

このバンドとヴィジュアル系ムーブメントとの関係はなんだったのでしょう?これとは言うものの、最初のレーベルは一端を担った。当時Matina(マティーナ)は、美意識と世界観(ある程度)を分かち持つ若いヴィジュアル系バンドを吸い寄せたものです。Matinaの遺産は「密室系」として知られているバンドにも現れる感覚があります。

しかも、00年代は「コテオサ系」の誕生で、ガゼットはこのサブジャンルの代表者に考えられるものがあります。2003年、Matinaの解散とかつてのドラマーの脱退に従って、後任ドラマーとして戒を加入し、PS Companyと契約しました。因みにガゼットの結成の先立ちも、それぞれのバンドはパンクに近い音楽性と姿をしていたらしいです。残念ながら、私はこのほぼ11年間にわたってどんなに探しても、Ma’die KusseやMareydi Creiaなどの楽曲を聴けていません。とにかく、これは「大日本異端芸者」の始まりです。

「別れ道」と「鬼畜教師(32歳独身)悩殺口座」から「蝦蟇」まで、ガゼットの道がいくら変わったにせよ青春反抗心を保ち続け、見せ続けます。「Cockayne Soup」と初期のシングル盤に浮かぶ意識は現代社会に対して至極批判的でした。先はニーチェの「受動的なニヒリズム」に触れたのだけど、最初に流鬼が書いていた歌詞にはこういう態度が見られます。

十代の負けず嫌いな私の心に突き抜けるように、ガゼットはただ自分らしく音楽を作りました。つまり、ガゼットは屈したことが一度もありません。13歳、14歳の時に、ただ彼らを見て、同じことをやりたいなと思うしかなかったです。大人げないのに、私は世界のことを見て胸が悪くなり憤懣感に圧倒されてしまいました。

青春時代もっとも古いガゼットの一曲は「The $ocial Riot Machine$」。「Disorder」は半端ないアルバムなのです。「The $ocial Riot Machine$」の特徴は歌詞:存在しない歌詞。歌詞は流鬼の不特定な言葉、毎回ライブで流鬼が変える出鱈目ばかりで構成されています。「Disorder」のブックレットにも無茶苦茶に書いてあります。「Disorder」の精神を見せると思う。ここでガゼットは暴動を扇動して、アナーキー、既成秩序の破壊を扇ぐのは間違いないです。流鬼の余憤だらけのスクリーム、速くて痙攣しそうでガンガンのドラム、未精製で汚いギター、尖ったベースはこの時代の特性。
「The $ocial Riot Machine$」は厚かましい22歳の流鬼の皮肉な挑発にほかなりません。この挑発こそにはガゼットの愛しい負けじ魂があります。それで、何を言うのにせよ、この曲はどの時代にも合わせるのです。この曲は悔し紛の悲鳴、シルバー世代をバカにする宣言です。これはパンクですか?とても。純正なパンク精神。

以上述べた政治的な歌詞の話を続けて、恐らく「犯行声明文」というミニアルバムの「DIS」はこのコンセプトをよりよく映し出します。日本の90年代末と00年代の日本の政局を体感していないのに歌詞の強い破壊力はイタリア人の私にさえ届きます。
コメントを付けずに歌詞だけを以下貼り付けます。

「宣戦」暗い世に打ち込んだ PEACE MARKは偽りか?
現代社会は腐った 何て言うガキがいる時代
日本を変えるそう言った 政治は犯罪者罪を罰する県警は
罪を犯し常に深く謝罪何かおかしくねぇかい?
「暴動」2003年収穫 拉致から核戦へ変化
ボケ共を見て育った ガキが起こした殺人事件
世の中狂って来たぞ 世界が終わっちまうかもだぞ?
今こそ立ち上がれ 戦う奴は手を上げろ!
平成時代事態変えろ
「反乱」

ガゼット「[DIS]」

風刺、強心臓、不敬虔、小生意気:2003年と2004年の異端者。これに限らず、ガゼットは確かにコテ系バンドのテーマを中心として数えきれない曲も作りました。殺意、傷心、絶望感、全てはエログロ(エロより、グロに近いと言える)の美意識と織り交ぜたけど、バンドの態度は滑稽で濁った頭に現れた。流鬼の歌声はグロテスクで甲走ったトーンに歪めていました。動画でも5人のみんなは観客にせせら笑うような気がします。

同時代のバンドと比べれば、異端芸者のガゼットはヴィジュアル系ムーブメントにどんな影響を与えたのか?ムックは「葬ラ謳」で90年代のコテ系と00年代の名付けられないヴィジュアル系の立派なつなぎ目となるように、ガゼットは新たなヴィジュアル系のもう他の一面を見せてくれます。私にとって、あの時のガゼットには少しのザ・スターリンの魂、セックスピストルズの大柄と、言うまでもなく、X Japanの影響が感じられます。
なお、ガゼットがさらにもっと発展したのは皮肉。

「Ruder」のアイドルへの猛烈な批判、「舐」の別れの後の対応の未成熟、「Cockroach」とゴキブリの自嘲のイメージ。
そして「関東土下座組合」の混乱(この曲について話すのに母語でも他の言葉が頭に浮かべない)、最後に天才で自明な「泥だらけの青春」。名曲。
例として、「泥だらけの青春」に関して一節を貼り付けるつもりだったけど、全部面白過ぎます。みんなに読んで欲しいです。

反面、ガゼットのエモい曲はもっと知られているようだ。もちろん、こんなに海外でも有名になったには理由がある。「Ray」と「絲」、「飼育れた春、変われぬ春」、「菫」。取り分け「東京心中」は十代のバカっぽい初恋のBGMだった。ただし、もっと長くなるかもしれないのでこれは今度の話題なのでしょう。

結局、ガゼットの今も楽しんでいる要素がその滑稽なニヒリズム。今のガゼットにもあの頃の何かが残っているはずです。現在、ガゼットは全く別のジャンルをやっていますし、これでよかったのです。インディーズ時代対メージャーデビューの問題でもないけど、ただ人生の在り方じゃないですかね。いつまでもあのまま続けてもよかったんでしょうか?それは知らないものですが、成長のことだと思います。

「大人」のガゼットに残っているのは不正の前で決して屈さないという意志。不正を指し、自分らしく生きる道義的責任。私は今、あの頃のルキさんと同じ年になって、「20年後もこんなことを楽しめるんだろうかな?」と問ってしまいますが、答えは「はい、当たり前だよ。」しかありません。
だって、20年前からほとんど変わっていないから、あのガゼットの楽曲は打ちすぎます。将来もそうだろう。

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