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【超短編小説】#03 モンスターとテレヴァンジェリストのスタイリスト

サリーは、ユーラシア大陸の果て、極東地域の半島に住んでいる。サリーというのはあだ名で、誰もサリーの本名を知らない。

その土地は海に囲まれていて、集落は海風に晒され、脱色されている。屋根は瓦で葺いてあり、どこか日本風の風情がある。トタンの壁、白ちゃけた青いドア。海から運ばれる塩気と日光が家々を一律に脱色しているので、建物はどれも同じように見えた。家のそばには洗濯物を干すような竿が渡してあり、濃い緑色のワカメがいくつも干してあっった。茶色と白の縞ネコが敷地を横切っていった。

あたりはまるで架空の映画が上映されているような静かな雰囲気だった。波の音だけが低く響いていた。まだ人間は誰も現れてこない。ただ猫が、一匹の縞ネコだけが自信ありげに、行き先が決まっているかのようにいそいそと歩いて行くのだ。

青いドアがガチャリと開いて、そこからサリーが出てきた。上背のある男だ。アザミ色のシャツが、まわりの白ちゃけた風景から美しく浮かび上がっていた。サリーは戸口から顔だけを出すと外を見まわし、猫がいるのを確認すると一旦ひっこんでまた出てきた。地面にあったアルミのトレイを引き寄せて餌をカラカラと入れた。猫はその音を聞いてか、サリーの姿を認めたからか、あっという間に駆け戻ってきてトレイに顔を突っ込んだ。

サリーはしゃがみこみ、餌を食べる猫の頭を無造作になでた。サリーの折り曲げた足のところは、ふさふさの毛が濃く溜まって、サリーを肉感的というか、小さな幼児のように見せていた。サリーはモンスターなのだった。

どうしてその極東の地に住んでいるのかは、わからない。猫とは友達のようだ。

僕はサリーに近づいて声をかけた。
なついてんのは猫だけか?」
サリーは顔を上げるとまぶしそうに眼を細め、ゆっくりと立ち上がった。
「あぁ、夏か! よくもこんな所まで来たな」
「来たさ。きみを追いかけて来た」

サリーは猫を食わせてやっているが、それと引き換えに何かを猫から得ているのかもしれない。僕はそう観察した。何か、サリーには得難い情報とか、猫にしかわからない貴重な情報とかを集めているのかもしれない。そしてサリーはそれを駆使して、何事か企みを遂行しているのかもしれない。

企みと言えば企みかもしれないが、サリーにとっては、単に食べていくために必要な仕事なのだろう。何にせよ、誰もが自分を養わなくてはなならいから。

僕はサリーの家に入れてもらうと、そこが心地よく片付いている様子に感心した。その家での暮らしに十分慣れているようには見える。そこを根城ねじろにして、自分のやるべきことがきっちりと回っているように見えた。誰かパートナーと住んでいるのだろうか? 今はまだそこまでは尋ねることはせずにおこう。サリーが台所で立ち働く様子を観察する。

サリーの家の冷蔵庫は、村上春樹の小説に出てくる男が管理しているかのようだった。買い物を済ませて帰ってくると、買ってきた野菜を洗ってラップに包み、肉もラップに包み、きちんとすぐに使える状態にして冷蔵庫へしまわれる。古いものは手前に、新しいものは奥に。すべてのことは納得して行われている。今、こうすることが、将来どういう風に役に立つのかがわかっている。そうだ。これを段取りと呼ぶのだった。

モンスターのサリーが、段取りを体得して、猫の世話も楽し気にやっていて、小さい家で心地よく暮らしている。そのことを、僕はうらやましく思う。嫉妬さえしている。で、そのサリーと津田との関係はというと? つまちこういうことだ。サリーは津田を深く知っている。津田は青山という女テレヴァンジェリストのスタイリストをしている。だからテレビに青山が出ているのを見ると、サリーはその裏舞台にいる津田のことを思わずにはいられないはずだ。

もしかすると、サリーと津田はある時期、一緒に住んでいたのかもしれない。津田がサリーをどこかで拾ってきたか、サリーがいつのまにか津田のところに居つくようになるかして、津田はサリーを飼っていた。

テレヴァンジェリストのスタイリストとモンスター。どんなコンビだったのだろう? トレイへ餌をカラカラと落とし込むのは、二人のうち、果たしてどちらだったのだろう?

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